オピニオン

多様性を創造の活力に(相澤益男 氏 / 東京工業大学 学長)

2007.10.01

相澤益男 氏 / 東京工業大学 学長

東京工業大学 学長 相澤益男 氏
相澤益男 氏

 「出る杭を伸ばす」「異(異能,異端)が大事」といった、なかなかくだけた表現が今年6月に閣議決定された長期戦略指針「イノベーション25」に盛り込まれた。2025年に実現したい日本の姿に向け、科学技術と社会システム、人材育成のイノベーション創出を一体的に進めるための「政策ロードマップ」におけるキーワードだ。この種のものとしては大変ユニークで、特に「出る杭を伸ばす人材育成」「国民一人ひとりの意識改革」はもっと注目されるべきだと思う。

 グローバル化と知識社会化の進展を受け、世界は「知の大競争」のまっただなかだ。日本は少子高齢化や人口減少などの固有の課題にも目を向けながら、科学技術創造を基盤にイノベーションを創出し、持続的な発展を遂げ、国際競争力を強化しなければならない。すでに世界の主要国もイノベーション戦略を展開している。

 そこで、我が国はどうすべきかである。イノベーション25が提示した「出る杭を伸ばす人材育成」は「いかに多様性を活用し,社会を創造的に活性化するのか」にかかわるきわめて重要な提言だ。

 多様性といっても、文化や国の違い、男女差や年齢差、専門分野あるいは考え方の違いなど、人にかかわることだけでも実に幅広くさまざまだ。こうした多様性のそれぞれが個性や特性として尊重され、輝き、積極的に活用されて、社会が活性化するには、乗り越えるべき課題が実に多い。

 しかしながら野球やサッカー、ゴルフなどのスポーツ、特に国技である相撲には、信じがたいほどの劇的な変化が起こっている。多様性の活用により、グローバル時代にふさわしく、創造的活動を見事に活性化した、と言えるのではないか。芸術についても同じことが言えるだろう。

 「類は友を呼ぶ」「出る杭は打たれる」など、我が国にはむしろ均質さを好む風土が根強いことも確かだ。同質なものに囲まれていると、なんとなく醸し出される安心感にスッポリはまり、いつしか異質のものがはじき出される。そして、組織が、あるいは社会が同質化、均一化していく。当然のことながら、個性はますます埋もれ、現状を乗り越える革新的な考えは出にくい。突出したことが生まれても、すぐに叩かれ、ならされてしまう。

 大学はこうであってはいけないし、「多様性を広く受け入れ」「多様性を大いに活かす」べきところだ。しかしながら、実情は問題も多く、制度改革や財政支援が引き続き必要だ。こうした状況でも、さまざまなチャレンジが進んでいる。

 「出る杭を伸ばす人材育成」については教育プログラムの創出が活発化しているので、範とするような好事例(グッドプラクティス)が次々と出てくるのではないか。ただ、出る杭が創造性を発揮し、そうした人材を大学が十分活用するには、いろいろ課題があるようにも思える。「女性研究者の活用」は支援システムの変革と連動して、着実に進められるべきであり、やっとその動きが目に見え始めたというところだろう。

 一方、「大学を世界に開く」というチャレンジがようやく始まった。学生だけではなく教員についても、優れた人材を世界に求める動きだ。大学の「開国宣言」とも言える。大学を世界に開くということは、あらゆる多様性を活かす宣言でもある。これから生じるであろうさまざまな障壁に直面しつつ、たゆまず前進するしかないだろう。要は、多様性を受け入れるだけではなく、いかに多様性のダイナミズムを誘起し、創造性の活性化に結びつけるかである。

本記事は、「日経サイエンス誌」2007年10月号から転載

東京工業大学 学長 相澤益男 氏
相澤益男 氏
(あいざわ ますお)

相澤益男(あいざわ ますお)氏のプロフィール
1971年東京工業大学大学院博士課程修了、80年筑波大学物質工学系助教授、86年東京工業大学工学部教授、94年東京工業大学生命理工学部長、2000年、東京工業大学副学長、01年東京工業大学長、06年1月総合科学技術会議議員、2005年3月から2007年4月まで国立大学協会長、専門は生命工学、バイオエレクトロニクス。

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