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学生のチャレンジ精神後押し - 合成生物学国際コンテスト(木賀大介 氏 / 東京工業大学大学院 総合理工学研究科 准教授、JST「さきがけ」研究者)

2011.02.14

木賀大介 氏 / 東京工業大学大学院 総合理工学研究科 准教授、JST「さきがけ」研究者

東京工業大学大学院 総合理工学研究科 准教授、JST「さきがけ」研究者 木賀大介 氏
木賀大介 氏

 今、生物学は大きなパラダイムシフトを迎えつつある。昨年の「人工細菌の創造」に関するニュースをご覧になった方も多いだろう。ゲノム解読を強力に推し進めて生物に関する情報を蓄積してきたベンター博士が、今度は生命を「つくる」ことでニュースになる。一人の人物によるこの二面性が象徴するように、生物学のパラダイムシフトとは、本来相補的である2つアプローチのうち、これまで欠けていた1つが技術的進展によって可能になってきた、ということである。すなわち、古典的な博物学に端を発し、分子生物学によって深化した「観る」生物学だけでなく、「つくる」生物学が可能になってきた、ということだ。

 生命に関する情報の蓄積と、DNAやタンパク質の合成手段の進展により、これらを多種組み合わせることで、これまでよりも格段に広い範囲で「生命の可能性」を探索できるようになったわけである。このことには、理学と工学両面の意義がある。つくることが理学である、という観点は意外に感じられるかも知れない。しかし、タンパク質を生産するための遺伝暗号表に記されるアミノ酸の数が20である、というような、ほとんどの生物に共通した性質が生命の本質か、ということを調べるためには、あえて天然の生命と異なるものを創り、これと天然を比べることも必要になってくる。

 合成生物学の本質である「つくる」過程においては、これまでの分子生物学の知識だけでなく、数理モデルの活用や情報科学技術の活用といった、学際的な能力が必要とされている。例えば、さまざまな生物からの遺伝子を組み合わせて人工ネットワークを構築することを考えてみる。遺伝子は、どのタンパク質を作るか、という部品の情報だけでなく、そのタンパク質をいつどれだけ作るかという制御情報を併せ持つ。それぞれの生物のゲノムにおいて制御情報ネットワークが完結しているために生物個体は環境変化に対応できる自律的なシステムとして動作している。一方、人工ネットワークを構築するためには、制御情報ネットワークを1からデザインしなくてはならない。この際に有効な発想は、電子工作で点滅回路やラジオなどを作製する際に、回路がデザイン通りに動作するかについて計算による検証を行い、データベースに性能が記載されている抵抗・コンデンサ・トランジスタといった規格化された部品を組み合わせる、といった一連のプロセスの発想である。

 このような学際性を要求する「つくる生物学」アプローチの勃興に対応した大学における新学科の設置や新カリキュラムの構築は、残念ながらほとんど進んでいないものの、若手研究者や学部生はそれぞれのやり方で、生物学のこのパラダイムシフトに対応し始めている。前者については、さまざまな分野の若手研究者が集う「細胞を創る」研究会が、前身の活動を含め5年ほど続けられている。興味を持たれた方はぜひ「細胞を創る会」のホームページなどをご覧いただきたい。

 後者については、学部生からなるチームが参加する合成生物学の”ロボコン“iGEM(international Genetically Engineered Machine competition)について紹介したい。

 合成生物学のロボコンといっても、遺伝子組み換え操作を行った大腸菌を会場に持ち寄って戦わせるのではなく、学生チームが自由な発想に基づいて行った実験成果をボストンに集ってプレゼンし、その優劣が競われている。1年の活動としては、春先に学生たちがチームを編成し、さまざまな研究テーマについて予備調査を行って夏休みまでに絞り込み、夏休みに実験、10月にプレゼン準備をする、といった具合になる。チームの人数は、大学ごとに異なるが、例年の東工大チームの編成(10人前後)が、チームとしての仕事の大きさと学生個人の主体性のバランスが取れていて良いように感じる。2010年の大会では128チームが参加し、1,200人以上がボストンでの発表会に集った。日本からは9チームが参加し、東工大チームは8つある部門賞のひとつ、Information Processing賞を獲得した。日本勢の部門賞獲得は、初めてだ。

 合成生物学に限らず、生命科学に関する新たなアプローチは、生命倫理の問題を避けて通ることはできない。合成生物学の研究会でも当てはまるが、iGEM学生チームの構成員は、生物分野だけでなく、情報科学や科学コミュニケーションにまで広がっている。そして、合成生物学で何が可能か、国際的な視点から見て自国の立場はどうか、ということをチームの活動を通して知った後、それぞれ専門の大学院に散っていく。彼らがその後、建設的であれ、批判的であれ、異分野から合成生物学に対する意見を発信していくことが、この新興アプローチの発展に重要であると考えている。

 この大会に参加する学部生や、私の研究室に入ってくる学生を見ていると、昨今言われる若者の内向き思考というものの存在が疑わしくなる。これは私が学部を併設しない大学院研究科に所属するために一部の学生たちしか知らないことから、このような感覚を抱いているのかもしれない。しかし、合成生物学に限らず、適切な場さえあれば、自分でそのような場を探し出し、個性でもって世界のライバルたちと渡り合ってやろう、という学生たちが、かなり多いのではないだろうか。このようなコンテストとして、本家のロボコンはもちろん、iGEMとはまた別の切り口での遺伝子ネットワークデザインコンテストであるGenoconや、今年から予定されている、ナノテクノロジー領域の新興分野である分子ロボティクスのコンテストなど、私の身近だけでも種々の場が設定されている。

 学生の自主性を発揮させたまま、彼らのプロジェクトと集う場をサポートすることが、大学教員としてのわれわれの仕事である。毎年固定して参加する教員もいるが、学生のプロジェクトが円滑に進むか否かは、必要とする実験技術を持つ研究者を学生自身が探し出し、さらに援助を引き出せるか否かに懸かっている。ロボコン発祥の地であるためか、東工大と周辺には学生たちの活動に理解をくださる先生が幸い多く、受賞にもつながってきた。

 ひょっとしたら、ここまで読んでくださった皆様のところにも、今後、チームの学生たちが訪問を希望してくるかもしれない。その際には、ぜひ話だけでも聞いてくだされば、と思う。彼らの多くは、意欲に満ちあふれ、今後の世界のために貢献できる人材なので…。

東京工業大学大学院 総合理工学研究科 准教授、JST「さきがけ」研究者 木賀大介 氏
木賀大介 氏
(きが だいすけ)

木賀大介(きが だいすけ) 氏のプロフィール
開成高校卒。1994年東京大学理学部生物化学科卒、99年同大学院理学系研究科単位取得退学、同年博士(理学)取得。科学技術振興機(JST)構戦略的創造研究推進事業・総括実施型研究(ERATO」「横山情報分子プロジェクト」、理化学研究所、東京大学で博士研究員を経て、2004年東京大学 大学院総合文化研究科助手。05年から東京工業大学 大学院総合理工学研究科 知能システム科学専攻助教授、准教授として研究室を運営。08年からJST戦略的創造研究推進事業・個人型研究「さきがけ」研究領域「生命現象の革新モデルと展開」研究者(兼任)。「細胞を創る」研究会の立ち上げにかかわり、2010年同会副会長(次期会長)。研究分野は構成的生物学(合成生物学)。

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