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月探査の5W1H(橋本樹明 氏 / JAXA宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所 教授)

2015.08.21

橋本樹明 氏 / JAXA宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所 教授

JAXA宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所 教授 橋本樹明 氏
橋本樹明 氏

Why なぜ月を探査するのか

 月探査の意義は、(1)科学的知見の獲得、(2)人類活動のフロンティアの拡大、(3)技術の開発・実証の3つに大きく分けられます。

(1) 科学的知見の獲得(知のフロンティアの拡大)

 太陽系にはどうして多様な天体が形成され、現在のような姿になったのか。それは太陽系外の惑星系にも一般的に成り立つ物理原理なのか。これらを解明するためには、各天体を詳しく調べる必要があります。特に生命誕生の謎に迫るためには、生命が誕生したときの地球環境はどうであったのかを理解することが重要です※1

 月は、45億年前に、地球に火星サイズの惑星が衝突し、その破片が再集積してできたとする説(巨大衝突説)が有力です。また、約40億年前、太陽系では天体の衝突が頻繁に起きる時期があったという説(隕石重爆撃説)があります。地球の表面は地殻活動のために古い時代の痕跡は残っていませんが、比較的早期に冷え固まった月では、隕石衝突の歴史が表面に刻まれています。地球に生命が誕生したのは、約40億年前だと推定されています。隕石衝突が生命誕生と何らかの関係があるのか、ということも議論になっています※2

(2) 人類活動フロンティアの拡大

 有人宇宙活動という観点では、現在の国際宇宙ステーションは地球周回軌道上にありますが、2020年代中頃には月近傍に新たな宇宙ステーションを建設する予定があります。そして2030年代には月面基地を作り、さらにその先には火星有人探査を目指すということが、世界の14の国と地域の宇宙機関の集まりであるISECG(国際宇宙探査協働グループ) ※3にて議論されています。月は、次なる人類活動のフロンティアです。

(3) 太陽系探査技術の開発・実証(技術フロンティアの拡大)

 月は地球に最も近い天体であり、数日で到着することが可能です。また、電波で通信する際も、伝搬時間遅れは数秒ですので、地球からの遠隔操縦も不可能ではありません。月は、太陽系探査技術の試験、実証を行う場として最適なのです※4

Where and What 具体的に何処で何をするのか

 月がどのように誕生し、どのように進化したかを解明するためには、月全体の原材料物質を同定することと、特徴的な場所での詳細な地質調査をすることが必要です。これまで、日本の探査機「かぐや」※5などが、月の周回軌道から月表面の詳細な観測をしており、月がどのように形作られてきたか、そのヒントがわかってきました。同時に、周回軌道からの遠隔観測ではわからないが、「ここに着陸して岩石の内部を詳細に観測すれば謎を解明できるだろう」という地点がいくつか見つかっています。

 例えば、月面で最初に地殻ができたであろう場所、巨大なクレータができたときの反動で地下物質が露出している場所(中央丘)、低温であり水などの揮発性物質が捕獲されていると考えられる極域などです。40年以上前、米国のアポロ探査機や旧ソ連のルナ探査機が月面に着陸し、表面の石や砂を持ち帰っています。しかしこれらは全て表側の「海」と呼ばれる平坦な、比較的新しい時代にできた場所に限られていました。今後は未踏の場所へ着陸しての詳細調査、また表面物質を地球へ持ち帰るサンプルリターンが必要です。

 月全体の原材料物質を知るためには、月の内部がどのような物質でできているかを調べる必要があります。そのためには、月で発生する微小な地震を観測し、その地震波の伝わり方から内部構造を推定する方法が有力と考えられています。月面の数点に超高感度地震計を設置して観測する必要があります。多点に着陸して地震計を設置することは費用も大きくなりますので、国際的に分担してネットワークを構成することが必要です。

 これらの本格的な探査活動、特に有人探査を行うためには、月面の環境を詳しく調べる必要があります。地球磁気圏のようなシールド効果の無い月面では、地球周回軌道よりも高い被曝線量になると考えられ、月面からの2次放射線の効果も考慮する必要があります。また、月面を覆っているレゴリスと呼ばれる細かい砂が静電気によって舞い上がり、付着するとも考えられています。地盤の強度特性などの計測も、月面上に構造物を建てる場合には重要な設計情報となります。これらの観測を、早期に行う必要があります。

