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さらば「石油漬け時代」- GHG(温室効果ガス)80%削減の住みたくなる地域づくりを!(堀尾正靱 氏 / 「地域に根ざした脱温暖化・環境共生社会」研究開発領域総括、東京農工大学 名誉教授)

2008.05.21

堀尾正靱 氏 / 「地域に根ざした脱温暖化・環境共生社会」研究開発領域総括、東京農工大学 名誉教授

「地域に根ざした脱温暖化・環境共生社会」研究開発領域総括、東京農工大学 名誉教授 堀尾正靱 氏
堀尾正靱 氏

 G8を目前に、わが国も、温室効果ガスの60-80%削減を政府目標として公表することになりました。これは、地球の平均気温上昇を2℃以内に抑えるということを至上命令とすること(2℃を境に水不足、マラリア、飢餓、沿岸洪水などのリスクか急増することが、気候変動に関する政府間パネル=IPCCのMartin Parryらによって推定されている)、そのためには1990年比で世界の温室効果ガス発生量を半減しなければならないこと(地球シミュレーションによる)に基づいています。温暖化の趨(すう)勢自体は進んでおり、気候変動や生態系の変化に対応していく「適応」も必要ですが、問題の本質的解決へのアクションの構築が急がれます。

 科学技術振興機構・社会技術研究開発センターは、科学技術の具体的な展開の中で現代社会が直面している問題に照明を当て、その解決の方法や社会的・公共的価値の創出を目的として、競争的環境下で自然科学と人文・社会科学の協働などによる研究開発を推進し、得られた成果の社会への活用・展開を図ってきました。今回、現代の「環境」問題を包括的にとらえつつ、「地域」での実践に裏打ちされた具体的な展望を開拓するという、新領域「地域に根ざした脱温暖化・環境共生社会」を設定し、プロジェクト提案の公募を行っていますが、本領域のテーマは、まさに本センターにとっても本命の、きわめてチャレンジングなテーマだと考えられます。

 2008年の現在、上記のような大きな問題提起が意味を持つと考えられる理由は、そもそも、(1)必要な温暖化対策の規模が、先進国でCO2を80%程度削減しなければならないというほどの、未曾有のものであること、また、(2)それを実現するための時間的余裕が40年程度とかなり短いこと、さらに、(3)国際的な動きも早く、より本格的な方向性を見いだしていかなければならない状況にあることです。

 本領域では、温暖化対策を、新エネルギー技術の開発や導入のレベルだけでとらえるのではなく、産業革命以来の近代化の流れの中の、特にこの50-60年間の、大きな社会変化の中でとらえ、産業経済から人々の生活習慣にまで広く深く浸透し、きわめて整備された法制度や各種の許認可制度、資格制度、官庁機構の構造、税制などとの関係において、現場目線から問題を検討し、エネルギー自給能力のある地域づくりに、その担い手づくりから取り組むといったことを、重要な課題として掲げます。

 また、これまで、保全・再生という観点のみでとらえられてきた自然と人間の共存の問題も、手入れの行き届いた森林や湿原の炭素リザーバーとしての機能の維持拡張といった視点を加味して評価したり、木材利用による炭素の社会的ストックを正当に評価したり、過疎地域を住みたくなる地域とすることがもつ脱温暖化効果にも視点を当て、石油漬けの近代化からの脱却と連結していく可能性に期待します。

 このようなアプローチを力強く推進するために、領域運営は「プロジェクト任せ」ではなく、領域としての積極的支援をする、活動的なものとなります。

 以下、この場をお借りして、二・三の点につき課題の解題をしたいと思います。

 まず第一は、本領域のタイトルの「脱温暖化・環境共生」の意味するところです。地球温暖化現象は、科学技術社会の発展が、特に第二次大戦後、「石油依存」「エネルギーの大量消費」という形態をとって大きく展開したことによる本質的なものです。地球温暖化問題の次にはエネルギー資源の枯渇が待っています。さらに、このような社会の「発展」は、自然の破壊や、自然と共生した暮らし方の破壊と無縁ではありませんでした。新興各国でも、同じことが繰り返されています。これらのことから言えることは、地球環境問題も、エネルギー問題も、自然破壊も、あるいは、新興国による国際的な公害問題も、すべては、この大きな「石油依存型の無制限の近代化」の一環であるということです。逆に、温暖化対策、エネルギー対策、自然再生、国際的公害対策などは、「石油依存型の無制限の近代化」を収拾するという戦略でのぞまない限り、本質的な対策にはなり得ないでしょう。また、そうすることによって初めて、すべての環境・エネルギー対策は、連携して大きな力を発揮するようになるはずです。

 第二に、石油依存型の社会システムの中で展開されてきた制度や社会システムの見直しが必要だという立場で、技術的合理性を追求しつつ、対応する制度的社会的課題を検討していくことを課題に掲げるものです。すなわち、温暖化対策の効果を、CO2換算で表される技術的ポテンシャルに、社会的実現性の係数をかけたものとして把握し、実質的効果を大きくしていくというシナリオに基づいて、特に後者の社会的課題を俎(そ)上に載せていくことが課題です。

 第三に、いま、脱温暖化の視点から、都市と非都市部の間の新たなバランスを構築していくことが求められています。特に「住みたくなる地域づくり」を脱温暖化の立場から積極的に定量化し、地域の生活や産業からの温室効果ガス発生量の削減だけでなく、温室効果ガス吸収産業としての林業や、温室効果ガスの発生を加速する開発の抑制効果などすべてを加味した総合評価の方法論を考案していく必要があります。都市側における木質素材の多用も、炭素の社会的ストック作りとして正当に評価されるべきでしょう。エコポイント表示による消費者の積極的関与の促進や、「環境モデル都市」構想づくりなど、現在進行中の各種の試みと連携し、制度不全問題への提言、地域の新しい担い手の形成、脱石油時代の専門的人材育成やマニュアルの見直しなど、さらにその先の課題を見据えていくことが本領域の課題であると考えます。

 なお、本領域で言う「地域」については、都市部から農村部まで、集落から流域や商工圏域まで、フレキシブルにとらえていいと考えます。

「地域に根ざした脱温暖化・環境共生社会」研究開発領域総括、東京農工大学 名誉教授 堀尾正靱 氏
堀尾正靱 氏
(ほりお まさゆき)

堀尾正靱(ほりお まさゆき)氏のプロフィール
1943年生まれ、66年名古屋工業大学工業化学科卒、71年名古屋大学大学院工学研究科博士課程単位取得退学、82年東京農工大学工学部助教授、91年同教授、95年同大学院生物応用科学研究科教授、2004年同大学院共生科学技術研究院教授、08年定年退職。02~06年に東京農工大学の21世紀COEプログラム「新エネルギー・物質代謝と『生存科学』の構築」リーダー、03~07年に文科省リーディングプロジェクト「一般・産業廃棄物・バイオマスの複合処理・再資源化プロジェクト」プロセス技術開発グループリーダーを務め、08年「地域に根ざした脱温暖化・環境共生社会」領域総括に。1997~2008年に国際誌「Powder Technology」アジア・オセアニア地域編集長も。著書に「暮らしに根ざした心地良いまち」(共著:公人の友社)など。工学博士。

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