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研究推進と理解・支援を車の両輪に-科学・技術コミュニケーションの役割(鈴木國弘 氏 / J-PARCセンター 広報セクションリーダー)

2010.09.20

鈴木國弘 氏 / J-PARCセンター 広報セクションリーダー

J-PARCセンター 広報セクションリーダー 鈴木國弘 氏
鈴木國弘 氏

 日本が世界に誇る最先端科学研究施設であるJ-PARC(大強度陽子加速器施設)は、日本原子力研究開発機構(JAEA)と、高エネルギー加速器研究機構(KEK)が共同で、茨城県東海村に建設、運営をしている。年間2千人を超える研究者が国内外から集まり、3台の大型加速器で加速した大強度陽子ビームから生み出される、中性子やミュオンを利用した物質科学・生命科学研究や、中間子やニュートリノを利用した原子核・素粒子研究など、幅広い分野の研究が行われている。

 最先端の研究施設として、世界の研究者コミュニティーから注目を集めるJ-PARCであるが、一般の方々に広く知られているか? といえばなかなか厳しいものがある。しかし、一般や地元の方々にJ-PARCの施設や研究について理解していただき、支援していただくことが、当事者であるわれわれにとってとても大切なことなのである。そのためには科学・技術のコミュニケーションが欠かせない。私のJ-PARCでの経験などをもとに、科学・技術のコミュニケーションについてお話しさせていただきたいと思う。

 J-PARCの建設開始時期は、東海村の核燃料加工施設「JCO」で臨界事故が発生した年でもあった。原子力に対するいわゆる逆風が吹き、核燃料や原発とは直接関係ない加速器施設であろうとなんであろうと、原子力研究所内に新しい施設の建設など絶対に反対!という、住民の拒否反応は東海村で頂点に達していた。

 われわれは加速器の安全性を何度も説明したが、住民の方々は理解してくれなかった。私は、当事者側と住民の側で、施設や安全に対する認識に大きなギャップがあることを思い知らされた。

 どうすればわかってもらえるか—。そのとき私は、当事者側の常識で「安全性」を説明していたのである。しかし、住民の方々は加速器のことを全く知らない。加速器は安全だといくら説明しても理解してもらえるはずがないことに気づいた。つまり、われわれは「加速器は安全性だ」と説明するのだが、一般の方は加速器がどのようなものか解らない。解らなければ不安になる。安全性を理解してもらうためには、加速器とは何か?から丁寧に説明しなければならないのではないか。相手の立場に立って説明することの重要さに気づかされたのである。これがJ-PARC建設におけるコミュニケーションのスタートであった。

 加速器は病院などで医療用に多数利用されていること、電気機械であるのでスイッチを切れば直ちに装置が停止すること、テレビのブラウン管も実は加速器の一種であることなどを説明することから始め、KEKに行って実際の加速器と研究所周囲の人家の様子などを見てもらった。一般の方々の目線に立った説明や質問への回答にも心がけた。次第に住民の皆さんの姿勢も変わっていった。

 このような説明や見学会が、徐々にではあるが住民の皆さんの理解と安心を得ることにつながり、約1年をかけてJ-PARC建設に対する了解を得ることができた。お互いのコミュニケーションが成就した結果でもある。

 また、地元自治体の東海村や茨城県の協力と理解が無くては、J-PARCの建設はあり得なかった。ここでも施設の概要や、科学や技術の知識について、自治体との間のコミュニケーションが重要であった。知識を得た自治体職員が間に立つことで、われわれの説明とはまた違う安心感を住民に与えることができ、J-PARCに対する理解は間違いなく進んだ。

 このように地元と一体となった理解増進活動に対して、2009年度、日本原子力学会社会環境部会から優秀活動賞をいただいた。これは関係者一同の大変な励みになっている。

 もう一つの重要なポイントは、J-PARCで行う基礎科学研究に一般の方々の理解を得ることである。特に最近は、「この研究は何の役に立つのか?」とか「経済的効果はどのくらいあるのか?」などを尺度として、その研究が評価されることが増えてきた。確かにJ-PARCなどは巨額の国費、税金を使って建設・運営を行う施設であるから、そのような評価も無理もない。しかしそれだけで評価してよいものだろうか?

