インタビュー

「科学技術の成果を産学官連携で社会実装する 第5期科学技術基本計画の目指すもの」(2/2)(久間和生 氏 / 内閣府 総合科学技術・イノベーション会議 議員)

2016.05.13

久間和生 氏

 昨年12月に総合科学技術・イノベーション会議で了承された「第5期科学技術基本計画」が、1月22日、閣議決定された。この計画は今年の4月から5年間にわたり、日本の科学技術の方向性を示すものである。その要点を、内閣府総合科学技術・イノベーション会議議員久間和生氏に伺った。

人材力の強化は若手研究者と女性研究者の育成

日本で最も問題になっているのは、若手研究者の安定したポストがないことです。安定したポストに就けないと、次の就職先を確保するために、論文になる目先の研究をやりますよね。これを変えないと駄目です。現在のポスドクの厳しい生活を見ていたら、若手研究者がドクターコースに行こうなどと思うはずがない。だから、このポスドクの人たちの将来を保証してあげることが重要です。彼らがこれからのイノベーションの芽を作るのですから。

今、産業界は、これまでに蓄積した技術の貯金で生きていると思った方がいい。このままでは貯金はどんどん減っていくでしょう。だから、大学とか研究開発法人、特に大学が技術の貯金をまた貯めなくてはいけないのです。そのためには、若手研究者を育成しなくてはいけません。

それから、女性研究者を育てないと駄目だと思いますね。私はIEEE(The Institute of Electrical and Electronics Engineers)のフェロー委員会の日本代表委員をやっていますが、そこでは3〜4割の委員が女性で、実にいい意見を出される。日本はそういう点で、すごく遅れています。女性を育成し、女性が活躍する場を作らないといけません。人材力の強化は若手研究者と女性研究者の育成です。

基礎研究は重要だが、目的を持つことが大切

―「知の基盤の強化」について具体的にお話し下さい。

これは、基礎研究や学術研究をしっかりとやっていこうということです。

先ほど、IoTをベースにしたCPSを推進するといいました。当面、11のシステム構築に取り組みます※1。しかし、全部を同じウエートでやるのではなくて、世界的な競争が最も激しい、ものづくりや自動走行システム、エネルギーシステムをコアシステムとしてまず力を入れる。そして、その成果を農業や社会インフラ、災害防災などに横展開するとともに、システム間の連携を強化して、新たなバリューをつくろうということです。

※1 エネルギーバリューチェーンの最適化、地球環境情報プラットフォームの構築、効率的かつ効果的なインフラ維持管理・更新の実現、自然災害に対する強靱(きょうじん)な社会の実現、高度道路交通システム、新たなものづくりシステム、統合型材料開発システム、地域包括ケアシステムの推進、おもてなしシステム、スマート・フードチェーンシステム、スマート生産システム。

そのために必要な技術は何かというと、AI(人工知能)や、サイバーセキュリティー、IoT、ソフトウエア構築技術というようなサイバー空間で必要な技術と、バイオテクノロジーや、アクチュエーター、センサーなどのフィジカル空間で必要な技術です。それらの共通基盤技術を徹底的に強化することが重要です。

基礎研究も、目的を持ってやってほしいと思うのです。全く目的のない研究は私には考えられないです。例えば赤﨑先生も基礎研究をされましたが、ガリウムナイトライドの照明ができたら、蛍光灯に置き換えられるという目的はあったと思うのです。単に面白いからというのは、私はあり得ないと思います。基礎研究というのは、結果は出なくてもいいけれども、産業や社会にどのように活用するかといった目的を持った研究であるべきと思います。

