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コラム - オピニオン -

教育こそ社会発展の根幹 - 留学生の動向に見る日本と中国

東京大学 北京代表所 所長 宮内雄史 氏

掲載日:2015年4月22日

東京大学 北京代表所 所長 宮内雄史 氏

宮内 雄史 氏

 

 就任直後の国会所信表明で、小泉首相が発した「米百俵の精神」が広範な共鳴を産んだのは、ニューミレニアムを迎えたばかりの2001年であった。教育が百年の大計であることに変わりはなく、グローバル化の加速する21世紀には、むしろその重要性は一層増していると言えよう。中でも、国連教育科学文化機関(UNESCO)の統計で、2000年に210万人であった世界の留学生数は2012年には400万人を超えており、高度人材、国際的人材の果たす役割の大きさを考えると、この留学生の動向に十分な注意を払っておく必要がある。特に、経済・外交のみならず、世界の留学生を巡る動きで今や最も大きな衝撃を与えている中国の状況は、日中関係の将来を見定めていく上でも、重要な要素になっていくとみられる。

*「米百俵の精神」/「百俵の米も、食えばたちまちなくなるが、教育にあてれば明日の一万、百万俵となる」として、財政が窮乏する中で教育のための学校設立を推進した幕末の長岡藩藩士小林虎三郎(こばやし とらさぶろう)の故事にちなむ言葉。

 

日本人留学生は減少、中国人留学生は急増

 まず、21世紀に入り、中国人の海外留学生が激増したことである。毎年留学のため出国する中国人学生の数は2000年の3万9,000人から2014年の46万人となり、海外留学中の学生は全体で約109万人、日本人の海外留学生6万人弱の20倍にもなった。中でも、米国への留学生で顕著である。(表1)

 

表1. 米国で在学中の留学生数
表1. 米国で在学中の留学生数。「Institute of International Education」報告書を基に筆者作成
「Institute of International Education」報告書を基に筆者作成

 1990年代に米国における外国人留学生中で最多であった日本人学生は、21世紀に入るや毎年減少を続け、今やピーク時の4割ほどになってしまった。全留学生中の比率も10%から2%へと縮小した。韓国人留学生はそれなりに拡大を続け、インド人がトップを占めるが、それを2010年に中国人が抜くや、全体の31%を占めるほどに増大した。人数だけではなく、清華大学・北京大学では学部卒業者3,000余人中、毎年25‐30%が海外へ留学、その70%が米国の大学である。日本へは2-3%なので、中国のエリート中のエリートとされる両大学出身の留学生には、米国と日本とでは25倍もの開きがある。

 米国以外を見ても、英国の留学生中、中国人学生は7万7,000人、18%でトップを占め、日本人3,100人の25倍になる。フランスでも16倍、ドイツ11倍、カナダ20倍、イタリア24倍、オーストラリア47倍、韓国40倍、タイ24倍となっている。留学生は、将来その国とのパイプ役になるとも言える。世界中にいる従来の華僑とは異なる、ハイレベルな中国人青年たちの、多量で多様な人的パイプが形成されていくことが示唆されている。

 

中国への留学生が増加する現状

 次に留学生の受け入れである。表2の左のグラフに見られるように、日本ではこの15年で外国人留学生は2.4倍になった。しかし、2003年に15万人を超えてからはほとんど横ばいで、10年間で18%しか増加していない。中国人学生が約半分を占める。この2、3年は、日本語学校や職業専門学校に留学するベトナム人・ネパール人学生が急増し、若干の変動が発生してはいる。

 他方、右のグラフにあるように、中国への留学生は、日本の半分ほどであったのが、15年間で8倍に増え、日本の2倍となった。30%を占めていた日本人学生は横ばいで、今や4%を占めるにすぎず、世界各地からの留学生が激増した。アジアおよび東アジアに関心を持つ諸国の学生たちが、強力に中国へ吸引されている現象とも言え、日本への留学生が伸び悩んでいる一つの大きな背景状況になっていると見られる。

 

表2. 日本への留学生数と、中国への留学生数(推移)
表2. 日本への留学生数と、中国への留学生数(推移)。日本学生支援機構(JASSO)ホームページ、中国高等教育学会ホームページの日本語教育振興協会資料を基に筆者作成
日本学生支援機構(JASSO)ホームページ、および中国高等教育学会
ホームページの日本語教育振興協会資料を基に筆者作成

 

 表3に示すように、日本でも米国人留学生は15年間で倍ほどに増加している。ところが、中国への米国人留学生は、それをはるかに上回る勢いで増加しており、今や日本への留学生の11.2倍にもなった。日本へ留学した学生が知日家になるのと同様、中国へ留学した学生たちは知中国家となるであろう。こうしてみると、米国において将来、知日家と知中国家の数が10倍以上の開きになるであろうことが、ここには示されている。同様、フランス、ドイツの欧州諸国においてもそうした動きが顕著である。日本と中国へのフランス人留学生は12.2倍、ドイツ人留学生は11.8倍の開きになっており、欧州諸国においても将来、知日家と知中国家の差が10倍以上になることが示されている。