 J-PARCでは中性子やミュオンを利用した創薬研究や材料科学などの応用研究も行うが、中間子やニュートリノ研究は全く純粋な基礎科学研究である。そしてこれは役に立つ・立たない、もうかる・もうからないという尺度では計れない、まさに「科学」そのものなのである。「技術」と異なるところである。

 しかし、昨今はこうしたことを一般の方々に説明し、理解してもらうことはとても難しい。特に科学と技術を一体としてとらえがちなわが国では、もうからない、役に立たない基礎科学研究施設は、往々にして一般の方々に「研究者の遊び道具」として認識されてしまうことがある。しかしこのような研究に対してこそ、理解を得るための活動である科学・技術コミュニケーションの努力を継続していくことが必要だ。なぜなら、例えば発見されたときは何の役に立つか解らなかった電子が、今日、コンピュータ・携帯電話など私たちの社会を支えるツールとして大いに役立っている。基礎研究を充実することは、将来の科学や技術の発展にも重要なことだからだ。

 未知の世界を探り新しい知識を得る、人類の英知をさらに高めるための科学や研究を推進することで、国の知的財産は確実に大きくなってくる。50年後、100年後を見据えたとき、こうした知的財産は大きな国力となる。

 そして科学や技術について解りやすく説明して理解を得ることは、われわれの説明責任であり努力しなければならない点である。しかし理解をしてもらうためには、一般の方に科学的素養を向上してもらう努力も必要なのである。「科学は解らないから、きちんと説明しろ」と言わせてしまうのは、もしかしたらわれわれかもしれない。聞きたい方が、もっと知りたいと思う気持ちを持っていると、さらに理解の度合いは深まる。双方のあゆみ寄り—。それこそが「コミュニケーション」だ。そうしてお互いの距離を少しずつ縮めていくことで、理解が生まれるのである。

 私たちの身の周りには、さまざまな面白い科学があふれている。その科学に多くの研究機関・研究者が携わっている。それらの機関や研究者が、一般の方がふと立ち止まるような、相手の立場に立ったアピールをしていくことが大切ではないだろうか。さまざまな研究機関や研究者がこうしたアピールをしていくことで相乗効果が生まれ、科学のワクワク感が広がり、結果として一般の方の科学的素養を向上することになる。また、それぞれの研究機関や研究者同士が連携し、広報のやり方、説明方法などの情報を交換し、共有することで、われわれも向上することができるであろう。

 これこそが科学が理解され、期待され、支援される土台を作ることにほかならない。今後、最先端の技術や科学と、一般の方の理解と支援は、車の両輪となりより良い社会を築いていく。国民の多くが「科学っておもしろい!」という気持ちになったとき、日本は本当の意味で科学立国になれるのではないだろうか。

 どんなに優れた研究成果や技術でも、理解が得られなくては社会に受け入れられない。すばらしい研究をすること、それをきちんと伝えていくこと、この2つがともに行われていくことの重要性を、私たち研究に携わる者はしっかりと認識すべきである。

 私は今後も一般の方々との科学・技術コミュニケーションを継続して、科学や技術のワクワクした楽しさをできるだけ多くの人たちに伝えていきたいと思う。そして最先端の科学・技術の研究成果を次々と世界に向けて発信し続けるCOE(センター・オブ・エクセレンス)として、J-PARCをアピールしていきたい。

J-PARCセンター 広報セクションリーダー 鈴木國弘 氏
鈴木國弘 氏
(すずき くにひろ)

鈴木國弘(すずき くにひろ) 氏のプロフィール
茨城県立水戸第一高校卒。1979年茨城大学工学部金属工学科卒、日本原子力研究所(現・日本原子力研究開発機構)入所。那珂研究所で核融合実験施設JT-60、関西研究所で大型放射光施設Spring-8、東海研究所で大強度陽子加速器施設「J-PARC」と、一貫して大型研究施設建設プロジェクトの全体調整、マネージメント、広報に携わる。2008年から現職。地元と一体となったJ-PARC広報活動が評価され、10年日本原子力学会 社会・環境部会賞「優秀活動賞」を受賞。学生時代に所属した落語研究会で培われた軽妙な語り口で難解と敬遠されがちな最先端研究をかみ砕いて説明、新聞、テレビなどのほか全国各地の講演で科学や研究の面白さ、重要性を伝えている。

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