サイエンスポータル SciencePortal

コラム - オピニオン -

緊急寄稿「福島第一原子力発電所事故は人災」

元原子力安全委員会 委員長代理 松原純子 氏

掲載日:2011年5月7日

元原子力安全委員会 委員長代理 松原純子 氏

松原純子 氏

 

本年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震はマグニチュード9の巨大地震であり、福島県沿岸には14ないし15メートルに及ぶ、過去最大の津波が押し寄せた。この事実によって、原子力発電所の事故も自然災害のひとつだと関連づける人もいる。確かに福島第一原子力発電所の運転中の炉は直ちに自動停止した。しかし、津波の襲来によって、すべての非常用デイーゼル発電機が同時に冷却機能を失ったことに私は当初から強い疑念を持った。まず、原子炉安全に関する「多重防護はどうなっていたのだ」という素朴かつ工学的な疑問である。

実は福島原子力発電所は、私が原子力安全委員会委員在任中(1997-2004年)の7年間に2度ほど、自分にとっても身近な古い世代の原子炉(マークI型)として強く視察を望んだにもかかわらず、一度も視察を実現できなかった原子力発電所である。その理由をなぜもっと厳しく事務当局に問わなかったのかと、私はいまだに反省している。

このたびの事故関連の新聞記事で、私は次の事実を知った。福島第一原子力発電所は1960-70年代に米国企業GEの設計通りに東芝が建設し、1971年に営業運転が開始され、安全上重要な炉心冷却用の非常用発電機は、強固な原子炉建屋の中にはなく、タービン建屋の中にあった。一方、1982年より営業運転に入った福島第二原子力発電所は、非常用発電機は原子炉建屋の中にあり、今回、津波による損傷はなかったという。現在、非常用発電機を原子炉建屋に設置している炉はいまだ約半数であるという。今回の教訓を他の炉の管理に生かしてほしい。1979年に発生した米国のスリーマイルアイランド(TMI)原子力発電所事故を契機に設計思想が変わったのだ。

 

事故の危険を科学的に予言した人がいた

一度建設した原子炉を全部停止したり、全面改修したり、廃棄することは容易ではない。しかし、設計にかかわる技術者や現場から出た危険やリスクにかかわる技術的な意見を故意に退けることは、社会や組織としての安全上の大きな過ちにつながる。かつてGEのデール・ブライデンボー技師はマークI型原子炉の欠陥を指摘し周囲に受け入れられず、抗議の辞職をした。同様に、「日本中どこで大地震が起こってもおかしくない」と、数年前わたしが原子力安全委員会委員在任中に、原子力安全委員会専門委員会で真摯(しんし)に主張しておられた神戸大学教授(当時、現名誉教授)の石橋克彦氏の指摘や氏の論文などを想い起こした。後日、氏は安全委員会専門委員を辞任されたと聞いた。

組織の中では、少数意見は忘れ去られるが、いつの間にか醸成された問わず語らずの常識的な意見は往々にして存続する。原子炉の安全性についても、「多重防護」という言葉が常識となったが故に、その言葉に安んじて、専門家も公衆も多重防護の現実性、実現性について、懐疑的には検討してこなかったのではなかろうか。

 

チェルノブイリ事故から学んだこと

私は旧ソ連で発生したチェルノブイリ原発事故について古くから関心があり、いくつかの論文も著したが、それでも14エクサ(10の18乗)ベクレルという膨大な放射性物質を放出したこの事故と比較されるようなレベルの事故が、わが国で発生するとは考えていなかった。今回、福島第一原子力発電所から放出された放射性ヨウ素と放射性セシウムなどの総量はこの20分の1に近い。かつて私は原子力安全委員として、事故後10年余を経たチェルノブイリを訪れた際、キエフ市の河辺で、「ここに安全な原子炉を建設したかった」と語った日本の若い技術者の言葉を頼もしく思ったのだった。

チェルノブイリ事故の原因として、体制的な管理主義を指摘する人もいるが、明らかに無理なスケジュールの強行や人為的なミスが介在していた。福島第一原子力発電所の事故は原因は違っても、放射性物質の放出という結果に共通性がある。チェルノブイリ事故後の健康影響についての世界保健機関(WHO)報告書を要約すると、現在までに約50人の原子炉作業者の死が放射線に関連づけられた死亡とみなされ、これまでに汚染地域で(20年間に総量で平均約50ミリシーベルト)被ばくした一般住民の中で白血病などの増加は確認されなかったが、約4,800人以上の子供に通常は発生しない甲状腺がんが発生したことが特徴的である。それは甲状腺はヨウ素を成分とする生長ホルモンを分泌する臓器であり、成長期にある乳幼児は特にヨウ素を必要とし、放射性ヨウ素を大人より多量に摂取したからである。汚染地域住民の今後の発がんの増加については議論の多いところで、WHO報告では数値は記載されていない。

