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「グローバリゼーションが生み出した『やる気』喪失 – ニート・ひきこもりの場つなぎ支援は社会全体で」(内田由紀子 氏 / 京都大学 こころの未来研究センター 准教授)

2012.03.05

内田由紀子 氏 / 京都大学 こころの未来研究センター 准教授

京都大学 こころの未来研究センター 准教授 内田由紀子 氏
内田由紀子 氏

 現在日本ではひきこもりと呼ばれる20、30代の若者が70万人いるとも言われる。ひきこもりが現代日本に特徴的な現象であるとすれば、文化・社会の構造と心の関係からこの現象を捉えてみる必要がある。

 文化心理学による一連の比較研究から分かってきたことは、日本文化は関係志向性、相互協調性が高いということである。自己の成り立ちも、対人関係の作り方も「場ベース」である。友人を「選んだ」という感覚を持っている人は少なく、同じクラスだったりすることをきっかけとしてさまざまな場を共有し、結びつきを確認している。また、日本では情緒的なサポート(精神的な励ましや支え)を受け取っていると感じることにより周囲の人との結びつきを強く知覚し、幸福感を高める傾向が強い。対照的に北米文化では個人志向性が高く、自尊感情が重要視される。米国人が自分を「人並み以上」に見せようとするのは、流動的な社会の中で、友人やパートナーは「選び選ばれる」存在であり、自己アピールを行わなければ社会関係から外れてしまうという事情もある。

 しかし一方で、日本はグローバリゼーションによる市場原理主義により、それまでの日本社会の中にある相互協調的、関係志向的価値観からの転向を積極的に求めてきた。90年代には企業で「成果主義」の導入が進んだことなどもこの傾向を示す例として挙げられる。ニート・ひきこもりが多いとされる現在30代の世代は、同世代人口も多く、また同じように競争的な状況を生きた「団塊の世代」を親に持ち、家族全体としての競争志向性が高かった。一方でこの世代は、経済的低迷による雇用機会の喪失も経験し、価値観の転向からくる多くの矛盾を抱えざるを得なかったのである。

 西洋、特に北米型の「個人主義」は、本来的に自律性と自発性を内包させている。行動は自らの意志に基づいて行われるものであり、責任は個人がとるべきであるとされる。そして、個々人が転職の機会を持つなど、過去の来歴にこだわらずにその時々でベストの選択を行えるような社会システムを構築している。日本においては、このような個人主義の社会構造的・思想的基盤がない。しかし「自己責任」「個人の権利」「個性の追求」といった、表層的な「個人主義」は積極的に取り入れようとしてきた。

 他方、日本においては「血縁」や「終身雇用」は「コネ・しがらみ」などのネガティブな言葉に読み替えられてきた。しかしそうはいっても簡単に社会構造や文化的価値観は変わらない。関係志向性も実際には、根強い精神的・社会的慣習として残っているのである。

 このように、日本社会の価値観は二重構造になってしまっている。個人が責任と成果を求められる一方で、場を乱さないことや空気を読むことを期待される。こうした中で、経済的状態の低迷が経験され、「失敗したのはあなたが悪い」という敗北感を味わった団塊ジュニアの世代の一部は、「ニート」「ひきこもり」という道に入っていってしまったのかもしれない。何を目標とすればよいのか、迷いが生じたとしても不思議はない。

 カナダのブリティッシュ・コロンビア大学のハイネ教授らは、巧みな実験デザインを用いて、成功したときにやる気が出る北米の人たちと異なり、そもそも日本では、失敗したときにこそやる気を出し、努力をして社会や「場」の期待に応えようとする傾向が強いことを行動データで示している。ハイネらの実験手法を用いて、筆者がミネソタ州立大学のノラサクンキット准教授と共同で検討してみたところ、ニート・ひきこもり傾向の高い人たちは、日本的な従来の「努力志向的なやる気」のあり方から外れていることが明らかになった。

