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数値表示の本質受け止めることを一般教養に!(小峯秀雄 氏 / 茨城大学工学部 都市システム工学科 教授)

2012.04.16

小峯秀雄 氏 / 茨城大学工学部 都市システム工学科 教授

茨城大学工学部 都市システム工学科 教授 小峯秀雄 氏
小峯秀雄 氏

 筆者は、高校時代、なぜか数学と国語の成績が良く、理科と社会が苦手という、ちょっと変わった生徒であった。文系か理系かという極めて受験対策的な視点で考えると、やっかいな生徒で、当時の私の進路指導をしてくださった先生は困ったことであろうと思う。またさらにやっかいだったことに、「映画監督か小説家になる」という淡い夢を持ちつつ、当時の理科系生徒の憧れである「宇宙飛行士にもなりたい」と言うし、そのくせ、現実的に収入が得られるであろう「工学部を受験する」と言い出す始末で、本当に、申し訳なかったと思う次第である。

 高校生当時は、自分は文系に行くべきか、理系に進むべきかと悩んでいたと思うが、結局のところ、「収入を得る」という点でもっともリスクの少ない工学の道を選んだ。工学の道を選んだ、もう一つの理由に、思春期の男子高校生が持つ独特の自立性、自信がない故の自己確立から、「工学部は他人と関わるという煩わしさが少ないであろう」という、全く誤った思い込みもあった。

 それから30年近く、「土木工学」という、工学史上もっとも古い工学で研さんを続けている。この工学技術者としての30年間で、「文系・理系」という無意味な区分と「実は、数学は語学である」ということを学んだ。大学教員として過ごした最近の10年では、このことを大学生、時には高校生、中学生にも話してきた。理系の専門用語のように思われがちな「質量保存の法則」も「一般教養」、すなわち「人が人生を全うする上で必要不可欠な知識である」と主張してきた。

 2011年東北地方太平洋沖地震の発生以降、さまざまな事項が数値として表示されるようになったと感じる。地震のマグニチュードであったり、震源深さであったり、津波高さ、空間放射線量や放射性物質濃度などである。しかし、この数値を一般に“わかりやすく”表現すると「ただちに影響がない」というような表現になる。不純な理由ではあったが今や工学技術者になってしまった筆者は、ここにさまざまな問題が内在しているように思う。工学教育において「定量的」と「定性的」という事項を徹底的に教育している。英語にも”Quantitative”と”Qualitative”があるのであるから、世界共通の事項である。「定量的」というのは、単に数値で示すだけではなく、その数値で表示される意味・本質を受け止めて、さまざまな判断を自分で行うことである。「定性的」とは、「こちらのボールは、あちらのボールより大きい」というように、単に大小の傾向を述べているだけで、何倍大きいのかについては何も言及していない。「定量的」というのは、この何倍なのかを、具体的な数値で示し、さらに、なんらかの判断基準に照らして、どのレベルに位置しているのかを理解することができ、自分で判断する根拠になるのである。

 あの2011年3月11日に発生した大地震以来、日本人は常に、この定量的な判断をしなければならない状態にあることを十分認識する必要がある。大震災以前も、実際には個々が定量的判断をしなければならないのであったが、それを国や監督官庁に委ねてきたのである。定量的な判断を自分ではできないとあきらめ、それを他者に委ねて、安心していたのである。そして、時々、自分が勝手に信じていた他者の判断が誤っていることがわかると、徹底的に、その他者の責任を追及する姿勢をつくるのである。食料品の安全性や建築物の耐震基準などで発生した事件がその例と思う。もちろん、適切な判断をすると表明し対価を受けていた人・組織には大きな責任があるのは言うまでもない。しかし、自分で定量的に判断することをあきらめ、他者に依存し盲目的に信じている側にも問題はある。

 「2011年東北地方太平洋沖地震」以降、日本国民は、あらゆるものを定量的に表示し思考し、個々で判断し行動することが、少なからず求められることを強く認識すべきである。もちろん、専門家に問うのもよいが、盲目的に信じるのではなく、ある程度自分で判断できる程度の「定量的」思考を身に付けておくべきである。自分は「文系だから無理」などと言っている場合ではない。文系も理系もないのである。質量保存の法則をはじめ、今まで理科系進学者のみが学べばよいと考えられた教科を、「人が人生を全うする上での必要不可欠な一般教養」として、小学生から必修で教育すべきと考える。

茨城大学工学部 都市システム工学科 教授 小峯秀雄 氏
小峯秀雄 氏
(こみね ひでお)

小峯秀雄(こみね ひでお) 氏のプロフィール
東京都生まれ、1980年東京都立三鷹高校卒、85年早稲田大学理工学部土木工学科卒、87年早稲田大学大学院理工学研究科博士前期課程建設工学(土木)専攻修了。電力中央研究所を経て2001年茨城大学工学部都市システム工学科助教授、08年から現職。06年からは地球変動適応科学研究機関(ICAS)教授を兼務。ベントナイト系遮水材研究により文部科学大臣表彰科学技術賞(研究部門)や地盤工学会研究業績賞、土木学会論文賞を受賞。博士(工学)。

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