インタビュー

「眠りの本態はブラックボックス」(柳沢正史 氏 / 筑波大学教授 国際統合睡眠医科学研究機構拠点長)

2013.01.23

柳沢正史 氏 / 筑波大学教授 国際統合睡眠医科学研究機構拠点長

「なぜ動物は眠るのか」

柳沢正史 氏(筑波大学教授 国際統合睡眠医科学研究機構拠点長)
柳沢正史 氏(筑波大学教授 国際統合睡眠医科学研究機構拠点長)

なぜ動物は睡眠をとるのか。多くの科学者が挑んできたテーマだ。眠りと目覚めの切り替え役を担う生体物質「オレキシン」の発見により、睡眠の本態に迫る新たな道が開かれた、と期待されている。オレキシンを発見した柳沢正史・筑波大学教授を拠点長とする国際統合睡眠医科学研究機構が昨年末、設立された。テキサス大学サウスウェスタン医学センター教授も兼ね、米国での研究活動が長い筑波大学教授 国際統合睡眠医科学研究機構拠点長 柳沢正史 氏に、睡眠研究の持つ可能性について聞いた。

―睡眠が日常生活でも、非常に重要であることはたいていの人は実感していると思われます。しかし、睡眠が研究対象としても重要で、かつ「本質的なことはほとんど分かっていない」といわれたら驚く人も多いのではないでしょうか。

間は生涯の3分の1を睡眠に費やしています。人間に限らずすべての哺乳類、さらには多くの魚類や昆虫も睡眠を必要としています。健康な状態で意識を失い、それが再び戻るのは睡眠だけですが、眠っている間は完全に無防備な状態にあります。そうしたリスクを超える何かがないと、長い生物の進化を通して“睡眠が不可欠の行動”として残ってきたとは考えにくいですね。進化する上で、睡眠が必要だった何か重要な理由があるはずですが、それが分かっていないのです。

―だいぶ昔に早石修先生が、この分野で重要な研究成果を挙げられたと記憶しておりますが。

早石先生が見つけられたのは、生理活性物質であるプロスタグランジンが睡眠に関係しているということです。プロスタグランジンDに催眠作用があることも発見されました。例えばインフルエンザなどで熱が出た時など、一日中寝ていられますよね。プロスタグランジンが、こうした状態の睡眠に関わっている可能性があります。ただ、正常な状態での睡眠と覚醒の制御にどこまで関与しているかは、いまだはっきりしません。病的な睡眠には関わっている可能性が高いのですが。

―なるほど。では、先生の大きな業績であるオレキシンの発見に至るお話と、オレキシンの役割について伺います。

1990年代の後半、私はテキサス大学サウスウエスタン医学センターで、「Gタンパク質結合受容体(GPCR)」の研究をしていました。GPCRというのは光や味など外部からの刺激だけでなく、神経伝達物質やホルモンなど、体内部からの刺激を感知して胞内に伝える膜タンパク質です。その多くは嗅覚・視覚・味覚などの感覚受容体なのですが、それ以外でも400個くらいあると言われています。そのうちの100個くらいは、相手、つまり“刺激を伝える側”が何だか分かりません。分からない相手を見つければ、それは新しい情報伝達物質ということになりますから、新しい研究分野が開ける可能性が期待できます。さらにGPCRは新たな薬を見つけることが期待できるターゲット(標的)として、昔から重要視されています。現に今使われている医薬の半数くらいは、GPCRに取り付くことで薬効を発揮しています。創薬の面からも魅力的ということで、研究プロジェクトを立ち上げました。

研究手法は、刺激を与える相手が見つかっていない「オーファン(孤児)GPCR」を50個くらい選び、それらのGPCRを活性化する生体物質を見つけようというやり方です。脳から抽出した物質が、ある孤児GPCRに非常に大きな活性があることが分かりました。この物質とその受容体であるGPCRとも脳内でしか見つからず、特に刺激を与える側の物質は、外側視床下部にしかありません。

外側視床下部というのは、食欲や空腹感を制御していると昔から言われていましたから、食欲を意味するギリシャ語からとった「オレキシン」と名付けました。ところが、遺伝子組み換えでオレキシンを作れなくしたノックアウトマウスで調べたところ、餌を食べる量は多少減るのですが、やせることはないのです。

夜行性の動物であるマウスの行動はやはり夜間で見ないといけないということで、赤外線カメラで観察しました。その結果、非常に意外なことに、動いていたマウスがいきなりパタッと倒れ、場合によってはひっくり返って30秒-数分間動かなくなり、さらに興味深いことに、その後何事もなかったように回復して動き回るということが分かりました。

てんかん発作の可能性もありますから、脳波を調べたところ、パタッとなっている状態は、覚醒からいきなりレム睡眠状態に移行していることが分かってきたわけです。正常の睡眠への移行は、必ず最初にノンレム睡眠という状態に移って、ノンレム睡眠がある一定時間経過した後で、初めて最初のレム睡眠が出てくるのです。

これを「レム潜時」といいますが、人間の場合ですと、最初のレム睡眠に移る前にノンレム睡眠の時間が、約90分から100分くらいあります。マウスでも7-8分くらいはあるわけですが、脳波を見るとレム潜時が非常に短いか全くなくて、いきなり覚醒からレムに飛ぶことが分かりました。これは取りも直さず人間の睡眠障害である「ナルコレプシー」の徴候であり、オレキシンの欠損ないしはその受容体の欠損が、ナルコレプシーを引き起こし得るのだということが分かったわけです。

(完)

柳沢正史 氏
(やなぎさわ まさし)
柳沢正史 氏
(やなぎさわ まさし)

柳沢 正史(やなぎさわ まさし) 氏のプロフィール
東京都出身。私立武蔵高校卒。1985年筑波大学医学専門学群卒、88年筑波大学大学院基礎医学系薬理学専攻博士課程修了、医学博士。筑波大学講師、京都大学講師を経て91年テキサス大学サウスウエスタン医学センター准教授兼ハワード・ヒューズ医学研究所准教授、96年テキサス大学サウスウエスタン医学センター教授兼ハワード・ヒューズ医学研究所教授。2010年から筑波大学教授も兼務。筑波大学大学院生時代に血管収縮因子「エンドセリン」を発見。2001年科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業「ERATO」・柳沢オーファン受容体プロジェクト総括責任者。2010年から内閣府・先端研究開発支援(FIRST)プログラム「高次精神活動の分子基盤解明とその制御法の開発」中心研究者に。

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