 

表3. 日本への米国人留学生数と、中国への米国人留学生数(推移)
表3. 日本への米国人留学生数と、中国への米国人留学生数(推移)。日本学生支援機構(JASSO)ホームページ、中国高等教育学会ホームページを基に筆者作成
日本学生支援機構(JASSO)ホームページ、および中国高等教育学会
ホームページを基に筆者作成

 

 表4はアフリカからの留学生の推移である。日本政府もアフリカの人材育成支援のため、奨学金を支給し5年間で900人の留学生を招聘するプログラムを始動させてはいる。中国では、経済のグローバル化で近年関係が急速に発展しているアフリカ諸国からの留学生が、2003年ごろより大きく増加し、今や4万人を超えるまでになった。これは日本へのアフリカ人留学生の32倍にも及ぶものである。また、アジアの国際政治経済上で注目を集めるインドであるが、従来関係が良好ではなかった中国とインドが2003年に関係改善へ転換して以降、インド人留学生が急増して、約1万2,000人にも達した。これは日本にいるインド人留学生の21倍の規模である。隣国という意味ではロシアもあるが、これは45倍の開きになっている。

 

表4. アフリカからの留学生(日中比較)
表4. アフリカからの留学生(日中比較)。日本学生支援機構(JASSO)ホームページ、中国高等教育学会ホームページを基に筆者作成
日本学生支援機構(JASSO)ホームページ、および中国高等教育学会
ホームページを基に筆者作成

 

日中大学間の学生交流活動に期待

 以上のように、中国人留学生および中国への外国人留学生をめぐっては劇的な変化が発生しており、日本への衝撃も少なくない。こうした背景の下、日本の立場としては、主に中国へ目を向けている世界各国の青年たちに日本留学の優先的意義を訴えられるかどうか、また、米国へ流れていくような優秀な中国人留学生を、いかに日本の大学が受け入れるようにできるのか、大きな課題に直面していると言える。また、世界中で外国への留学が急増している中、海外留学が減少している日本人学生の状況をどのようにしたらよいかも、重大な課題であろう。

 もとより、単純な解はあろうはずもなく、簡単に打てる手などあるとは思われない。ただ、中国との関係で、対立軸、対決関係で進めるよりも、共通軸、協力関係の構築の中で取り進めることで、初めて効果的な方向が出てくるものと考えられる。

 日中大学間で、多様な学生交流プログラム・交換留学体制が大量に形成され、諸国からの留学生も、日本の大学へ留学している期間に中国もカバーできることになれば、依然学術レベル等で先を進んでいる日本の大学へ留学した方が有利であることが認識されるであろう。中国人学生も学部での短期留学やサマースクールプログラムで理解が深まれば、本格的に日本の大学院へ留学する機会も広がるであろう。英語だけでなく、日本語およびその文化も習得理解することが、単純な英語世界への留学を凌駕(りょうが)する多文化理解になる点も、実際に示していくことができよう。特に「課題先進国」である日本が到達した防災・医療・環境・資源・エネルギー・食糧食品・都市化・建築・加工製造・安全・高齢化・異文化理解・社会制度等での、国際的な学術、技術、社会的成果は、日本留学への動機づけになるであろう。さらに、それらが留学生を通じて中国や世界各地であらためて検証と進化の機会を得ることで、日本にとっても一層の発展を期待できることになるものと思われる。

 他方、上述の統計データが示唆するように、中国人学生達が新たなレベルでグローバルな人的ネットワークを形成しつつあり、それらと直接のコンタクトを持てる点で、日本人学生にとり中国への留学の意義は大変大きくなっていると言える。中国の大学との学生交流活動はその重要な契機になるものと思われる。

 ともあれ、日本人の世論調査で中国に対する重苦しい雰囲気が圧倒的多数を占めている現状では、まずは、急激に変化発展する中国の動きを、正面から冷静客観的に認識する作業を、不断に続けていくことが必要と感じられる。

 

東京大学 北京代表所 所長 宮内雄史 氏

宮内雄史(みやうち ゆうじ)氏のプロフィール
神奈川県川崎市生まれ。神奈川県立湘南高校卒。1971年東京大学教養学部教養学科(専攻は米中関係)卒。73年三菱商事株式会社入社、74-76年シンガポール南洋大学留学。78-81年と83-87年の2度にわたり北京駐在。業務部中国室長、日本貿易会・国際社会貢献センター事務局長、三菱商事(上海)総経理室長などを経て、2007年から現職。

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