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外国人留学生の国内定着促進のために(洪 政國 氏 / 東京大学 国際連携本部 特任教授)

2009.08.12

洪 政國 氏 / 東京大学 国際連携本部 特任教授

東京大学 国際連携本部 特任教授 洪 政國 氏
洪 政國 氏

 東京大学では、文部科学省の委託を受けて「外国人研究者の国内定着促進手法の開発」プロジェクトを、2007年度から推進しています。そして、このプロジェクトの一環として来る9月11日(金)、東京大学本郷キャンパスにおいて「定着:外国人研究者・留学生の国内定着促進についてのシンポジム」を開催します。公開のシンポジウムで、どなたでも参加できます。

 著者は定着促進のプロジェクトを進める中で留学生の定着の現状、難しさや期待などに思いをめぐらしていますが、ここでは、日ごろの考えを整理してみたいと思います。

生活面にまで目配りした総合的支援を

 まず指摘しておきたいことは、留学生の定着を促進するためには、入学から就職、その後に至るまでを「End-to-End」で対応すべきであり、生活面、勉学・研究(キャンパスライフ)面、就職・キャリアの面での支援を包括的に扱うべきだということです。それは、生涯発達過程にある留学生が人間としてもつ全体性に対して総合的、体系的に対応するものだからです。

 留学生の定着化の第一段階は、定住を進め、留学の目的である学業を成就し学位を取得する段階です。留学生にとって最も重要な満足度の尺度は、大学の高い水準・質の研究と教育、世界的に高い知名度という大学の実力といえます。留学する大学での在籍実績や、最先端の教育や研究に触れること、優秀な世界のさまざまな学生や研究者と交流できることなどは、彼らの将来に役立つからです。このような大学の実力とともに、キャンパス内の多言語化といった大学の内なる国際化も求められます。

 留学生が日本で生活する上でいろいろな負担がありますが、(1)日本語や日本文化の理解、(2)住居・良好な住環境確保、(3)日本人との交流、(4)生活費確保、(5)家族への配慮などが特に重要といえます。

 日本語の習得は、早い時期から継続して、専門家による指導を受けることが効果的で、そのための制度の充実が求められます。一方、必要とされる日本語能力は職場や職種、めざすキャリアなどによって生活上困らない程度から「日本人並」までレベルは異なります。留学生はまず何よりも、自分の進路やめざすキャリアを明確にすべきです。

 留学生にとり、日本の民間住宅の賃貸の慣習は馴染みのない、厄介なものです。指導教授や個人的なつてで対応するのは負担で、制度面での支援の普及が求められます。住居面では、料金の安さや交通の利便性、環境や安全性などに加えて通学時間の節約も大事な要因です。また、奨学金や授業料免除は、勉学・研究などに日本人学生以上に努力が求められる留学生にとり極めて重要な要因となります。

重要な大学と企業の連携

 留学生にとり、家族に対する配慮は重要で、特に配偶者の地元住民との交流や、地元への愛着心は定着にとり最も重要な要因の一つです。そのためには、成熟した地元ボランティア、地方自治体や地元経済・商工団体の役割や制度の後押しが前提となります。また、家族構成や家族の成長に伴う家庭の事情、特に子弟の教育は重要です。

 留学生が学位取得後に国内で就職し生活を安定化することは、定着の第二の段階です。留学生が期待する就職・キャリア支援は、(1)企業・業界を知る、(2)自分自身を知る、(3)具体的な就職対策、(4)具体的事例を通して現状を知る、のカテゴリーに分けることができます。これらに対する具体的な施策は、留学生が在籍する専門分野や課程、学年、そして卒業・終了後の進路などの違いによって異なります。留学生、という言葉でひとくくりにしては適切な施策はできません。

