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[シリーズ]イノベーションの拠点をつくる 〈1〉弘前大学COI拠点 革新的「健やか力」創造拠点を目指して(工藤寿彦 氏 / マルマンコンピュータサービス株式会社 常務取締役、弘前大学COI拠点プロジェクトリーダー)

2015.05.27

工藤寿彦 氏 / マルマンコンピュータサービス株式会社 常務取締役、弘前大学COI拠点プロジェクトリーダー

 文部科学省と科学技術振興機構(JST)は、平成25年度から「革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM※)」を始めた。このプログラムは、現代社会に潜在するニーズから、将来に求められる社会の姿や暮らしのあり方(=ビジョン)を設定し、10年後を見通してその実現を目指す、ハイリスクだが実用化の期待が大きい革新的な研究開発を集中的に支援する。そうした研究開発において、鍵となるのが異分野融合・産学連携の体制による拠点の創出である。

 本シリーズでは、COI STREAMのビジョンのもと、イノベーションの拠点形成に率先して取り組むリーダーたちに、研究の目的や実践的な方法を述べていただく。

 第1回は、青森を拠点に、地域住民の健康情報を過去10年かけて大規模に調査集積し、そのデータから、病気を未然に防ぎ、健康を増進するための社会システムを構築しようとする弘前大学COI拠点のプロジェクトリーダー工藤寿彦氏にご意見をいただいた。

※COI STREAM/Center of Innovation Science and Technology based Radical Innovation and Entrepreneurship Program。JSTは、「センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム」として大規模産学官連携拠点(COI拠点)を形成し研究開発を支援している。詳しくは、JST センター・オブ・イノベーション(COI)プログラムのページを参照。

マルマンコンピュータサービス株式会社 常務取締役、弘前大学COI拠点プロジェクトリーダー 工藤寿彦 氏
工藤寿彦 氏

 日本は、超高齢化社会を迎え、「医療費の削減」「高齢者の健康増進」「QOL(quality of life)の向上」が社会的課題です。また、青森県は全国一の短命県であることから、本拠点では青森県住民のコホート研究※1による膨大な健康情報を解析し、「疾患予兆発見の仕組みの構築」と「予兆に基づいた予防法の開発」等により、リスクコンサーン型の予防医療※2を、医療関係者を含む産学官金※3が一体となって推進しています。さらに、「認知症サポートシステムの開発」により、高齢者が安心して経済活動を行いながら生活を楽しむことができる社会システムの実現を目指しています。
本拠点は、ビジョン1(少子高齢化先進国としての持続性確保)のもと、「真の社会イノベーションを実現する革新的『健やか力』創造による寿命革命」をテーマに新しい未来創造を目指しています。

※1 コホート研究/cohort study。特定の地域や集団の人々を対象に、生活習慣や生活環境などの条件と疾病や健康状態との関係を、長期間にわたって調査する研究。
※2 リスクコンサーン型の予防医療/従来の医療は、疾患に罹患してから治療することであったが、罹患を予防することに焦点を絞った医療サービス。
※3 産学官金/産業界(民間企業)、研究・教育機関、官界(政府・地方公共団体)、金融機関の4者。

弘前大学COI研究推進機構の運営

 本拠点は、弘前大学COI研究推進機構(以下、「機構」)が中心となって推進しています。この機構の運営方針等を決定する組織として「機構運営会議」を、研究開発活動を行う組織として「次世代健康科学イノベーションセンター」を設置しました。機構運営会議は月1回開催しており、参加メンバーは機構長、副機構長、機構長補佐の他、本機構に所属するURA※、弘前大学における共同研究者および職員、全参画企業や自治体関係者とし、拠点活動の推進、研究開発等について協議・決定すると共に参画機関間の情報共有の場としています。

 さらに、迅速な意思決定のために主要なメンバーで構成する「弘前大学COI企画戦略WG(ワーキンググループ)」を設置し、週1回のペースで進捗管理、コンセプトおよび課題対応の合意の場として忌憚のない意見交換を行っています。目的意識を共有する上で非常に効果的であると考えています。また、本拠点では、関係者一同が参加する「岩木健康増進プロジェクト」(年1回)を通じ拠点が一体化・活発化するため、高いモチベーションを持ち拠点プロジェクトを推し進めています。平成27年度からは新たな大学・企業との連携も始まり、拠点全体では10大学と30社を超える参画企業にて拠点運営を推進しています。

※ URA/University Research Administrator。大学等において、研究活動の企画・マネジメントを行い、研究成果の活用を促進し、研究活動の活性化を支える人材。