目的とか出口というと、つい目先の成果と考える人が多いですが、これは間違いです。基礎研究の出口は、近い出口もあるかもしれませんが遠い出口でもいいのです。

学術研究も重要です。天体や、量子の世界は産業につながらないかもしれませんが、ある一定の研究予算が必要です。また加速器や、核融合などのビッグサイエンスも必要です。

―三つ目の資金改革についてはどのようにお考えですか。

久間和生 氏
久間和生 氏

競争的資金と運営費交付金のバランスを考えるべきだと思います。

競争的資金は重要ですが、資金を必要以上にたくさん獲得している研究者がいます。正しく使ってくれればいいのですが、自分の好みで予算を配分する人がいます。そうすると、自分の好みの分野ばかりに資金を配分することになるので、その他の重要領域が抜けてしまう恐れがあります。

一方、人件費で大学の運営費交付金が全部消えてしまうという話がありますが、大学は人件費を減らす努力を十分にしていないと思います。企業では50代半ばで給与はピークになり、その後減少して、60歳で定年です。定年後に残る場合も嘱託などで安い給与で65歳まで働くのです。それで企業は生き延びている。大学は、65歳まで定年を延長して、給与も下げていないケースが多い。それで人件費が足りませんというのは、おかしいのではないでしょうか。シニアの教授1人で若手研究者2人を雇えるのです。運営費交付金が減ったのも確かですが、大学の努力も必要だと思います。産業界から見ると、大学は甘え過ぎです。

人材の育成や、知を創出するための基礎研究は大事ですが、二つが連動しなくてはいけないと思います。基礎研究でこういう領域を強化するので、人材は毎年このぐらいのポストを若手向けに作っていこうというように、研究開発と人材育成と資金改革を連動させることが必要です。

イノベーション創出と産学官連携

イノベーション創出のために、オープンイノベーションと産学官連携の徹底的な強化が必要だと思います。産学官連携がうまくいけば、多くの問題は解決できます。

大学や研究開発法人は最近、目先のことをやり過ぎている感もありますが、技術はたくさん持っています。それをいかに産業界や社会に生かすかが重要です。それによって、成果が認められれば、共同研究で産業界から大学や研究開発法人に研究費が入ってくる。そうすると、人を雇用する資金もできる。だから、産学官連携をいかにうまく機能させるかが、最も重要です。

―大学と企業の連携をうまくやるということですね。

大学は、基礎研究も応用研究も当然やります。基礎の研究者は基礎での評価軸、応用の研究者は応用での評価軸を作るべきです。研究開発法人もそうです。大学と研究開発法人は何が違うかというと、大学は基礎と教育が多い。研究開発法人は産業界との応用研究が多い。基礎研究と応用研究の比率が違うのです。両方とも産業界から研究費をもっと入れないといけません。

―そのためには企業ももっと資金を大学に出さないといけませんね。

大企業だと、研究者1人雇うのに大体 2,000万円掛かります。それに加えて実費が掛かります。ところが、委託研究に2,000万円掛けるというと、尻込みするわけです。実は委託研究は安いものなのです。

例えば大企業で10人の研究者を雇えば2億円、50人だったら10億円の人件費が必要なわけです。だから、各社が自前主義をやめて、自社の研究者の数を減らしてでも大学に委託研究を出せば、企業も大学も変わります。

ところが、大学の方々が本当に成果を産業界にリターンしてくれるかどうかが問題なのです。私は三菱電機時代、随分と大学との連携をやりました。われわれのニーズに応えて、大学側から近づいてきてくれる先生もいれば、自分の研究に固執する先生もいる。後者の先生の成果は、ほとんど使いものにならない。やはり、大学側は少しは企業に歩み寄らないと駄目ですね。自分たちの独自研究をやってもらってもいいのですが、産業界に目を向けて、研究の方向を広げるなどすれば、産業界はついてくるのです。そういう歩み寄りが大学には必要だし、産業界も研究費とともに優秀な人材を大学に送り、共同研究を行うことが必要だと思います。

私は三菱電機にいたときに四つの大きな共同研究をやったのです。東京大学とは防災減災、東京工業大学とはパワーエレクトロニクスと太陽電池、京都大学とは自立ロボット、大阪大学とはビッグデータの研究です。