 留学生は日本国内の就職を望みながらも、慎重な姿勢を崩さないのが一般的ではないでしょうか。それは、民間企業など日本の職場に対するネガティブな印象のためでしょう。しかし、現実は障害はあるものの、彼らの見方とは異なり多くの留学生が国内企業や研究所、大学に就職し、キャリアアップを果たしています。反面、企業は、大学の人材育成に不満を口にし、大学は企業の身勝手な要求に不満気です。しかし、企業は状況の変化に合わせて変革をしますし、役に立つ優秀な人材を求め続けているなど、企業には企業の論理があります。大学は有能な人材を教育する義務を果たしていますし、留学生はできるだけの努力をしています。大学、企業などの留学生受け入れ側、そして留学生の3者間には意識と現実の認識において大きな隔たりがあるのが現状ではないでしょうか。

 このギャップをさまざまな方法で埋めることで、留学生は受け入れ側に対する固定概念を排除し、自らが啓発・啓蒙し、受け入れ側は外国人高度人材についての考えや期待、採用や人材活用の制度や機会、実績などの現状を留学生や大学と共有し、大学は、優秀な人材として求められる能力や資質の修得、育成に努めるべきではないでしょうか。このため、大学と留学生受け入れ側の双方が、求められる人材像・要件やキャリアモデル・ロールモデルなどを共有し、人材育成やベストマッチドの就職がより容易に実現すようなインターフェイスづくりが求められます。また、さまざまな機会を活用して専門的な交流を進めることや、研究室のホームページと連動したウエブサイトや自分のデータベースにより、留学生が負担なく就職情報にアクセスしたり、自らの情報を発信することは効果的といえます。さらに、社会・職場経験が十分でない留学生にとって、就職・定着の事例が極めて参考になりますし、専門家によるキャリアカウンセリングの充実が求められます。

 定着の第三段階は職場でのキャリア発達と生活の向上です。この両者が共に満たされることで定着が進むことになります。この段階では受け入れ側の対応努力、職場の方針や各種制度、文化などが大きく影響します。特に、業務に対する評価、待遇、昇進やキャリア発達の機会が公平で透明であることが求められます。同時に、国内のいろいろな制度も定着に大きく影響します。日本での生活にかなり慣れて、質的な向上を求める一方で、子供は成長し、義務教育から高等教育への進学が重くのしかかってきます。また永住者資格を得て法的地位が安定する中で、日本国への信頼、社会への貢献の熱意が高まる施策が求められます。

 この段階になると専門分野の業績が認められ母国や海外からオファーもあるでしょうし、年齢を考えて将来に不安を感じることもあるでしょう。このような精神的な不安定さには専門家によるカウンセリングが必要で、制度面で継続した対応が求められます。

大学の魅力向上と人材活用にも

 このように、留学生の定着はいろいろな要因がかかわる極めて複雑なもので、難しい取り組みです。その中で、留学生に対するさまざまな支援策を包括的に分かりやすく、全学レベルで一貫性をもって提供するために「ワンストップ・サービス」が求められます。

 留学生の国内定着は、留学生にとって選択肢を増やすことで、彼らが日本で就職や定住を望む時にそれが実現しやすくすることが基本と思います。彼らが日本を留学先として、定着先として選ぶ時に日本の魅力が問われます。また、留学生の国内定着はダイバーシティー(多様性)への取り組みであり、それには社会全体の参加と長い時間がかかります。大学がそのような変革を進めることを期待したいと思います。

 最後に、留学生の定着促進は日本や日本の大学の魅力を高めるとともに、高度専門外国人材を活用することにつながります。留学生の定着が一層促進されることを期待しています。

東京大学 国際連携本部 特任教授 洪 政國 氏
洪 政國 氏
(Jung-Kook Hong:ホン チョング)

洪 政國(Jung-Kook Hong:ホン チョング) 氏のプロフィール
1947年静岡県で生まれる。在日韓国人。75年3月、東北大学大学院農学研究博士課程(農芸化学専攻)修了、農学博士。韓国で、農村振興庁、(財)高麗人参研究所、梨花女子大学で研究と教育にたずさわり、日本に帰国後キャリアチェンジ。1981年から2008年まで日本IBM東京基礎研究所とAsia Pacific Technical Operations(大和研究所)でコンピュータ応用とユーザインターフェイスの研究、ならびにEmerging Business Opportunityの事業開発の部長をそれぞれ務め、08年4月から現職。
東京大学のメールアドレス:uhong@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp
外国人研究者・留学生の国内定着についてのシンポジウム サイト

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