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国会事故調報告書が抱える問題点(その2)(鈴木一人 氏 / 北海道大学大学院 法学研究科 教授)

2012.07.12

鈴木一人 氏 / 北海道大学大学院 法学研究科 教授

北海道大学大学院 法学研究科 教授 鈴木一人 氏
鈴木一人 氏

 前回の本欄記事「国会事故調報告書が抱える問題点」では、国会事故調の報告書全体として抱える問題点を指摘し、総論部分での問題点を取り上げたが、ここでは報告書が提示する分析と提言に関して、各論部分を見ていきたい。ただ、報告書は事故の技術的な検証から放射線被害の問題まで幅広く扱っており、個人の能力ではすべての論点に対してコメントすることはできないので、あくまでも自分の手に負える範囲、とりわけ官邸の「過剰介入」に焦点を当てて記述させていただくことをご了承願いたい。

 国会事故調が第19回の委員会で「論点整理」として一番に持ってきたのが、官邸の介入が過剰であり、それが現場での事故対処の障害になっていた、という視点であった。しかし、報告書では「過剰介入」というニュアンスは薄められ、官邸の介入が事故対処を阻害したとは読み取りにくくなっている。むしろ、第三部(3.1)で東電の事故対応の問題点を論じている箇所を見ると、官邸の介入というよりは、東電本店が官邸の意思を忖度(そんたく)して現場の吉田昌郎福島第一原発所長の行動を制約しているように見える。つまり、官邸の介入に問題点があったというよりは、東電本店の政治家に対する過剰なまでの忖度の方が問題と思われる。

 この点に関して、報告書公表時の記者会見で「東電の経営体質」が問題であり、その結果、官邸とのコミュニケーションがうまくいかなかったと説明している。この説明は何とも違和感がある。本報告書のカギとなる概念は「規制の虜(とりこ)」であり、規制される側が規制する側を取り込んでいくことが「経営体質」であったはずである。にも関わらず、官邸の意図を忖度するという姿勢は「規制の虜」とは逆のものといえよう。確かに「規制の虜」は規制当局が対象であって、政治家が対象ではない。となると、「東電の経営体質」に起因する「忖度する姿勢」は、「規制の虜」とは異なる概念で説明されなければならないが、そうした記述は見当たらない。

 それどころか、報告書の329ページでは「政府の代表者である菅総理ら官邸政治家の発言に過剰反応したり、あるいはその意向をおもんぱかった反応をする事態は十分に予期される。したがって官邸政治家は、そうした事態が起こる可能性を十分踏まえた上で発言すべきである。この点からすれば、総理が、注水停止の原因を過剰反応した者の対応に求めることには違和感がある」と記述している。ここは解釈の問題であるので、正誤の議論をする意味はないが、それにしても東電に甘く、菅総理に厳しい評価である。

 危機における政治家が、その発言の一つ一つに注意を払い、周囲に誤解を与えないようにすることなど、不可能に近いと言える。歴史を振り返れば、キューバ危機のケネディ大統領も、イラク戦争の時のブレア首相も皆、暴言ともいえる言葉を吐いていた。確かに菅総理の言葉づかいやコミュニケーションのスタイルは褒められたものではないが、この報告書での評価は無理があるように思える。国会事故調の任務が事故の責任の所在を明らかにすることが任務であるとはいえ、こうした強引な議論には疑問が残る。

 また、報告書ではテレビ会議システムが起動されなかったことで官邸への情報の伝達が著しく欠如していた点を認定している(第三部、3.2.4)。これは原子力災害対策本部(原災本部)事務局である原子力安全・保安院(保安院)に責任があるとしているが、こうした「情報の欠如」が結果的に官邸の介入を招いたにも関わらず、責任の所在を官邸政治家の能動的な介入に求める記述が強く出ている。報告書では両者に対する評価は厳しいが、本来であれば問題とされるべきは保安院の能力の欠如であろう。しかし、報告書では別の論点である「撤退問題」について多くの記述を割き、「情報の欠如」についての議論が深まっていない点に違和感がある。

 この問題は、オフサイトセンターの役割の問題と、3月15日に菅総理(当時)が東電本店に乗り込み、やや強引に政府・東電統合対策本部を設置した点についての評価にも現れる。報告書ではオフサイトセンターは機能しなかったとはいえ、発電所と本店を結ぶ場として武藤栄・東電副社長がいた場所であり、池田元久・経産副大臣がいた場所であり、「全面撤退」を巡る議論が行われた場所としては描かれている。しかし、その本来あるべき機能が果たされなかった点については十分な記述がなされていない。