 月の自転周期は約1カ月、昼が2週間続き、夜が2週間続きます。2週間の夜の間は太陽エネルギーが使えず、長期の月面活動を行うには、これまで原子力に頼ってきました。ところが、月の南極、北極では、太陽が常に地平線ぎりぎりの高度にあるので、高台には1年中ほぼ日照が続く場所があります。逆に、低地では1年中ほぼ日照の無い極低温の地域があり、水氷が存在する可能性があります。極域は、エネルギー確保、水資源の両面で、月面基地を作るには最適と考えられています。

 このように、探査する目的に応じて探査すべき場所は異なりますが、筆者の私見でまとめると、図1のようになります。

月探査地点の候補(筆者私見)
図1.月探査地点の候補(筆者私見)

 これらの探査を行うには、着陸・離陸技術、移動探査技術、自律作業ロボット技術、エネルギー確保技術(発電、蓄電)などが必要となります。特に極域以外の探査では、2週間の夜を越す技術が必須となります。太陽系探査に必要な技術は、遠くの天体まで行く宇宙航行の技術と、天体に着陸して表面で活動する技術に分けられます。我が国は、前者については小惑星探査機「はやぶさ」「はやぶさ2」などにより、世界トップレベルに立っています。しかし後者の経験が未だありません。早急に獲得する必要があるのです。

When and How いつ、どのように実施するのか

 これからの月探査には、着陸技術が必須です。しかも、指定された場所に「ピンポイント着陸」することが必要となってくるのです。これまでの月探査は、地上から探査機を誘導していたため、着陸精度は数kmが限界でした。100m程度の精度で着陸するには、探査機が表面地形を参照しながら自分の飛翔位置を推定するなど、自律的に判断して着陸する技術が必要となります。

 JAXAでは、この技術を世界に先駆けて実証するため、小型月着陸実証機(図2)を2019年度に打ち上げることを目標としています※6。現在JAXAは、プロジェクト化に向けて技術的検討の詳細化を行っています。この計画では、小型、低コストの探査機を製造する技術を開発し、火星などの他の天体の探査にも役立てる計画です。

小型月着陸実験機の想像図 提供:JAXA
図2.小型月着陸実験機の想像図 提供:JAXA

 その技術を使って、2020年代には、本格的な月面探査を実施していくことが文部科学省の国際宇宙ステーション・国際宇宙探査小委員会で検討されています※7。探査すべき場所は図1のようにたくさんありますので、どのような優先順位で実施していくかは、他国の計画なども踏まえて検討していく必要があります。現在、国際的に協力して極域の探査をしようという計画があり※8、我が国としてもこれに参画することが一つの案として挙がっています。

 米国のResource Prospector計画※9では、極域の日照条件がよく、かつ水氷が周辺に存在する可能性の高い場所に着陸し、探査ロボットで広域に調査し、水氷のありそうな場所を掘削します。地中物質を分析し、水やその他の揮発性物質を調べます。JAXAでは、NASAと共同で、極域探査の技術的可能性の検討をしています。(図3)

月極域探査機の想像図 提供:JAXA
図3.月極域探査機の想像図 提供:JAXA

 また、月の裏側の地殻物質の調査、特に地殻深部やマントル物質が露出している場所を調べることが期待されています。表面物質のサンプルリターンが必要となりますので、より大型の着陸機や、再離陸技術の研究開発が必要となってきます。

Who どのような体制で実施すべきか

 月面探査の目的は、科学から有人探査まで多岐に及びます。また必要とする技術も、これまでの無重力の宇宙空間とは異なり、重力のある天体表面上で活動する技術が必要になります。従ってJAXAにおいては、宇宙科学研究所、有人宇宙技術部門などの各部署が連携して研究開発を進める必要がありますし、JAXAやこれまでの宇宙業界の技術だけでは実現できません。All Japanの英知を結集する必要があります。

