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コラム - オピニオン -

急がれる電子顕微鏡共同利用プラットフォーム

認定NPO法人綜合画像研究支援 理事長、日本女子大学 名誉教授 大隅正子 氏

掲載日:2010年8月26日

認定NPO法人綜合画像研究支援 理事長、日本女子大学 名誉教授 大隅正子 氏

大隅正子 氏

 

生命科学の研究は、形態に重点を置く細胞生物学や発生学と、生体物質とその機能解明を目指す生化学や分子生物学などに分かれて発展してきた。これに電子顕微鏡、原子間力顕微鏡、蛍光顕微鏡などの可視化技術の急速な発展が加わり、生命科学のこの両輪を結びつけ、形態と遺伝子機能を直接関連付けることも可能になった。最近注目される胚性幹(ES)細胞や人工多能性(iPS)細胞の研究においても、分化させた細胞の解析は重要であり、そこでも電子顕微鏡手法の利用が欠かせない。

まさに「百聞は一見にしかず」であり、生物科学の発展には可視化技術の力が大きな役割を果たしており、ナノテクノロジーだけでなく生命科学の分野でも可視化技術は今後ますます重要視される、と私は確信している。

ところが、一般の人たちがあまり気付いていない問題がある。日本では、高性能の電子顕微鏡を持つ研究機関の数は限られ、多くの研究者がそれらを自由に使える状況にはほど遠いということだ。特に地方大学の研究者たちは、この分野で厳しい状況に置かれている。電子顕微鏡自体は備え付けられていたとしても、機器が古い上に、その保守費が乏しいために、機器を使用した人が保守費を負担する仕組みになっているのが現状である。それをプールして機器の保守、点検に充てるため、研究費の少ない大学院生などは、機器を使用しにくいという現実が見られる。

こうした状況を解決する方策の一つが、高性能の可視化機器の共同利用を進めることであるが、それがうまくいっていないのが実態である。資金が少ないことに加え、電子顕微鏡を使いこなし、利用者たちの研究を支援する技術者の数が不足しているのが、その理由である。共同利用機関であるはずの、独立行政法人の研究機関も、外部からの利用希望には十分応えることができず、多くが名ばかりの共同利用研究機関になっている。

電子顕微鏡による細胞構造の新しい発見が続いた黄金時代はとうに過ぎたために、若い研究者が電顕技術の習得をないがしろにし、その結果、簡単に習得できる分子生物学的手法のみを用いるか、それに形態学的データを加えても、不鮮明な電子顕微鏡写真を基にしたために、正しい理解に達していない研究論文が氾濫(はんらん)している。こうした状況は、日本だけではない。他の先進国でも、生命科学分野で電子顕微鏡のしっかりしたデータを出せる研究者が少なくなっている。その実態を、2003年に私が出席したサラマンカ大学で開かれた国際会議でも、目の当たりにした。

ナノテクノロジーの分野では、政府の大型予算によって設置された超高圧電子顕微鏡を拠点として、産学官が一体となった新しい「ものづくり」の体制が確立している。生命科学の分野においても、習得に時間のかかる電子顕微鏡の操作技術を習得した技術者の協力を得て、研究者が基礎研究を行える研究拠点づくりの必要性を痛感する。

私は日本女子大学を定年退職した直後の2004年6月に、理解者のご協力を得て、NPO法人「綜合画像研究支援」(Integrated Image Research Support, IIRS)を設立した。IIRS は、優れた研究協力者が持つ、高度の専門的知識・技術と豊富な経験を最大限に活用して、生命科学のさまざまな領域、特に分子生物学領域における研究を支援することを活動目的とする組織である。可視化科学・技術に精通し、研究施設の運営にも携われるような専門技術者の育成も、視(み)ることの必要性の啓発、普及とともに、IIRSの大きな活動目的としている。

私が現役の最後のころから、文部科学省による大型研究費の支出が始まり、研究者の研究環境に格差が出始めた。そこで私は、研究者がどのようにこの状態を考えているかを調べるために、財団法人新技術振興渡辺記念会の補助金を得て、2007年度に『ライフサイエンスにおける可視化技術の実態と将来展望に関する調査研究』を行った。

渡辺記念会から受けた補助金による調査の一環として、私は07年12月に共同研究者とともに、オーストラリアに設立された電子顕微鏡などの機器の共同利用ネットワーク「Australian Microscopy and Microanalysis Research Facility(AMMRF)」を視察した。この組織は、シドニー大学などオーストラリアの5つの都市にある大学の電子顕微鏡センターと政府との共同事業であり、ナノテクノロジーとバイオテクノロジーの研究に欠かせない、電子顕微鏡や光学顕微鏡などの顕微解析装置とその使用法の知識を、研究者が共有するためのサービスの提供を目的としている。

このネットワークの費用は、国、州、大学が決まった割合で負担しており、われわれが計画しているシステムのよいモデルであると考える。大学内の電子顕微鏡関連機器を一括管理することにより、維持管理のための労力、時間、経理を節約でき、予約をすれば、研究者は誰でも、簡単にそれらの機器を利用できるようになっている。

