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地学・自然地理学の復権を(小泉武栄 氏 / 東京学芸大学 教授)

2008.01.09

小泉武栄 氏 / 東京学芸大学 教授

東京学芸大学 教授 小泉武栄 氏
小泉武栄 氏

 理科教育の振興、科学技術の振興が叫ばれている。その核になっているのは、物理・化学・工学と生物学である。いずれも、わが国が今後、世界をリードする国家として生きていくためには、必要な分野といえよう。ただ今後のわが国のあり方を考えると、もう一つ重要な分野が浮上してくる。それは地学・自然地理学といった分野である。こういった分野がなぜ大切なのか。今回はこれについて意見を述べたい。

1.国土の防災のために

 1995年に神戸と淡路島を襲った兵庫県南部地震以来、地球は動乱の時代に入ったようである。わが国だけでなく、世界的にも大きな地震や津波が相次いで発生している。また台風や集中豪雨、竜巻などの大型化や激化、頻度の増加、さらにはそれに伴う洪水や海岸侵食の発生なども危惧されるようになってきた。また間違いなくやってくる巨大地震に、原発や大都市が果たして耐え得るのかという心配もある。国土の防災のための研究を急ぐ必要があるが、その多くは地学・自然地理学にかかわる問題である。

2.地球環境問題の解決のために

 地球環境問題には地球温暖化、砂漠化などさまざまの問題があげられているが、この問題にかかわりがあるのは、気候、気象、海洋、大気、地形、土壌、植生、氷河、さんご礁などであり、すべて地学や自然地理学の研究対象である。たとえば、7000年前、地球は現在よりもはるかに温暖であったが、その時代の正確な環境の復元は、今後の地球環境を予測する上で、おおいに役立つであろう。

3.地学・自然地理教育の衰退とその原因

 戦前、この分野の研究、教育は、多数の啓蒙書が出されるなど、かなり盛んであった。戦後もしばらくの間、地学・自然地理に関する教育は今のように弱体ではなかった。戦後の復興期には、国内の石炭や石灰岩などの地下資源はそれなりに当てにされていたし、台風や地震による被害が相次いだことから、地学・自然地理についての教育は充実しており、筆者の高校時代のように、一時、高校で地学が必修になっていたこともある。

 しかし経済の高度成長期に入ると、石炭などの資源は外国から輸入する方がはるかに有利になった。その結果、地学関係の技術者を養成する必要性も薄らぎ、それが高校や大学における地学・自然地理教育の衰退につながった。このプロセスは外材の輸入増加にともなって、森林や林業に関する記述が教科書から激減したのと軌を一にしている。

4.地学・自然地理教育の復興のために

 上で述べたように、地学・自然地理学の重要性は近年、とみに高まっており、筆者は学校教育における充実と次世代の研究者の養成を急ぎ考えるべきだと考える。この分野では学生や新任の職員を野外で教育することが不可欠だが、そのためには若いときにできるだけフィールドに出る時間を確保する必要がある。衛星データの利用や観測機器の大型化などによって、細かいデータは取れるようになってきているが、最後にものをいうのはやはりフィールドでの資料である。何か天変地異があったときに、研究者がいません、では話にもならない。野外調査のできる若い研究者の養成に、国は本腰を入れて取り組むべきだろう。

 環境教育は大切だが、現代の学生・生徒諸君は、子供の頃から地球環境の問題点ばかりを聞かされてきたために、地球の素晴らしさを知らないまま、大人になっている。地球は素晴らしい星である。私は学校教育ではまずその点から教えるべきだと考える。地球の素晴らしさを知った上で、地球環境問題や防災に取り組む。そういった若い研究者が現れることを期待したい。あわせて国には地学・自然地理教育の充実と、研究者養成のシステム作りに取り組んでもらいたいと思う。

東京学芸大学 教授 小泉武栄 氏
小泉武栄 氏
(こいずみ たけえい)

小泉武栄(こいずみ たけえい)氏のプロフィール
1948年長野県生まれ。東京大学大学院理学系研究科博士課程単位取得。理学博士。現在、東京学芸大学教授。専門は自然地理学、第四紀学、地生態学。著書に『日本の山はなぜ美しい』(古今書院)、『山の自然学』(岩波新書)、『山の自然教室』(岩波ジュニア新書)、『登山の誕生』(中公新書)、『自然を読み解く山歩き』(JTBパブリッシング)など。

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