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科学技術予算の事業仕分けを好機に(引野 肇 氏 / 東京新聞・中日新聞科学部長)

2009.12.08

引野 肇 氏 / 東京新聞・中日新聞科学部長

東京新聞・中日新聞科学部長 引野 肇 氏
引野 肇 氏

 新政権の行政刷新会議ワーキンググループが科学技術予算の事業仕分けを行い、その削減方針に抗議する科学者たちが新聞やテレビで大きく取り上げられた。科学技術予算だって無駄や非効率な部分がけっこうあると思われるが、果たしてこのような形の仕分け方法が科学技術に馴染むのか、という疑問も残った。とはいえ、これまであまり関心が払われなかった科学技術予算に、国民の関心の目がこれだけ注がれたこと自体は画期的だ。今回の事業仕分け騒動は、科学技術予算のありかたをあらためて問い直すいい機会となった。4つの視点から考えてみたい。

 まずは、「国民の理解」という視点だ。予算削減の方向が示されると、怒り心頭に発したノーベル賞学者や著名ジャーナリストらが次々と記者会見を開き、新聞、テレビなどが会見の様子を手厚く報道した。マスコミはおおむね、抗議する科学者に対して好意的だった。意外だったのは、新聞の読者から「科学者は傲(ごう)慢だ」という声が多数寄せられたことだ。リストラや給料カットで苦しんでいる庶民にとって、巨額予算の削減に反対する科学者の姿が少し強引に見えたのかもしれない。

 怒りの会見を行う科学者がいる一方で、「わたしたちは税金で研究しているのに、国民への説明が不十分だったのかもしれない」と反省する多くの研究者にも出会った。次世代スーパーコンピューター、スーパーカミオカンデ、Bファクトリー、深海地球ドリリング計画、Spring8、GXロケット…。いったい、世の中のどれだけの人が、これら巨大プロジェクトの存在を知っているのだろう。「どうせ説明しても分からないだろう」と、国民への説明を怠ってきたのではないか。国民の理解なきところに、巨額の税金の投入はあり得ない。

 とはいえ、科学界の広報体制はここ20年で大きく改善された。かつて、科学記者の取材は研究成果を学会誌などで見つけて研究者に会いに行くのが普通だった。最近では、さまざまな大学や研究所が次々と記者会見を開くので、記者が対応できないほどだ。ネイチャーやサイエンスに掲載される研究成果は、ほとんど事前に会見が開かれる。東京大学からはほとんど毎日、研究成果の記者会見やシンポジウム、講演会などの案内がファクスで送られてくる。全国各地の大手研究所も定期的にオープンハウスや見学会を開き、地域住民と交流を図るようになった。

 問題はおそらく、先端科学技術が進歩するスピードが、国民の科学技術に対する理解増進の速度に比べてあまりにも速すぎることなのだろう。わたしたちがカーナビや携帯電話で何気なく使っているGPS(衛星利用測位システム)にも、あの難解な一般相対性理論が応用されている。日常生活の中の科学技術ですら理解できなくなったわたしたちにとって、Bファクトリーやスーパーカミオカンデなど最先端科学のビッグサイエンスは難解すぎる。でも、それをやり遂げることが民主国家である。科学者たちの説明責任が求められている。

 二つ目のポイントは、「未来はだれにも分からない」ということだ。かつて私が取材したテーマの中に、旧・航空宇宙技術研究所の短距離離着陸機「飛鳥」がある。このプロジェクトは実験機を一機製造しただけで、実用機建造まで進むことなく終わった。基礎研究としては成功だった。これを「航空機の未来予測を誤ったプロジェクト」と非難することはだれにもできない。未来を正しく予測することなどだれもできないからだ。このような形で、当初の期待通りの展開を見ないまま終了したプロジェクトはいくつもある。予測不能の未来に挑戦するからこそ科学なのだ。事業仕分けの場でも、この点について共通の認識を持つことが大切だろう。

 三つ目のポイントは「基礎研究は失敗の山から成果が生まれる」ということだ。基礎研究は、仮説を立てて、実験条件を決め、実験を積み重ねて実証する。でも、そのほとんどが失敗に終わる。山中伸弥京都大教授がiPS細胞の樹立に成功したのも、本人も信じられないわずかな可能性に賭けて、見事に真実にたどり着いた結果だ。その陰には、何十、何百人もの研究者の失敗の歴史がある。

 岐阜県にあるカミオカンデだって、もとは陽子崩壊を観測するために建設された。結局、陽子崩壊は全く観測できなかったが、その代わりに超新星ニュートリノを発見して日本にノーベル物理学賞をもたらした。基礎科学の世界では、大失敗が一転して大成功になることが多い。成功が約束されている研究など、たいした研究ではない。その判断は、仕分け人にも、科学者にも、だれにもできない。ベンチャーキャピタルの投資に似ている。「20に1つ、30に1つ成功すればいいさ」という気持ちでプロジェクトを応援するのである。事業仕分けとこのギャンブル性はちょっと相性が悪そうだ。

 最後のポイントはやはり「透明性」である。科学技術創造立国の日本にとって、科学技術振興はきわめて重要である。いたずらにその予算を削減することは、国家の自殺行為でもある。ただ、その予算が“正しく”“公平に”配分されているかというと、疑問符がつくのも事実である。ある特定テーマばかりが重用され、その他のテーマには全然予算がつかなかったり、特定の偉い先生が関連するテーマには研究予算が簡単につくが、無名の研究者にはつかなかったりと、研究者にも不満はたくさんある。

 そもそも、何を持って“正しい”というのか、いったい何を判断基準に“公平”というのか。確とした判断基準がない場合、どうしても有力な先生や研究機関の名前に頼ってしまいがちだ。また、先端研究であればあるほど、その価値判断を下せる人の数も限られてくる。いきおい、閉鎖的な集団で、閉鎖的な判断となる。これを“正しく”“公平”にする方法は、透明化して、あらゆる人に参加してもらうしかない。事業仕分けには、時間的な制限や専門知識不足などの問題があるかもしれない。でも、予算審議の過程を透明にすることは、これらの欠陥を補っても余りあるメリットをもたらすと思う。

 最後に、読者から寄せられた声を紹介したい。「削減するとかしないとかおっしゃっているようですが、科学技術は大切ですよ。こんな85歳の年寄りにそんな当たり前のことを言わせないでください」。国民は科学技術の力で日本がこんなに豊かな国になったことをよく知っている。科学技術予算を減らすべきだなんて思っている人は少数だ。科学者は自信を持って、日頃から科学のすばらしさをもっともっと国民に伝えてほしい。そして、正しく公平な科学技術予算を実現してほしい。85歳のおばあちゃんに、そんなことを心配させないでほしい。

東京新聞・中日新聞科学部長 引野 肇 氏
引野 肇 氏
(ひきの はじめ)

引野 肇(ひきの はじめ) 氏のプロフィール
1976年東京大学工学部航空学科卒業、同年、大手機械メーカーに入社、ディーゼルエンジンの設計に従事。79年から81年フランス留学、86年中日新聞社入社、科学部、社会部、宇都宮支局長を経て現職。

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