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ポスト3.11のエネルギー - 将来に禍根のない中庸の道を(古山通久 氏 / 九州大学稲盛フロンティア研究センター 教授)

2011.09.02

古山通久 氏 / 九州大学稲盛フロンティア研究センター 教授

九州大学稲盛フロンティア研究センター 教授 古山通久 氏
古山通久 氏

1. はじめに

 2011年3月、東日本大震災と引き続く原子力発電所(以下原発)の事故に伴う計画停電で東京電力管内の電力需給は混乱を続けた。電力需給に関して百家争鳴・玉石混交の意見が飛び交う中、私を含む有志は協働して「震災に伴う東日本エネルギー危機に関する緊急提言」を執筆し、化学工学会から公表した。[1,2] 化学工学会からの提言は、今夏の需給対策に関するものであるが、今夏の需給のあり方が今後20年、30年のエネルギーのあり方の初期条件を決めることとなるため、将来に禍根の少ない超短期ビジョンとして提示したものである。あれから5カ月以上が過ぎた現在、計画停電なく夏を乗り切れる見込みである一方、長期的なエネルギー政策は不透明なままである。本稿では、2011年夏の超短期ビジョンを提言した者の一人として、今後のエネルギーのあり方について、原発、節電、再生可能エネルギー、蓄電の観点から定量的根拠とともに論ずる。

2. 原発減少社会

 図1には日本の電力需要の実績とともに原発停止時の電力需給ギャップを模式的に示す。図には、原発を再稼働しない極端ケースと、再稼働はするが新設はせず40年の寿命で順次廃炉にし、2050年に原発を全廃する漸減ケースを示した。近年原発の稼働率は約60%であり、廃炉が決まった福島第一原発による供給力低下も含めて約2500億kWhの需給ギャップを何らかの方法で埋めることが求められる。火力発電の稼働率向上と新設は短期的な需給対策として有効である一方、京都議定書の遵守、資源確保のリスク、高燃料コスト化の議論は避けられない。水力発電にはダム建設に伴う自然破壊や直下型地震による決壊のリスクが存在する。太陽光・風力は生産力の急増が困難であることに加え、天気任せ・風任せの電力をどうするのか慎重な議論が必要である。

原発供給力低下に伴う電力需給ギャップ
図1. 原発供給力低下に伴う電力需給ギャップ(古山通久 氏提供)

3. 停電回避節電から継続的節電へ

 さて、原発による供給力低下への対策において最も鍵となると私が考えるのが節電である。この夏の東京電力管内では、計画停電を避けるための節電がなされている。化学工学会からの提言では過度の無理のない節電を提唱しているが、何の無理もない節電とは言い難いであろう。一方、2050年に向けた節電はどうあるべきか、電力需要を(人口)×(一人当たりの電力消費量)として考えてみよう。日本の人口は現在の約1億2,700万人から2050年の約9,500万人へと減少が見込まれている。この人口減を踏まえ、図2には一人当たり電力消費のさまざまなケースでの日本の年間電力消費量の将来推移を示した。一人当たり電力消費が年間1%ずつ増える時、たとえ人口が減少しても2050年の電力消費量は増加する。図2中には図1に示す原発漸減ケースの供給力も示している。この図を見た上では、年間一人当たり-0.5%や-1%の電力消費減、すなわち一人当たり年0.5%、1.0%の節電を目指そうと考える方が大部分であろう。そのような節電とは、今夏のような多少の無理を伴う節電ではなく、当面は家庭やオフィスなどの電気機器の使い方の改善や買い替えで十分実現できる節電である。すなわち、無駄・過剰な照明は消し、待機電力の高い機器に留意し、電球が切れたらLEDに交換し、エアコン・冷蔵庫・テレビを買いかえる時には省電力タイプのものを選択する。これらを意識し、選択することで十分達成可能な数字である。80年代、90年代の家庭においては、エアコンや電子機器の普及によって、一人当たり電力消費量が増加し続けてきた。しかし、エアコン、テレビ、冷蔵庫をはじめとして必要な機能・アメニティは今や十分飽和し、近年の世帯当たりの電力消費はほぼ一定になってきている。今こそが、電子機器の低消費電力化、電力の見える化を活用した節電ライフスタイルによって、一人当たりの電力消費の削減に向けた行動を開始する時である。

人口減少を考慮に入れた電力消費量の予測
図2. 人口減少を考慮に入れた電力消費量の予測(古山通久 氏提供)

4. 再生可能エネルギーはどの程度カウントできるか?

