オピニオン

されど少女たちよ、大志を抱け!(有賀早苗 氏 / 北海道大学大学院農学研究院 教授)

2014.04.08

有賀早苗 氏 / 北海道大学大学院農学研究院 教授

北海道大学大学院農学研究院 教授 有賀早苗 氏
有賀早苗 氏

 サクラサク春。大学・大学院への入学、また進学して研究室に配属されて卒業研究などを開始する門出の季節である。科学者を志す多くの若い芽が大きく一歩前へ踏み出すことだろう。その中には、女性も少なからず含まれていることを期待している。日本は科学技術研究への女性の参画率が低い。

 例えば、オリンピックなどスポーツ大会は男女別に参加し、記録も男女別である。科学研究の成果発表の場は、学会でも学術雑誌でも男女別ではないから、ある意味で、科学はスポーツより男女平等、男女共同参画意識が高いように見える。しかし、実際にその場に参画する機会、発表する機会に男女差がないかというと、もうこれは圧倒的な男性社会となっている。

 2006年以来、科学技術基本計画に基づく施策として、女性研究者の安定職・上位職への増員、出産・育児などで離職した女性研究者の復帰支援、裾野拡大として女子中高生の理系進路選択支援というように、女性研究者の活躍促進が多角的に開始された。

 この支援活動は全国の大学や研究機関に浸透していった。同時に、なぜ女性だけを応援するのか、男性に対する逆差別ではないか、という反対の声も強まり、まだまだ活躍不十分を改善する応援環境の整備が必要な状況なのに、女性研究者支援はややトーンダウンしてきている。

悲劇的な不幸

 今年1月、STAP細胞にかかわる最初の会見から、にわかに女性研究者支援は追い風ムードになったが、パタッと風は止み、今や関係者一同固唾を飲んで、推移・風向きを見守るところとなっている。全体数が少ないというのはこういうことで、One for All、一人の事例でポジティブにもネガティブにも大きく振れる。

 STAP細胞研究の主導者が男性研究者であったら、研究所の広報も、メディア報道のされ方も、全く違っていたのではないだろうか。よれよれ白衣・メガネ・ぼさぼさ頭の男性、いまだに「研究者」の固定イメージは根強いから、若いかわいらしい女性研究者の登場は、画期的な発見と相まって、あるいは発見そのものを超えて人々の注目を集めてしまった。

 欧米の報道では、発見の斬新さ・重要性は大きく取り上げられたが、若い女性リーダーについては特に報道されず、男女共同参画進捗度の違いがうかがわれた。また、研究キャリア形成のごく初期から複数の一流研究機関での研究機会・経験は、男女にかかわらず、大変な幸運であるが、それぞれの機関の間の過信・依存・遠慮により、研究者の基礎づくりで、責任ある指導がなされなかったとしたら、悲劇的な不幸である。

独善に陥るな

 科学に携わる者は女性でも男性でも、美人でもイケメンでも、若くてもベテランでも、科学的事実の前には平等である。等しく求められる科学者・研究者としての役割と義務が伴う。実験に失敗はつきものだが、失敗を失敗として客観的に認識することこそが科学であり、その謙虚さが成功への道を開く。

 独善に陥らず、広く多くの人の納得を得られるように実験結果・理論・考察を示すことは、科学者の最も重要な使命である。極めて新しいこと、常識破りの発見は、なかなかすんなりとは納得を得られず、再現性の確認にも時間がかかる場合がある。そこに特許などの利権が絡むとややこしくなって、いきおい拙速に陥る危険性を否めない。

 「夢見て行い、考えて祈る」とおっしゃった故・山村雄一先生(元・大阪大学学長)は、人生に必要なものとして夢・ロマン・反省の3つを挙げておられる。本当に重要な発見は、時間がかかってもさまざまなハードルを必ずや越えていく。

瞳の奥に大志を

 リケジョという語を私はあまり好まない。理系に進んでさまざまな夢を持って自分らしいキャリアおよびライフスタイルを見つけようとする彼女たちを、私は「理科好きの理科するリカちゃんたち」と思っている。リカちゃんは多様な衣装を見事に着こなし、個性を発揮する。

 理科・科学の多様な分野、そのどこでもリカちゃんの活躍の場がある。リカちゃんはやたらに笑顔を振りまくことはないが、瞳は輝いている。その瞳の奥に大志を抱いていてほしいと思う。

 まだしばらく、女性であることが科学研究やアカデミアでは少数ということで注目され、男性であれば遭遇しない厄介さに出合うかもしれない。それでも、しなやかに受け止めて、前を向いて歩いてほしい。

 札幌農学校の初代教頭だったクラーク博士が137年前に残した「大志」という言葉はひとりよがりな野望ではなく、Lofty Ambition高邁な大志である。クラーク博士がいとおしんだ学生たちに呼びかけたように、私も先輩リカちゃんの一人としてエールを送りたい。Girls Be Ambitious!

北海道大学大学院農学研究院 教授 有賀早苗 氏
有賀早苗 氏
(ありが さなえ)

有賀早苗(ありが さなえ)氏のプロフィール
1957年東京生まれ。80年上智大学理工学部卒。82年上智大学大学院理工学研究科修了。86年東京大学大学院医学系研究科修了、医学博士、東京大学医科学研究所助手。87-89年チューリッヒ大学分子生物学研究所博士研究員。90年北海道大学薬学部助手。91年北海道大学医療技術短期大学部講師、93年同助教授、96年同教授。2003年北海道大学大学院農学研究科教授(札幌農学校開学以来初の女性教授)。06年4月~13年3月、北海道大学副理事、女性研究者支援室長。「科学技術への顕著な貢献2009(ナイステップな研究者)」受賞。専門は生化学・分子生物学。高等動物細胞の増殖・がん化・ストレス応答などの分子機構を研究、現在はがんとパーキンソン病の共通発症機構の解明に取り組んでいる。

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