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性分化疾患の現状と問題点(大山建司 氏 / 山梨大学大学院 医学工学総合研究部 教授)

2009.10.28

大山建司 氏 / 山梨大学大学院 医学工学総合研究部 教授

山梨大学大学院 医学工学総合研究部 教授 大山建司 氏
大山建司 氏

 1990年、79個のアミノ酸からなる性決定因子の遺伝子がY染色体短腕に存在することが明らかになった。その後20年間で性の分化機構の解明は急速に進展した。この進展の大きな要因は多数の性分化疾患の存在である。現在遺伝子変異が明らかになっている性分化疾患は70を超えている。

 遺伝子解析技術の進歩は性分化疾患のみならず、多くの疾患の原因遺伝子を明らかにしてきた。過去20年間、臨床医を含めて医学研究者が疾患の原因遺伝子の追跡に多くの労力を費やしてきた結果、性分化機構が解明されてきたと言っても過言ではない。そして社会がQOL(生活の質)を考えるようになるとともに、難治性疾患患者のQOLにも目が向けられるようになってきた。

 性分化疾患患者のQOLに多くの問題があることは専門家の間では古くから認識されていたが、原因が明らかでない状態では暗中模索、少ない経験に頼って個々に治療を行っていた。日本小児内分泌学会では5年前に性分化委員会を立ち上げ、この問題に正面から立ち向かうことになった。

 人の性は、染色体の性(XX、XY)、性腺の性(卵巣、精巣)、性器の性、社会的(戸籍上)性、脳の性から成り立っている。定型的な男性は46、XYで、精巣、輸精管、陰茎を有し、戸籍は男性、自己を男性と認識している。しかし、染色体はXX/XYモザイク、XO、XXY、XYYなどさまざまな核型が存在する。性腺は胎生6週では未分化で精巣にも卵巣にも分化しうるため、卵巣と精巣の両方を持つ個体もある。女性内性器はミュラー管から卵管子宮が分化し、男性内性器はウオルフ管から精巣上体、精嚢(のう)、輸精管が分化する。胎生6週の胎児はミュラー管とウオルフ管の両方を持っている。胎生8週の外性器はすべて女性型に類似している。

 このように、性は受精した時にすべて決定されるのではなく、胎生6週までは両性が共存している。通常は、7週から性の分化が進行し12週でほぼ完成する。この過程には多くの遺伝子とホルモンが複雑に作用し、適切な時期に適切な遺伝子が発現し、適切なホルモン分泌が起こることにより、定型的な男性、女性に分化する。しかし、一部が欠落したり、発現の時期が異なると分化は障害され、性分化疾患となる。性分化疾患は男性女性から外れた疾患ではなく、その中間にある疾患ととらえられる。

 一方、脳の性分化機構はまだほとんど明らかになっていない。胎生20-25週ごろ男性胎児では男性ホルモン分泌が増加し、脳が男性ホルモンに暴露される(アンドロゲンシャワー)ため、脳の男性化が起こると考えられている。しかし脳の性分化がそれほど単純なものではないことは想像に難くない。

 2006年に世界の小児内分泌学の専門家が集まって性分化異常症についての国際会議が開催された。そこで、インターセックス、半陰陽(雌雄同体)、仮性半陰陽などの用語を統一してDisorders of Sex Development(DSD)とすることが提唱され、DSDは「染色体、性腺、または解剖学的性が非定型である先天的状態」と定義された。そして性分化異常という用語も性分化疾患と改めることが2009年の日本小児内分泌学会で了承された。

 性分化疾患には上記定義に合致しない脳の性分化疾患すなわち性同一性障害などは含まれないことを銘記すべきである。以上の経過からわかるように性分化疾患患者の包括的な支援はこれから始まるという段階である。

 個人的な見解として、今後取り組まなければならないと考えている問題点を以下に述べる。

 性分化疾患は出生時取り上げた産科医、助産師が性分化疾患を疑うことからその対応が始まる。性分化疾患であっても外性器に明らかな異常がない場合は、自動的に性は決定される。このような性分化疾患は多数存在し、小児期・思春期に低身長、二次性徴未発来などで受診して診断される。

 一方、出生時、性分化疾患が疑われた場合は、緊急事態であり速やかに、かつ適切な対応がとられねばならないが、その体制が整っている医療機関は全国で数カ所しかない。差し迫った問題は親に何と説明するのか、性の判定は家族にとって最大の関心事である。説明の仕方によってはその後の育児、養育、家庭生活などに重大な影響を及ぼす。性分化の専門ではない医師への初期対応マニュアル、使用しない方がよい用語などをまとめたものを作成する必要があると考える。

 基本的には、性分化疾患が疑われた場合は専門施設にすぐに相談して指示を仰ぎ、多くの場合は専門施設に移送してその後の管理を行うのが最良と考えている。たとえ近くに専門施設がなくても、一生の問題ととらえて移送すべきである。その理由として、診断が容易でないこと、診断しても性の判定は別に考えなければならないこと(診断名によって性を決められない)、小児泌尿器科など外科的治療の観点からの専門家の判断が必要なこと、将来の内科的治療効果の判断が必要なこと、親への心理的支援を担当する専門スタッフが必要なこと、などがあげられる。性の判定と命名は家族にとっても法律的にも時間的余裕が少なく、心理的負担は甚大であることから、初期対応において多領域の専門スタッフが統一した見解のもとで対応していくことが極めて重要である。

 さらに、性分化疾患はその後も長期にわたって支援していく体制を整えていかねばならないため、一定の条件を満たす施設の専門家集団による体制作りをしていく必要がある。厚労省も今年「難治性疾患克服研究事業」の中に「性分化異常症の実態把握と治療指針作成」班(主任研究者:緒方勤・日本小児内分泌学会性分化委員会副委員長)を立ち上げ、関心を示している。性分化疾患には情報開示の面で多くの制約があり、実態調査においても難航が予想されるが、支援体制を確立するための端緒になればよいと考えている。

 性の判定は現在の日本では社会生活上必須の事項であり、一定期間の猶予はあるものの生後速やかに決める必要がある。患者は、その後の成育過程において、社会的性と脳の性が一致しないという感覚、いずれの性にも属さないという感覚が生ずる場合があり、そこから新たな疑問がわき、大きな葛藤(かっとう)となってくる。定型的性を持つ人の固定的な感覚で、非定型な人の性への意識を推察すること自体に無理があると考えるならば、性分化疾患の成人と面と向かってその内面を理解するように努めていくことが、今後より有効な支援を考えていく上で重要である。

 また性(別)は人生において絶対的なものではない、という理解を広く共有することが、性分化疾患の克服には欠かせない条件であり、そのための啓蒙活動を行うことは専門家としての努めと考えている。

山梨大学大学院 医学工学総合研究部 教授 大山建司 氏
大山建司 氏
(おおやま けんじ)

大山建司(おおやま けんじ) 氏のプロフィール
1970年慶応義塾大学医学部卒、同小児科助手、80年医学博士、83年山梨医科大学小児科講師、1991年文部省長期在外研究員(バンダービルト大学生化学)、92年山梨医科大学助教授、98年山梨医科大学教授、2003年から現職。05-09年山梨大学医学部看護学科長兼任。専門は、小児科学、内分泌学(思春期内分泌学、性成熟、性分化)。日本小児内分泌学会理事・性分化委員会委員長。2001年第35回日本小児内分泌学会会長、06年第53回日本小児保健学会会長。08年日本小児内分泌学会学会賞受賞。講道館柔道5段。

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