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コラム - オピニオン -

基礎科学分野からの情報発信の重要性

自然科学研究機構 生理学研究所 所長 岡田泰伸 氏

掲載日:2008年2月6日

自然科学研究機構 生理学研究所 所長 岡田泰伸 氏

岡田泰伸 氏

 

この1月16日に行われた、文部科学省・科学技術政策研究所科学技術動向センターの科学技術専門家ネットワーク電子会議によれば、経済協力開発機構(OECD)の2006年調査において「30歳になったときに科学技術に関係した仕事に就いていると思いますか」の質問にyesと答えた日本の高校1年生はわずか8%(世界平均は25%)であり、OECD参加の57カ国・地域中最低であったとのことでした。科学技術立国を標榜する我が国の計は、足元から瓦解しています。

その大きな直接的原因は、科学研究者の営為や生活が、今日では夢と希望に満ちたものとして子供達や若者に映らなくなっていることにあると思われます。殆どの研究者は今、ただただストレスにおわれた毎日をアクセクと過ごしているように見えます。これは、安定で基盤的な研究費サポートがない現実では、(科学研究費補助金を含めた)外部資金に頼らざるを得ず、その殆どが1-3年という短期間にその成果を求めるものであることに起因しています。

加えて、より長い期間/より高額のサポートは、基礎研究的なものよりは応用研究/開発研究的なものに片寄って行われており、基礎科学研究者にまであまりにも性急に実用性が求められる風潮があります。その上、多層的な「評価」への対応にも追われ、それぞれのフィールドを代表するトップ研究者の殆どが、大学や研究機関で(特にいわゆる「法人化」後)「会議漬け」の状態にあり、その割に収入は決して多くなく、視線を最も浴びる彼・彼女らに、若者は自分の将来を投影できなくなっているのではないでしょうか。

本来、基礎研究などの「学術」は、自然、人間、社会の基本原理を求めて、知的好奇心と自由な発想にもとづいて行うところの、夢に満ちた知的創造活動であります。それゆえに、「学術」は「芸術」と共に人類の「文化」を形成するものです。「科学」には、すぐに実用や技術開発に結びつくものと、そうではないものがあります。「基礎科学」や「学術」の殆どは前者ではなく後者にあたり、自然や人間や社会に関する認識を根本的に変革して、人類の知を豊かにする「文化」であります。そしてそれらを基礎にしてこそ、新しい地平での大きな新技術の開発が長期的にはもたらされるものであることを、肝に銘じる必要があるでしょう。人が「科学技術」と呼ぶとき、それは多々、前者を意味しているように思われます。科学に前者も後者も含めるとき、正しくは「科学・技術」と呼ぶべきものと私は常々感じています。

その意味で、いっそのこと「科学技術基本法」は「科学・技術基本法」に呼び替えるか、あるいは誤解を避けるためにもう一つ「学術基本法」とでもよぶべきものを制定するかが必要なのではないかとも思うのです。話が少し飛んでしまいましたが、要するに昨今の風潮や国の政策が、夢に満ちあふれた学術研究者の存在を極めて危うくしているのではないかと憂いているのです。

私達、基礎科学研究者や学術研究者は、このような状況だからこそ、自らの研究成果を国民の皆さんや未来の科学者・科学愛好者である子供さん達にわかりやすく夢にあふれた形で広報・情報発信していく必要があるでしょう。私達の研究の多くが国民の税金によって支えられている以上、それに対する説明責任を果たす必要があることや、科学的成果は人類「文化」の内実の1つとして広く人々によって共有されるべきものであることが、広報・情報発信がそもそも必要な理由であります。それにも増して、広い視野と広い裾野を持った形での基礎科学と学術の振興と、それを可能とする人材の育成が、今まさに差し迫って求められていることであることを国民の皆さんに広く理解いただく必要があるからでもあります。

私達の「生理学研究所」(“せいりけん”)は、“脳とからだの不思議を解き明かす”研究を大学の先生方と共同で行っている研究所ですが、昨年新たに「広報展開推進室」を設置し、広報・情報発信活動に力を入れてまいりました。それは、上記の諸理由に加えて、私が昨年4月に所長職に就いて“せいりけん”で行われている研究のすべてを知ることになり、多くのすばらしい研究に私自身が感動し、この感動を是非とも国民の皆さんと共有させていただきたいという思いを抱いたことにもよるのです。

本年1月より、新たに国民の皆さんや子供達に向けた「せいりけんニュース」を発刊し、「せいりけん市民講座」も定期的に開催することに致しました。3月20日には自然科学研究機構シンポジウム「解き明かされる脳の不思議-脳科学の未来-」を担当し、5月には「世界脳週間講演会」、11月には「せいりけん一般公開」の開催を企画しています。(詳しくは ホームページ に順次掲載される情報をご覧ください)

基礎研究者自らによるたゆまない情報発信の努力が、今後のしかるべき国の政策と相俟って、子供たちや若者の科学離れをくいとめ、科学への夢と希望で彼らの胸を膨らませることができるよう、念じてやみません。

 

自然科学研究機構 生理学研究所 所長 岡田泰伸 氏
岡田泰伸 氏
(おかだ やすのぶ)

岡田泰伸(おかだ やすのぶ)氏のプロフィール
1970年京都大学医学部卒業、81年同医学部生理学教室講師、92年岡崎国立共同研究機構生理学研究所教授、総合研究大学院大学生命科学研究科教授(併任)、95年岡崎国立共同研究機構生理学研究所研究主幹、98年総合研究大学院大学・生命科学研究科長、04年自然科学研究機構生理学研究所副所長、07年から自然科学研究機構副機構長、生理学研究所所長、02~04年科学技術振興機構・研究成果最適移転事業研究リーダーも。06年から日本生理学会長、アジア・オセアニア生理科学連合(FAOPS)会長を務める。イオンチャネルやトランスポーターの電気生理学的研究の第一人者。細胞容積調節や細胞死のメカニズムの研究を続ける。

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