 原子力災害対策特別措置法(原災法)の想定では、住民の避難計画など、オフサイトの事象については一元的にオフサイトセンターで調整することになっている。しかし、前回の記事でも指摘したように、複合災害であったため、地元自治体の代表者が集まらず、「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム」(SPEEDI)の情報も活用されず、オフサイトセンターで避難計画を立てることもできなかった。しかも、放射線防護が不十分であったため、15日にはオフサイトセンターから撤退せざるを得ない状況にあった。オフサイトセンターが機能しなかったことで災害対策の中心を失い、「情報の欠如」と相まって、官邸が乗り出さざるを得なかったという評価も可能ではないだろうか。

 この点は、報告書で「統合対策本部を設置してまで介入を続けた官邸の姿勢は、理解困難である」(35ページ)と、3月15日に菅総理が東電本店に乗り込み、政府・東電統合対策本部を法的根拠が乏しい中で設置したことを疑問視した点と重なる。国会事故調が「理解困難」となったのは、本来、オフサイトセンターが機能しなかったため、情報の集約と事故対処の調整をする場がなくなり、それを強引に東電本店の中に作り出す必要があった、という観点が抜けているからなのではないかと考える。

 事実、統合対策本部が設置された後は、15日以前と比べるとはるかに潤滑に事故対処が進み、コンクリートポンプ車の導入による注水の安定化などが実現した。しかし、この報告書では、そうした3月15日以降の対応に対する評価がきわめて薄く、統合対策本部の活動についてもあまり重視していない。

 私が関わった民間事故調の検証では、この3月15日こそ、事故対処の転換点であり、超法規的措置と言ってもよい政府・東電統合対策本部の設置を導き出した、菅総理のイニシアチブは高く評価している(それ以外の行動は低い評価だが)。しかし、国会事故調では、菅総理のイニシアチブを「菅総理が東電本店に来社し、覚悟を迫る演説を行う前には、既に東電は緊急対策メンバーを残す退避計画を立てており、菅総理が「全面撤退」を阻止したという事実は認められない。したがって、菅総理がいなければ東電は全員撤退しており日本は深刻な危険にさらされていたに違いない、といったストーリーもまた不自然であるといわなければならない」(282ページ)と手厳しい。

 3月15日に菅総理が東電本店に乗り込んだことを「全面撤退」という文脈だけで議論するのは無理がある。というのも、菅総理が東電に乗り込む前(午前4時17分)に清水正孝社長を呼び出し、撤退はないとの言質を取っている。「全面撤退」問題については、ここで一応の決着がついているのである。にも関わらず、菅総理が東電本店に乗り込んだのは、細野豪志総理補佐官(当時)を常駐させるためであった(民間事故調報告書86ページ)。確かに、東電本店に乗り込んだ時の演説は覚悟を迫るものであったが、それは撤退問題の決着がついた上での演説であった。そう考えると、菅総理の演説が日本の危機を救ったとは言えなくとも、細野補佐官を常駐させ、統合対策本部を設置して事故対処が効率的になったことは評価されるべきであり、そこから得られる教訓もあるはずである。

 国会事故調の報告書は「官邸の過剰介入」というニュアンスを薄める一方、菅総理個人のパーソナリティやリーダーシップのスタイルに責任を求め、それを過剰に忖度した東電の責任をやや甘くしているような印象が強い。事故の責任追及を意識するあまり、菅総理の評価を厳しくしているという点は否めない。責任追及と事故対処の客観的評価は本来、両立すべき命題である。この報告書を読む限り、その両立に十分成功しているとは言い難いのではないか、との印象が強く残ってしまうのである。

北海道大学大学院 法学研究科 教授 鈴木一人 氏
鈴木一人 氏
(すずき かずと)

鈴木一人 (すずき かずと)氏のプロフィール
長野県上田市生まれ、89年米カリフォルニア州サンマリノ高校卒、95年立命館大学大学院国際関係研究科修士課程修了、2000年英国サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了、筑波大学社会科学系・国際総合学類専任講師、05年から筑波大学大学院人文社会科学研究科 助教授(後准教授)、08年から北海道大学公共政策大学院 准教授、11年から現職。国際宇宙アカデミー会員。専門は国際政治経済学、欧州連合(EU)研究、科学技術政策。主な著書・論文は、『宇宙開発と国際政治』『EUの規制力』(共編著)「『ボーダーフル』な世界で生まれる『ボーダーレス』な現象-欧州統合における『実態としての国境』と『制度としての国境』」など。2月に報告書をまとめた福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)ではワーキンググループ22人の一人として調査・報告書執筆を分担した。

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