チェルノブイリ周辺30キロ以内は管理区域として、いまだに一般人は住まないこととしているので、野生動植物が増えている。周辺約100種の植物のうち3種が絶滅したという。日本人はヨウ素を多く含む昆布などの海産物を日常的に食すなど、チェルノブイリと同一とは考えにくいが、今後の参考にはなる。

 

失敗に学び、異なる分野の人たちと議論する

幾多の変遷を経てきた地球の歴史を顧みれば、自然災害に眼を向けるべきことは当然である。私たちは文明を過信し、自然災害に対する認識が十分でなかったのだ。そもそも原子炉は10の18乗ベクレル(ギガキュリー)単位の膨大な放射性物質を内包する工学的装置である。これまで原子炉の内包する放射性物質の量の大きさについては正面から議論せずに、ソ連型にはない格納容器の存在ばかりが強調されてきた。他方、原子力安全はすなわち放射線安全であるという現実を、正しく認識している専門家もおられた。

しかし、工学者が持っている数値への感覚は、現実的にミリキュリー以下の放射性物質を取り扱う生物学者とは感覚が異なる。他方、今回の事故で汚染した小学校の校庭の土壌汚染の影響について、放射線防護の立場から国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告値を主張して内閣府参与を辞任した小佐古敏荘東大教授と、現実の放射線影響を知る専門家との間で、見解の相違が明らかとなった。私は、放射線防護の立場からの厳しい規制値の意味するところと、現実に生体に影響をもたらす放射線のレベルとの乖離(かいり)について、明確に公衆に解説する必要性を実感した。

放射線防護のためには、放射線の被ばくはできるだけ少なく抑えるという(ALARA)原則のもとに、どんなに低い線量でも放射線は悪影響があるという前提(仮定)で物事を考える。一方、放射線の人体影響を医学的に調べると、急性の影響はある線量以上でないと把握できないこと、動物実験では100ミリシーベルト以下で発がん影響は証明されていないこと、および生体防御力の存在などの理由により、「どんな微量でも放射線は発がん性の影響がある」という前提は現実的でないと思われるのである。それは、現実に放射線被ばく管理を長年実施し、罹病・死亡等の疫学調査した結果を見てもわかる。

現在の行政システムでは、原子力安全にかかわるのは経済産業省の原子力安全・保安院であり、放射線安全にかかわるのは文部科学省と、組織が別であるため、原子力安全における放射線安全の問題は重要であるにもかかわらず、意見を具申し難いシステムである。今回誰もが知りたかった緊急時迅速放射能影響予測システム(SPEED1)の結果発表が遅かったのは、単に地震による電源喪失のためだけだったのだろうか。

また、制度的には原子力委員会や原子力安全委員会に大きな権限を与えておきながら、実質的に手足を持たない各5人の委員は政府事務局からの情報に頼らざるをえない。今回、原子力安全委員会が前面に出なかったことを遺憾に思うが、将来的には、独自の使命感を持ち、3,000人以上を擁する米国の原子力規制委員会(NRC)のような積極的な人材の投入と役割を期待したい。

 

不確実性にどう対処するか

人命を守る医学の世界では、想定外は許されない。私たちはある程度のリスクを承知しつつ、ある利益を得るために行動することを迫られる。その際、起こりうるリスクを勘案するのとしないのでは、物質的にも精神的にも結果に大きな差が生まれる。今回の地震の後、震度6の直下型余震に静岡県富士宮市も見舞われたが、同地域では東海地震に備えて日ごろから住民の認識が高く、各戸への影響もほとんどなく、やり過ごせたと聞いている。

不確実性を持つリスクという概念を科学することは単純ではないが、物事を冷静に判断するために私たちは数量的表現を拒んではならない。また、多数意見に踊らされず、時流に乗らない人の意見にも耳を傾ける必要がある。過去の失策に学び、事実の観察の大切さを知り、物事を冷静に見つめることによって育くまれる科学を、私たちのいのちのリスクを少なくするために使いたい。

 

元原子力安全委員会 委員長代理 松原純子 氏
松原純子 氏
(まつばら じゅんこ)

松原純子(まつばら じゅんこ)氏のプロフィール
東京生まれ、お茶の水大学付属高校卒。1963年東京大学大学院博士課程修了後、同大学医学部助手、講師を経て94-99年横浜市立大学教授。1996年原子力安全委員会委員、2000-04年原子力安全委員会委員長代理。現在、財団法人放射線影響協会研究参与。専門は環境医学、リスク評価。長年、放射線に対する生体防御機構の役割について実験的研究を続けるなど、放射線や原子力の安全問題を女性の視野も含めて多角的に検討している。放射線や有害リスク評価に関する知見をリスク科学としてまとめた。主な著書に「女の論理」(サイマル出版社)、「リスク科学入門」(東京図書)、「いのちのネットワーク」(丸善ライブラリ)など。

ページトップへ