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女性研究者が増えると何が起こるのか? 数値目標30%が意味するもの(佐々木成江 氏 / 名古屋大学大学院理学研究科生命理学専攻准教授)

2015.11.06

佐々木成江 氏 / 名古屋大学大学院理学研究科生命理学専攻准教授

佐々木成江 氏
佐々木成江 氏

 近年、女性研究者を増やすための本格的な女性研究者支援がさまざまな大学において展開されている。名古屋大学においても、文部科学省による「女性研究者支援モデル育成」事業(2007-2009年度)および「女性研究者養成システム改革加速」事業(2010-2014年度)が採択されたことを契機に、女性限定公募などの女性教員増加策が実施されてきた。

 その結果、私が所属する生命理学専攻おいて2006年には2名のみであった女性教員が現在は18名にまで増加し、女性教員比率は30%になりつつある。この30%という数値は、第4期科学技術基本計画(2011-2015年)のなかで自然科学系が最終的に目指している値である。ただ、残念なことに、国内ではまだその目標値には程遠く、第5期科学技術基本計画中間取りまとめからは数値目標自体が削られてしまっている。海外からもこの状況は注目されており、米国科学誌Scienceにも"Plan to drop goals for women roils Japanese science"(vol.349, pp. 127-128)という記事が掲載された。最終的な第5期科学技術基本計画に数値目標が入るかまだ分からないが、30%という数値目標の意味を、実際に30%になりつつあるわれわれの状況を踏まえながら考えてみたいと思う。

なぜ女性教員が増えたのか?

 先ほど述べたScienceの記事には生命理学専攻の事例も紹介されている。取材の中で、編集者の方から、「なぜ、こんなに急激に増やすことができたのか?」と質問された。上位職に絞った女性限定公募が大きな呼び水になったことは間違いない。その選考過程で、優秀な女性研究者は探せばいるという意識改革が専攻内に生じた。そして、そのような意識改革により、女性限定公募以外でもどんどん優秀な女性が発掘され、自然と採用されるようになった。

 また、女性限定公募の際に研究分野を問わず、優れた研究であることにこだわったことも成功した大きな理由である。もともと女性研究者の人材プールは少ない。その状態で分野を絞ってしまうと、優秀な人材を確保することはさらに困難になる。実際、名古屋大学内でも研究分野を限定して女性限定公募を実施した専攻では、応募数が極端に少なくなる傾向がみられている。また、編集者の方に「名古屋大学は他の大学と何が違うのか?」とも質問された。そこで、ふと考えてみた。何が違うのだろう。名古屋大学に赴任してから、8年がたつが、自由で柔軟な校風を感じることは多い。また、なによりも大学のトップである総長が、女性研究者が切り開く未来を本気で信じ、大学の生き残り戦略の一つとして女性研究者支援を位置づけてくれていることが大きいと思う。編集者の方も納得されたようで、記事の中では濵口道成(はまぐち みちなり)前総長のコメントも紹介されていた。

脳神経回路世界拠点

 では、女性が増えると何が起こるのか? まず、一番大きな変化は、生命理学専攻の森郁恵(もり いくえ)教授をトップとした3名の女性研究者の主導により脳神経回路世界拠点が立ち上がったことである。先ほども述べたように、女性限定人事では分野を絞っていない。そのため、神経分野でトップレベルの女性研究者が偶然にも多く集まった。通常は、専攻の中であまり分野が偏らないように採用をある程度調整するため、このような同じ分野の研究者が集結することはまず起こりえない。

 また、3人の研究室は同じ建物内にあり、自然と会話することが多かった。そして、自分たちの未発表の最新データを見せ合う中で、新しい概念に基づく神経回路の動作原理をひらめき、すぐさま国内外の研究者と連携して拠点を発足させた。その後、名古屋大学としての強力な後押しもあり、現在では、研究大学強化促進事業の最先端国際研究ユニットとして、外国人女性PI(Principal investigator)や多くのスタッフを迎え、米国の国家プロジェクトである脳研究と競う研究が展開されている。

女性トップリーダー育成

 女性教員の増加は、女子学生にも影響を与えている。名古屋大学のリーディング大学院プログラム「グリーン自然科学国際教育研究プログラム」の中には、生命理学の女性教員が中心となって発案した女性トップリーダー育成が組み込まれており、年に1回、理工農の女性教員と女子学生(博士課程)が合宿形式でじっくりと話し合うオフサイトミーティング(1泊2日)が実施されている。オフサイトミーティングでは、女子学生よりも女性教員の数を多くすることで、学生たちに女性教員が多い世界を体験させ、かつ、子供連れで教員が参加することで、子供のいる生活を疑似体験させている。