さらに翌年も、渡辺記念会の補助金を得て、『ライフサイエンス領域に微細形態計測装置共同利用ネットワーク創設に向けた調査研究』を行い、全国の医学・生物学関連の研究者が容易にアクセスして、微細形態科学研究装置の共同利用ができるネットワークに対する希望が非常に大きいことが判明した。

2007年度から行った調査研究結果に基づいて、IIRS は国内のこの種のネットワーク作りに本格的に取り組み始めた。09年度には、『微細形態科学研究装置共同利用ネットワーク実行可能性の調査研究』を開始した。09年4月には、岩手医科大学、松本歯科大学、埼玉医科大学、東京慈恵会医科大学、および日本女子大学の協力を得て、「微細形態科学研究装置ネットワーク(Network for Collaborative Use of Microscopy, CUMNET)」を立ち上げ、そのFeasibility study を開始した。

幸いにIIRSは、07年2月に国税庁から認定NPO法人の認証を得ることができ、次いで09年2月には、認定を更新できた。認定NPO法人となった結果、IIRSに寄付する個人や法人は、税制上の特例(優遇)措置の対象となっている。

CUMNETの4機関と新たに加わった名古屋大学が歩調を合わせて、文部科学省のプロジェクト「平成21年度研究開発施設共用等促進費補助金(先端研究施設共用促進事業)」を申請した。この事業は、各大学の関係部門が基幹施設となり、IIRSはこれらの大学施設の間を取り持つリエゾンオフィスとして役割を果たし、念願の「電子顕微鏡共同利用プラットフォーム」作りの第1歩を踏み出す、ことを計画したものである。

残念ながら、この申請は不採択の結果に終わった。今年度も再チャレンジの作業を進めているが、率直に言って、状況は依然として非常に厳しい。当法人は、認定NPO法人という権威ある組織であることを、文部科学省が認めてほしいのだが、「平成21年度研究開発施設共用等促進費補助金」の申請に当たっては、文部科学省および審査委員の方々は、当法人を単なるNPO法人と同列視していたのではないかと思われる。

認定NPO法人という制度は、2001年度に始まったが、2010年4月1日現在で、全国でまだ127団体しかない。政府から税制上の優遇措置を受けられない、普通のNPO法人は4万団体近くあるけれども、その中で認定NPO法人として国税庁が認めているのは、わずか0.3%でしかないのである。

そもそも日本では、可視化科学・技術に精通した専門技術者が育ちにくい現実がある。われわれがモデルと考えているオーストラリアの場合には、可視化科学・技術に精通し、研究施設の運営にも携われるような、専門技術者やBusiness & administration staffの半数以上が博士号取得者という実態がある。彼らの仕事は機器の維持と研究者のサポートだが、サポートした研究者が論文を出しても、彼らは共著者になることを求めない。給料の査定は、技術者独自の評価基準が確立しているからである。しかしながら、日本では、このような評価制度が整っていない。

研究の成果は、分析する機器の性能だけではなく、試料をいかにして、機器に持ち込むか、すなわち試料の作製法によって決まる。従って試料作製技術の伝承が欠かせないが、日本の現状はこの問題において危機的状態にあるといえる。日本が将来ノーベル賞受賞者30名の輩出を目指すとするならば、生命科学分野においては、機器の共同利用とそこでの技術の伝承を行う「電子顕微鏡共同利用プラットフォーム」は、必要欠くべからざる研究拠点であると言えよう。

おりしも文科省の平成22年度版科学技術白書を見ると、基礎科学力の強化を提唱し、基礎研究の重要性を述べていることを知り、やっと国の政策として基礎研究の重要性が認識されたと、意を強くした。今こそ、国の政策に沿って、IIRSの設立目的である、「研究支援、人材育成、視る事の必要性の普及・啓発」を発展させるために、次代を背負う研究者たちが、自分の行いたい研究法で、自由に、思う存分研究できるように、私は「電子顕微鏡共同利用プラットフォーム」の早急な実現に向けて、引き続き粘り強く活動を展開していく覚悟である。

 

認定NPO法人綜合画像研究支援 理事長、日本女子大学 名誉教授 大隅正子 氏
大隅正子 氏
(おおすみ まさこ)

大隅正子(おおすみ まさこ) 氏のプロフィール
日本女子大学付属高校卒。1957年日本女子大学家政学部家政理学科生物農芸専攻卒、同大学家政学部家政理学科生物学教室助手。米南イリノイ大学生物学研究所研究助手、日本女子大学家政学部家政理学科専任講師、同助教授を経て、75年教授。92年理学部物質生物科学科・日本女子大学大学院人間生活学研究科教授、2000年日本女子大学総合研究所所長、01年日本女子大学理学部部長・理事・評議員、03年帝京大学医真菌センター教授、日本女子大学名誉教授。04年特定非営利活動法人綜合画像研究支援を設立し理事長に。07年認定非営利活動法人綜合画像研究支援理事長。日本顕微鏡学会顧問・評議員、日本細胞生物学会評議員。日本植物形態学会会長(01-02年)も。専門分野は細胞生物学。医学博士。1983年に「酵母細胞の微細構造と機能の研究」の業績で、自然科学分野の50歳未満の女性研究者に贈られる「猿橋賞」(第3回)受賞。

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