―今、課題になっているものばかりですね。

すべて10年以上前に始めた共同研究です。今、ホットな課題だし、それぞれ成果が出ているのです。例えばロボットです。CPSは欧米が考えたように皆さん思っていますが、科学技術振興機構(JST)のCRDS(研究開発戦略センター)の初代センター長だった生駒俊明先生が中心になってつくったIRT(Information and Robotics Technology)のコンセプトと同じなのです※2。私もコンセプトメーキングのメンバーの一人でした。

※2 参考:独立行政法人 科学技術振興機構 研究開発戦略センター.戦略イニシアティブ IRT -ITとRTの融合-.2005, 57p.

IRTというのは、情報通信とロボティクスを融合する概念で、まさにリアルワールドとサイバーワールドの合体です。CPSの実空間がロボット、サイバー空間が情報処理を行うクラウドに相当します。実空間でセンサーなどで得られた情報をサイバー空間に送り、ビッグデータ処理して、実空間のロボットに送り返して行動させるという概念で、サイバーフィジカルシステムそのものなのです。よくよく考えると、ロボットだけではなくて、生活空間も、医療も、防災も、社会システムも同じだということで、2005年にコンセプトを作って発表したのですが普及しなかった。

―時期が早すぎたんですね。

早かった。実は、先日、生駒先生とたまたまお会いして、「IRTの概念は今のCPSと全く同じですよね」と言ったら、「そうなんだよね」と仰っていました。

ベンチャー、知財、国際標準化の重要性

ベンチャーへの挑戦と、知的財産(知財)と国際標準化も重要です。技術だけだと必ず模倣されるので、知財で守る必要があります。国際標準化も重要です。それらを強化したいです。

地域の再生については、経済産業省も文部科学省も、これまでに大型プロジェクトをつくって取り組んできましたが、予算のばらまきというか、ばらばらなんです。各クラスターに特徴を持たせて、日本だけではなく、世界に通用するグローバルニッチトップとなるベンチャーや中核企業を育てることが大切です。

G20のような国際的な政策会議ではロビー活動が大事なのです。何十カ国のトップが集まって話をするときに、全体会議で話すのは、地球環境をどうするかとか、感染症対策をどうするかといった共通の話だけです。重要なのは、パートナーとなるべき国のトップと面談して、この分野で共同研究をしましょうとか、この分野で産業を一緒につくっていきましょうといった話をすることです。国際標準化も同じです。国際標準化の会議で話すことは、当たり障りのない話です。問題は自分の国で進めている方式を国際標準にしたいわけですから、そのための仲間づくりが大事です。「これをどう思っているか」、「いいね、一緒にやろうか」といったコミュニケーションの場として重要なのです。それを全くやらない国際戦略などあり得ないし、グローバル活動とはいえない。

国益を最重要視しながら、世界と仲良くする。これが外交です。しかし、エコノミックアニマルみたいな姿勢では駄目です。相互の立場や利益を考慮し、流れを自然に自分の方向に持ってくる、したたかな大人の外交戦略が必要です。科学技術外交や国際標準化では、政治の外交と同じようなことをやらなくてはいけないということです。

「産学官連携ジャーナル」2016年3月号より転載
取材・構成:田井宏和(同編集部)

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久間和生 氏
久間和生 氏

久間和生(きゅうま かずお)氏のプロフィール
内閣府総合科学技術・イノベーション会議議員、工学博士。1977年東京工業大学大学院博士課程電子物理工学専攻を修了。同年三菱電機株式会社入社、中央研究所(現 先端技術総合研究所)勤務。98年半導体事業本部人工網膜LSI事業推進プロジェクトマネージャ、2003年先端技術総合研究所長、06年常務執行役開発本部長、10年専務執行役半導体・デバイス事業本部長、11年代表執行役副社長、12年常任顧問。13年総合科学技術会議議員(常勤)、14年より現職。

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