社会実装の鍵となる研究開発テーマ

 本拠点では、以下の3つのテーマを掲げ、活動しています。

(1)ビッグデータを用いた疾患予兆法の研究開発
 弘前市岩木地区での過去10年間にわたる「岩木健康増進プロジェクト」から得た膨大な経時的健康情報(延べ11,000名、健康情報600項目)と、福岡県久山町(人口約8,400人)の地域住民を対象に50年間以上にわたって蓄積した精度の高い生活習慣病(脳卒中・悪性腫瘍・認知症・高血圧症・糖尿病など)の疫学調査(久山町研究)における健康情報、生活習慣情報、遺伝情報をもとに、未病の段階で軽度認知障害(MCI)や生活習慣病を予測するアルゴリズムの開発を目指しています。その予兆関連因子の相関関係をデザインし、アルゴリズムの仮説設計を行い見える化を図ることで、関係者間でのイメージ共有に大きく役立っています。また、このコホート連携により新たなコホート基盤構築の探究をしていきます。

(2)予兆因子に基づいた予防法の研究開発
 疾患危険因子を有する人を対象に個人レベルでのアラート法を構築し、実践的な生活習慣改善などの予防法を開発します。また、MCIや生活習慣病が判明した人への運動療法、口腔ケア等による予防介入と革新的アンチエイジング法を分子レベルで説明するための研究基盤を確立します。

(3)認知症サポートシステムの研究開発
 高齢者が使いやすい銀行を目指した行員教育方法の開発、店舗システムの開発、高齢者との金融商品契約に関するガイドラインの作成、新しい福祉型信託など高齢者の財産管理や経済活動支援のための金融商品の開発、認知症初期支援に有用なシニアライフプランニング法の開発、意思決定支援のためのアプリケーションおよび機器を開発します。

※ 疫学調査/病気の原因と考えられる環境因子を設定し、その因子が病気を引起こす可能性を統計的に調べる調査。

社会実装する主なアプリケーション・サービス

 本拠点では以下の3つのアプリケーションやサービスを開発し、社会実装を目指します。

(1) 予兆発見アルゴリズム
 個人の健康情報、診療情報からの予兆因子により、個人のリスクレベルを解析するシステムを開発します。

(2) 予兆発見と予防法のアプリケーション
 予兆結果の通知および対策・指導などの健康増進ソリューション「健康物語」を開発し、予防医療に貢献します。

(3) 認知症サポートシステム
 高齢者が安心して経済活動を行ないながら生活を楽しむことができる社会システムを構築します。

革新的「健やか力推進センター」を設立し短命県返上へ

 平成27年4月1日に健やか力推進センターを設立しました。青森全県協力のもと、同センターを県内における健康増進の中核組織と位置付け、「健幸リーダー」を育成します。この「健幸リーダー」を中心とし、健康寿命延伸に向けて広く県民への支援活動を行うことにより、社会変容および行動変容の促進を図り、予兆法および予防法のビジネスモデルを一体化した新しい社会基盤パッケージの創造を目指しています。この青森県モデルをベースに、将来は国内、さらには海外進展を目指します。

社会変容を推進する過程で

 社会の遷移に伴い、禁煙外来、不妊治療など社会ニーズから新しい医療サービスが実現しています。今後は健康と医療を直結する「健康増進外来(仮称)」サービスが実現できれば、寿命延伸及び医療費削減に大きく貢献するのではないかと考えています。また、退職者などシニア層を対象に健康教養などを習得する「シニア健康増進カレッジ(仮称)」の創設を期待しています。これには、制度改革および新たな制度作りが重要となりますが、「GNHの向上」を目標に新しい未来創造に向け精力的に取り組んでいきます。

 また、以前より国・県のヘルスケア関連事業を通じ産学官連携のもとビジネスモデルの研究・開発を進めてきましたが、健康増進領域のヘルスケア産業では収益性・コスト負担などの事業化スキームと社会(地域)ニーズとの乖離もあり事業化の難しさを実感しました。この経験から現在は、新しい地域社会創造などを積極的に推進し、この社会基盤とパッケージ化したビジネスモデルの実現を渇望しています。そのためには、「意識変容を促進し、それが行動変容につながり社会変容を起こす」をビジネスモデルの重要テーマに据えチャレンジしていきます。

※ GNH/Gross National Happiness。「国民総幸福量」と訳され、国民全体の豊かさや幸福度の尺度を示す。1970年代に、ブータン国王ジグミ・シンゲが打ち出した概念で、仏教思想を背景に、経済成長だけでなく、伝統的な社会・文化や民意、環境にも配慮した真の国民の幸福の実現を目指す考え方。参考:外務省HP「わかる!国際情勢」の「ブータン〜国民総幸福量(GNH)を尊重する国」

弘前COI戦略の全体構造(パッケージ)イメージ図
マルマンコンピュータサービス株式会社 常務取締役、弘前大学COI拠点プロジェクトリーダー 工藤寿彦 氏
工藤寿彦(くどう としひこ)氏

工藤寿彦(くどう としひこ)氏のプロフィール
1974年青森県立五所川原工業高校卒。同年沖電気工業に入社し、医療パッケージシステム開発、労働省システム開発、東京電力地中線システム開発、気象庁システム開発に参画。82年日本システム株式会社を設立し、写真現像所システム開発海外展開。91年マルマンコンピュータサービス株式会社に入社し、看護支援システム、電子カルテシステム(NEOCIS)を開発。経済産業省ヘルスケア事業に従事し、福島県医療地域連携に参画。

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