 原発事故以来、再生可能エネルギーの議論が様々なされてきたが、「最大限導入すれば」というポテンシャルではなく、いつの段階でどれだけ導入されるか現実的な姿を描くことが今まさに必要である。

 図3には、太陽光発電協会および日本風力発電協会から公表されている導入実績に基づいて推算した太陽光発電・風力発電による発電量の将来予測を示した。具体的には、図4に示した実績の外挿による将来の導入予測に基づき、稼働率を太陽光発電は11%、風力発電は24%として年間発電量(キロワット時)を推算したものである。図3には、参照として原発新設なし・40年廃炉ケースの供給量および-0.5%/(年・人)の電力消費量減のケースも示した。一人当たり年間0.5%の節電と再生可能エネルギーの導入を並行して進めることで、2015年の段階では原発の供給力低下は補えないものの、2020年には火力発電の増設や稼働率向上がなくとも電力需給はバランスし、2050年には火力発電を大規模に停止できるほどの可能性が数字上は見えてくる。一方、図4に示す大規模導入の議論において注意すべき点の一つは設置場所である。図4中には、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)によるロードマップをもとにした導入量を点線で示しているが、より大規模な導入となるこの予測に従う時、2050年には4億キロワットが導入される。2008年住宅・土地統計調査によれば日本の戸建て住宅は約2,750万戸、集合住宅は約2,200万戸(約270万棟)であり、戸建て住宅全てに4キロワットの太陽光発電を設置したとしても約1.1億キロワット、5キロワット設置したとして約1.4億キロワットである。残りの2億キロワット以上はメガソーラーとして設置することが想像されるが、メガソーラーの設置場所の決定の際には、設置によりその土地の保水力を奪い、水不足を引き起こす可能性などをはじめとするさまざまな負の側面について慎重な議論が必要である。

太陽光発電・風力発電による発電量予測
図3. 太陽光発電・風力発電による発電量予測(古山通久 氏提供)
太陽光発電・風力発電による発電量予測
図4. 太陽光発電・風力発電による発電量予測(古山通久 氏提供)

5. 再生可能エネルギーが普及した社会に向けて

 再生可能エネルギーが大規模に導入されてくると電力網が不安定化することが課題となると言われる。本節では、2050年に太陽光発電が大規模に導入された際の姿を考える。図5には、太陽光発電大規模導入時の、よく晴れた夏の日の電力需要を模式的に示した。図中の紺色の線が仮想的な2050年の電力需要である。太陽光発電が年間の電力消費量(キロワット時)の30%を供給するとき、夏の快晴時の発電量は図中の赤線のようになる。太陽光発電は、夜間や雨天時は発電しないため、たとえ年間の3割を供給するとした時でも、晴天の昼間はこのように大きな発電量となる。この時、蓄電をせず、太陽光発電でまかなえない電力を全て電力会社が供給すると仮定した場合の電力は図中に水色で示す線となる。また、参考までに太陽光発電が年間の電力消費量の10%、20%を供給するとした時の電力会社が供給する電力も図中に示した。この図を現在の制度のまま解釈すれば、太陽光発電30%導入時の電力会社は、午前8時から午後3時までは発電をせず太陽光発電による電力を買い取り、夕方と夜間だけ発電所を稼働させ電力を売ることになるが、そのような姿はビジネスとして成立しないであろうし、少なくとも停電なく安定に電力を供給する責任を電力会社のみが負うという姿はあり得ない。一方、太陽光発電の導入に上限を設け、それ以上の導入を阻害することも、2050年やその先2100年を見越した時に取るべき施策ではない。現在の電力網の考え方に縛られることなく、不安定な再生可能エネルギーが将来大規模に入ってくることを前提にした電力需給のあり方に向け、技術や仕組みづくりに今から取り組むべきである。

2050年太陽光発電大規模導入時の仮想的電力需要
図5. 2050年太陽光発電大規模導入時の仮想的電力需要(古山通久 氏提供)

6. 大規模蓄電の展望は?

