インタビュー

第3回「日本に来れば、必ずや好きになる」(沖村憲樹 氏 / 科学技術振興機構 特別顧問、中国総合研究交流センター上席フェロー)

2014.07.22

沖村憲樹 氏 / 科学技術振興機構 特別顧問、中国総合研究交流センター上席フェロー

「サイエンス・ハートでおもてなし 若手の交流でアジアの発展に一石」

沖村憲樹 氏
沖村憲樹 氏

「日本・アジア青少年サイエンス交流事業」がこの6月にスタートした。東南アジアの高校生、大学生、若手の博士研究員らを夏休みにかけて招待し、日本の科学技術の最先端の現場に触れてもらい、科学者たちとの交流を図るのが狙い。国の将来を担う俊英たちに日本を良く知ってもらい親睦を図ると共に、日本の国際化、グローバル化にもつなげようと一挙両得を目論んでいる。別称は「さくらサイエンスプラン」。ちょうど産地ではサクランボの実がたわわのシーズンでもある。この交流プランが将来どんな花を咲かせ、果実をつけるかが楽しみだ。発案者の科学技術振興機構 特別顧問、沖村憲樹氏に聞いた。

―ここまで漕ぎ着けるのには、かなりのご苦労もあったようですね。

 このプログラムの趣旨は、日本と海外の科学技術関連の交流を親身になって進めることです。そのためにまず、日本の大学や企業が、どこの国のどんな機関と交流をしたがっているのかの情報を集めました。企業がどこの国に工場を持っているか、どこの大学がどんな技術要因を増やしたいと考えているかなど、細かい事情まで把握していくつもりです。

 今回は徹底して経費節約型のプランにしました。これで1年間に2500人は呼べるとみています。添乗員や現地案内業者などの費用は原則として認めません。大学では英語でやり取りしてもらうので通訳は使いません。チームによっては宿舎やホームステイを利用するので宿泊費も削ります。このように関連経費を倹約したとてもつましい事業なのです。

 削るところは徹底して削りましたが、削ってはいけないのが“もてなしの気持ち”です。相手の気持ちを汲みながら何が必要なのかをじっくりと検討し、親身になって面倒を見なくては意味がありません。だから当初は、「サイエンス・ハートでおもてなし」とのキャッチフレーズも考えました。それぞれがハート・ツウ・ハートでつながり、末永く交流の輪を広げていく拠点として育つことを望んでいます。

―そのキャッチフレーズは、折角ですからこのインタビューのタイトルに使わせていただきました。これまでも、個別の企業や大学で独自の交流をしていたところがあります。それらとはどのように違うのですか。

 確かに個別の大学、企業同士や個人レベルの交流はありますが、盛んに交流しているところは極めて限られています。交流のあり方をよく考えながら進めないと、将来の両国間の発展は期待できません。

 例えば、中国から日本への留学生数は8万人弱でずっと横ばい状態のままです。ところが中国から海外への留学生総数はこの4年間で2倍に増えています。40万人から50万人ですが、この増加分はほとんどがアメリカやヨーロッパへの留学で、日本に来る中国人留学生の比率は激減しています。

 中国の有力大学の教授クラスは、かつては東大や東工大、東北大など日本の主要大学の出身者が多数を占めていました。昨今の中国では、若手研究者らが欧米に偏るようになってしまいました。このまま放置しておくと将来は日本で学んだ経験のある学者、教育者が激減してしまいます。これは明らかな現象なのです。

―どういう影響が考えられますか。

 これまでは中国の公的機関の窓口には、日本語に堪能な日本通の担当者が多かったのですが、それがここ10年くらいの間に急減しました。どこも英語での案内や指導に変わっているのです。

 日本の国力の低下傾向とも関連しているようです。こうした両国関係を修復するに当たっても、日本語が使えて日本をよく理解できる関係者が少ないのは極めて不利であり、将来に影響が出てくるはずです。

―日中関係がいつになくギスギスしていますが、その影響も強いのですか。

 中国は政治関連と科学技術政策とをきっちり分けて考えています。両国間の政治関係がどんなに混迷しても、こうした文化や科学技術の交流は長い目で見て重要だからブレずに協力的な関係を続けてきました。最近の一般的なムードとして日本が嫌いだという国民感情のあることは否定できませんが、それが科学技術や文化面の政策として影響を受けることはないと考えています。

―一方で日本の文化やアニメに関心が集まり、旅行を楽しむ人も大勢いますね。

 最近のあるメディアの調査だと、「9割の日本人が中国を嫌いだとし、9割の中国人が日本を嫌いだ」と、お互いに嫌いあっています。これが最近、ずっと高止まりしています。

 このように国民感情が“嫌い合って”いると、ゆくゆくは外交に反映されかねません。国民感情に反した外交政策は執りにくいわけですから、放置しておくのは危険なことです。

 そんな中でも一つだけ救いがあります。訪日した中国人に限ってみれば、9割が日本を好きになって帰国するとのデータがあるのです。実際に日本で学び、働き、あるいは旅をしたことのある中国人なら、日本の自由な文化、考え方や、水や空気のうまさ、風光明媚な観光地、安全で美味な生鮮食料品など、日常の姿をそのまま受け入れているはずです。

 騒々しい両国間の政治的ムードやネットの混乱情報に左右されずに、自分の目で見て体験したことを基に判断するはずです。ですからなるべくたくさんの若者に来ていただいて、ありのままの日本を知っていただきたいと考えています。それが大きな狙いです。

―来日した方に適切な応対をすれば、彼らの心に何かが残り、友好の芽を育むというわけですね。「外交」の前に「友好」ということですか。

 若い人の反応は大人より柔軟です。国家間が例えギクシャクしていても、科学技術交流はそれに影響されず継続しますから、それほど将来を心配しなくともすむはずです。

 日中間には様々な交流活動がありますが、今回は科学技術の分野に特化しています。日本の科学技術は進んでいるので、アジアの若者は日本に行きたいと希望するでしょう。距離的にも近く、似た風土やものの考え方、感性面でも共通するところがありそうです。さらに短期(原則10日間)のプログラムですから参加しやすいはずです。まずは交流していただき、さらに長期的なお付き合いの希望があれば、その段階でレベルアップすればいいのです。

 このプログラムの主役は、当然のことながら実際に交流する大学や研究機関、企業です。私たちはお世話をする立場ですが、それでも“橋渡し”は大変手間のかかる仕事なのです。

 特に中国からの学生、研究者は人数が多いので、中国側の機関に大変な苦労をおかけしました。中国科学技術部はさぞ大変だったと思います。本当にご努力には感謝しています。

―裏方さんの苦労をきちんと知ることが、交流を長続きさせるコツなのですね。

(科学ジャーナリスト 浅羽雅晴)

(続く)

沖村憲樹 氏
(おきむら かずき)
沖村憲樹 氏
(おきむら かずき)

沖村憲樹(おきむら かずき) 氏 プロフィール
県立千葉高校卒。1963年中央大学法学部卒、科学技術庁入庁。研究開発局長、科学技術政策研究所長、科学技術振興局長、官房長、科学審議官を経て99年科学技術振興事業団専務理事、同理事長、2001年独立行政法人科学技術振興機構理事長、12年同特別顧問、同中国総合研究交流センター上席フェロー。

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