 さらに、宿泊も女性教員と同部屋で過ごしてもらい、外部からも女性トップリーダーを1-2名お招きして刺激的な講演もしてもらっている。実際、そのような濃密な時間を過ごすと、学生たちの将来への漠然とした不安は消え「自分たちで切り開けばよい」という意識に変わり、たくましくなる。本当に、短時間で女子学生がどんどん成長する姿にはこちらの方が毎回感動させられている。女性は、リーダーになりたがらないとよく言われるが、合宿後にアンケートをすると全員がリーダーを目指してみようと思うようになっている。

オフサイトミーティングの様子(2015年9月9-10日)
写真.オフサイトミーティングの様子(2015年9月9-10日)

 このような早期の女性リーダー育成は、非常に重要である。卒業後に、どのような女性特有の問題に直面するのか、そして、その問題を乗り越えてリーダーとなったときにどのような新しい世界が待っているのか、それをあらかじめ教え、心構えや憧れを持たせる必要があるのだ。HPでは、女子学生のアンケート結果を公開している。彼女たちの生の声をぜひ知ってもらいたい。

 また、この合宿には少数の男性教員も参加している。男性教員にとっては、人数比が逆転したことで比率が極端に低い立場がどのようなものであるか、女子学生がどのようなことを考えているのかを知る良い機会となり、とても心強い理解者になってくれる。今年、名古屋大学の松尾清一(まつお せいいち)総長は、国連女性機関のHe for Sheキャンペーン(女性の活躍を後押しする男性)の中で、世界の10大学の学長の一人に選ばれた。名古屋大学全体にHe for Sheキャンペーンが浸透する日も近いかもしれない。

オフサイトミーティング参加者と家族
写真.オフサイトミーティング参加者と家族

子連れ単身赴任問題

 女性教員の増加により、見えてきた深刻な問題もある。女性教員の多くが、子供を連れての単身赴任で採用されていることである。就職不足の中、キャリアを優先すれば、そうせざるを得ない現状がある。ただ、この状況は、男性教員の採用時にはまずありえず、女性研究者にとって明らかなハンディキャップである。

 しかし、数は力なり。数が増えたことで当事者たちが研究力強化を目的とした「名古屋大学子育て単身赴任教員ネットワーク」を発足し、お互いに助け合うシステムを作り出した。最近では、名古屋大学内の社会イノベーションデザイン学センターともコラボして、学内に子供と一緒に利用できるコワーキングスペースを誕生させた。また、将来的には、子育ての共同化を目指したシェアハウス構想もある。実にたくましい。

 今後、女性のキャリアを推進すれば、どの大学でも必ずこの問題の深刻さに直面するだろう。すでに、名古屋大学内にある保育園の入園者は、女性単身赴任者の子供たちだけでいっぱいになっている。意欲ある彼女たちのパフォーマンスを最大限発揮してもらうために、また優秀な芽をつまないように、社会全体でも同居支援や研究支援などのさらなるサポート体制を整えていくことが急務である。

数が増えてこそ

 女性教員が増えてきて強く思うことは、数が増えてこそ、単身赴任問題のように個人の問題として片づけられない問題が浮き彫りになり、そして、自然と女性研究者や周りが解決策を探すようになる。また、数が増えてこそ、本来の女性の持つ力が発揮できるようにもなる。最近の生命理学専攻の会議を見ていると、発言の50%は女性によるもので、自由に生き生きとしている。長らくたった一人の女性教授であった森郁恵教授いわく、リラックスすることで研究のアイデアがどんどん浮かぶようになり、世界拠点へとつながったそうだ。

 経営学者のロザベス・モス・カンターは、マイノリティは3割を超えるとマイノリティではなくなり、組織が変わるという「黄金の3割」の法則を提唱している。生命理学専攻の事例からみても、女性研究者にもこの法則は当てはまる。女性研究者が増えれば、化学反応は必ず起こり、その反応は連鎖反応を引き起こす。まずは数、それから変革を。ぜひ、これからも「黄金の3割」をあきらめずに目指してほしい。

佐々木成江 氏
佐々木成江 氏(ささき なりえ)

佐々木成江(ささき なりえ)氏プロフィール
福井県福井市出身。1993年お茶の水女子大学理学部卒。98年東京大学大学院理系研究科博士課程修了、理学博士。99年お茶の水女子大学理学部教務補佐員。2000年日本学術振興会特別研究員(PD)。02年お茶の水女子大学理学部助手。04年フランス政府給費留学、お茶の水女子大学大学院人間文化研究科特任講師。07年名古屋大学大学院理学研究科特任講師、名古屋大学男女共同参画室特任准教授。2010年から現職。専門は、分子生物学。粘菌、ヒト、マラリア原虫を用いてミトコンドリアDNA機能発現制御機構の解明に取り組んでいる。

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