 再生可能エネルギー大規模導入時の鍵は電力需要のピークを時間的にシフトするための蓄電技術である。本節では次世代自動車による蓄電について検討する。ここでの次世代自動車とは、それぞれ約20キロワット時、5キロワット時、10キロワット時の蓄電池を搭載する電気自動車、プラグインハイブリッド車、燃料電池自動車を指す。図6には、産業競争力懇談会による燃料電池自動車の推定普及台数を示す。詳細は原典を参照いただきたいが、燃料電池自動車の市販化後の普及速度は、ハイブリッド車がこれまで普及してきた速度と同様と考えてよいだろう、と推定している。これは「水素村」の都合のよい見方だとの意見もあり得るだろうため、ここでは、電気自動車、プラグインハイブリッド車、燃料電池自動車を合わせた次世代自動車がこれまでのハイブリッド車と同様の速度で社会に普及すると仮定することとする。その時、国内の次世代自動車の走行台数は2020年、2030年、2050年にそれぞれ100万台、800万台、5000万台と概算される。次世代自動車1台が平均で10キロワット時の蓄電容量を持つとすると、2050年には5億キロワット時の蓄電容量が次世代自動車に搭載されており、そのうちの例えば4割が走行しておらず蓄電に利用できるとすると2億キロワット時もの大きな貢献が可能である。次世代自動車が大規模に普及すると、大量生産により蓄電池自体の価格も低下し、2050年には10万円出すと1日分の蓄電が可能な蓄電池が家庭で買える時代となってくるであろう。次世代自動車や家庭用の蓄電池を活用し、電力をうまく運用するスマートグリッドは、その時には実現しているはずである。

燃料電池自動車の推定普及台数
図6. 燃料電池自動車の推定普及台数(参考資料[3]より図4.5-1を抜粋)

7. 有限の地球、将来世代に何を残すか?

 私の住む九州では、玄海原発1号機の老朽化が声高に指摘されている。しかし、1号機の危険性を主張するのとセットで2号機・3号機の再稼働に反対する声は耳にしても、稼働中の1号機が危険であるのだから、相対的危険性の低い2号機・3号機を再稼働させ1号機を停止せよ、との主張を耳にすることがなかったのは、私が寡聞に過ぎるからではないだろう。原発再稼働自体が混迷する2011年9月現在ではそのような議論は意味はなさないが、例えばそのような合理的な主張が聞かれてもよかったのではないかと原発の専門家ではない研究者、もしくは一市民として感じるのである。

 何万年もの先の子孫まで放射性廃棄物を残すことに積極賛成の人はいないであろう。一方、原発を火力発電で代替すればよいとただ主張する人々は、資源の世代間公平性の視点を持つべきである。化石資源を現在に生きるわれわれが過剰に使うことは、将来の子孫が使うことのできたはずの資源を残さないことであり、将来世代から化石資源を搾取することである。今後のエネルギーをどう考え、どのような道を選択していくかにおいて大切なことは中庸である。多くの中庸の科学者・技術者が立ちあがり、客観的事実や合理的根拠を踏まえた議論が市民も交えてあちこちでなされ、将来世代になるべく禍根を残さない道が選択されていくことに期待したい。

 参考資料

  • [1]化学工学会「震災に伴う東日本エネルギー危機に関する緊急提言」
  • [2]YouTube「『3.11大震災』停電回避緊急提言 2011.4.20」
  • [3]産業競争力懇談会「燃料電池自動車・水素供給インフラ整備普及プロジェクト」
九州大学稲盛フロンティア研究センター 教授 古山通久 氏
古山通久 氏
(こやま みちひさ)

古山通久(こやま みちひさ)氏のプロフィール
栃木県立真岡高校卒。2002年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了、博士(工学)取得。東京大学大学院工学系研究科博士研究員、東北大学大学院工学研究科助手/助教を経て2008年から現職。10年からは九州大学カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所を兼務。東日本大震災では「震災に伴う東日本エネルギー危機に関する緊急提言」を共同執筆、2011年3月28日に化学工学会から公表した。専門は燃料電池など次世代エネルギー技術の理論材料設計。現在、環境省・環境研究総合推進費を受けて将来の日本のエネルギーシステムについて検討しており、本稿にはその成果の一部が含まれる。

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