 月探査においては、国際協力、国際分担の議論が重要です。科学の観点では、効率的に人類の知見を広げるため、各国の探査計画に重複が無いように、同時観測が必要な場合は実施時期を国際的に調整する、あるいは大規模な探査計画の費用を国際的に分担するなどが必要です。これらは主に、学会等を通じての研究者間での意見交換に基づき、各国の宇宙機関が共同してプロジェクトを立ち上げていくことになるでしょう。

 一方で、有人探査については、前述のISECGにて国際的に議論が行われています。各国の本音は、できるだけ少ない経費分担で自国の宇宙飛行士を活躍させたい。同じ経費を分担するのであれば、自国の産業に貢献する、あるいは重要な部分を担当して国としてのプレゼンスを高めたい、と考えています。国際分担の議論では、実績が重要です。そのため、主要国は月面探査を計画しています。

 我が国は、残念ながら月面着陸ではロシア、米国、中国に遅れをとっていますが、天体表面へのピンポイント着陸技術に関しては、探査機「はやぶさ」が小惑星イトカワへ数十メートルの精度で着陸したという、世界最高精度の実績があります※10。また、月以外の天体物質を地球に持ち帰った唯一の国であり、月サンプルリターンに必要な多くの技術を有しています。実績は、技術だけではありません。「かぐや」で観測した月面地形データ、鉱物分布データなどは、月面着陸探査の戦略を立てる上で重要なツールとなっています。

 このように、月探査の目的は多様であり、国際的にも協働する部分と競争する部分があります。長期的視野に立って探査戦略を立案することが重要ですが、一方で、国際情勢を見ながら機動的に実施していくことも必要です。

 月探査は、多くの人々の協力が必要です。皆様ご一緒に、知の、活動の、そして技術のフロンティアに挑戦しませんか。

  • ※1 日本学術会議「理学・工学分野における科学・夢ロードマップ2014」地球惑星科学分野
  • ※2 佐伯和人著『世界はなぜ月を目指すのか』ブルーバックス、講談社、2014年
  • ※3 The International Space Exploration Coordination Group
  • (ISECG)
  • ※4 日本学術会議「理学・工学分野における科学・夢ロードマップ2014」総合工学分野
  • ※5 「かぐや」の成果
  • ※6 坂井真一郎ほか「ピンポイント月着陸を目指す小型実験機,」第57回宇宙科学技術連合講演会3F06、米子、2013
  • ※7 文部科学省「宇宙開発利用部会国際宇宙ステーション・国際宇宙探査小委員会(第16回)」配付資料16-1、第2次とりまとめ(案)、 2015/6/25,
  • ※8 ISECG Annual Report 2014
  • ※9 NASA Resource Prospector Mission
  • ※10 H.Morita, K.Shirakawa, M.Uo, T.Hashimoto, T.Kuobta, J.Kawaguchi: Hayabusa Descent Navigation based on Accurate Landmark Tracking Scheme: the journal of space technology and science, vol.22, no.1, pp21-31, Japanese Rocket Society, 2007

JAXA宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所 教授 橋本樹明 氏
橋本樹明 氏(はしもと たつあき)

橋本樹明(はしもと たつあき)氏のプロフィール
1963年東京生まれ。埼玉県出身。90年東京大学大学院工学系研究科電気工学専攻博士課程修了。工学博士。同年4月文部省宇宙科学研究所(現JAXA宇宙科学研究所)助手。95年1月同助教授。2005年4月よりJAXA宇宙科学研究所宇宙機応用工学研究系教授。この間、人工衛星・探査機の航法誘導制御系に関する研究開発および大学院教育に従事。「ようこう」「あすか」「はるか」「のぞみ」「はやぶさ」「すざく」「あかり」「ひので」など、多数の科学衛星プロジェクトに誘導制御系担当として参画。1998年10月〜99年8月NASAジェット推進研究所客員研究員。2007年4月より、東京大学大学院工学系研究科電気系工学専攻教授を併任(現在も)。これまでに、宇宙科学研究所宇宙機応用工学研究系研究主幹、月着陸探査機SELENE-2プリプロジェクトのチーム長などを務める。

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