 われわれの研究(Norasakkunkit & Uchida, 2011)では、ニート・ひきこもり傾向を調べるための調査(ニート・ひきこもり尺度)を大学生200人以上を対象に実施、そこから、ニート・ひきこもりになるリスクについて「高リスク群」「低リスク群」に分け、それぞれの群の人たちを対象に実験室研究を行った。実験ではまず参加者に、「想像力テスト」を行ってもらう。実は、このテストには簡単に答えが出せるもの(成功条件)と、かなり難しいもの(失敗条件)の2種類が用意されていた。実験に参加する人はこれらのバージョンのいずれかを受け取って回答する。課題終了後、成績がフィードバックされる。成功条件の人たちは多く正解しており、学内ランキングもかなり上であるということが示される。失敗条件の人たちは正答数も低く、学内ランキングも低いと伝えられる。その後、次の課題の準備が行われる間、実験参加者は部屋で一人で待っていなければならないという状況が生じる。そして「時間つぶしに、もしよかったら」、といって、最初の想像力テストと類似のテスト課題を渡され、部屋に1人にされる。その間の最大15分の間、実験参加者がどれだけその「やってもやらなくてもよい」想像力テストに長く取り組むかどうかを知るために、机の上を隠しカメラで録画した。

 結果、ニート・ひきこもりになるリスクが低い「低リスク群」の日本人学生は、ハイネ教授らが1999年に示したのと同様、失敗のフィードバックをもらった時の方が任意の想像力テストを継続的に行っていた。つまり、失敗した際に、改善を目指して努力しようとするような「やる気」が出たと考えられる。しかし逆に「高リスク群」の学生の課題を継続する程度は成功条件>失敗条件であり、失敗条件ではむしろやる気がなくなっていることが示された。

 「失敗に対するチャレンジ」は、集団の期待とニーズにあわせて行動することが求められる日本社会の中で重要とされてきた。しかしニート・ひきこもりのリスクの高い傾向にある人々は、失敗の後に努力することをやめ、あきらめてしまう。その背景には「努力してもどうせ変われない、無駄だ」というような、順応力・適応力に対する信念の欠如が見られる。

 ニート・ひきこもりの支援方策の1つとして、失敗後に改善や向上に向けてのヒントを与え、もしかしたら自分は変われるかもしれない、という可塑性ある自己像を持つきっかけを与えることが大切だろう。また、成功経験をどのように積んでもらうか、これも一つの鍵になるはずである。どんな小さなことであっても他者に感謝され、受け入れてもらったと感じる経験が必要だと考えられる。

 社会としてはどのような対応を行うべきか。文化的に構築されたシステムを早急に変化させるのは難しい。しかし人のこころの変化を認めるような多様なシステムの形成は可能であろう。その一つは、短期的ひきこもり状態からの復帰を支援し、長期化を防ぐ仕組み作りである。日本社会はともすれば履歴書の空白を嫌い、ひきこもる時間が長くなればなるほど、復帰が困難になる仕組み ? つまり、失敗が積み重ねられ、ますますやる気を失う仕組み ? になっている。しかし短期的ひきこもりをすべて認めないとすれば、ひきこもりは長期化し、社会全体にとってもマイナスとなる一方である。グローバリゼーションの影響で文化が変化し、多様化したならば、それに対応して企業や学校の仕組みや暗黙の価値観を変えていかざるを得ない部分もあるだろう。

 また、場つなぎ支援はやはり重要である。現在は政府や各市町村での公共サービスならびにNPOなどによるひきこもり支援など、さまざまなバックアップ体制が構築されてきているが、支援終了後にどう生きるのか、この場つなぎがシステマティックに機能するような仕組みが必要である。そのためには企業や地域の努力が欠かせない。ひきこもりは特別な人に起こるのではなく、現代社会のありふれた状況の中で起こっているという認識の元に、受容の準備と支援体制の構築が必要ではないだろうか。

京都大学 こころの未来研究センター 准教授 内田由紀子 氏
内田由紀子 氏
(うちだ ゆきこ)

内田由紀子(うちだ ゆきこ)氏のプロフィール
兵庫県宝塚市生まれ。広島女学院高校卒。1998年京都大学教育学部卒(教育心理学専攻)、2000年京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程修了、03年同博士課程修了、博士号取得(人間・環境学)。日本学術振興会特別研究員PD、ミシガン大学客員研究員、スタンフォード大学客員研究員、甲子園大学専任講師を経て、2008年京都大学こころの未来研究センター助教、2011年から現職。研究領域は、社会心理学、文化心理学、特に幸福感や対人関係の比較文化研究。2010年から内閣府幸福度に関する研究会委員も。

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