インタビュー

第4回「100万人コホートの先駆けに」(山本雅之 氏 / 東北大学 東北メディカル・メガバンク機構長)

2013.01.10

山本雅之 氏 / 東北大学 東北メディカル・メガバンク機構長

「未来型医療を被災地から」

山本雅之 氏(東北大学東北メディカル・メガバンク機構長)
山本雅之 氏(東北大学東北メディカル・メガバンク機構長)

増える一方の長期療養者や国民医療費に対して、有効な手が打てず、治療薬や予防法の開発でも、先行する欧米に太刀打ちできない―。日本学術会議が8月に公表した提言「ヒト生命情報統合研究の拠点構築―国民の健康の礎となる大規模コホート研究」には、日本の医療の現状に対する危機意識が強く出ている。国内の学術研究だけでなく産業界にも大きなイノベーションをもたらす方策の一つとして提言されているのが、100万人規模のゲノムコホート研究だ。この先遣部隊として期待される15万人を対象とするコホート研究が、東日本大震災の被災地、宮城県と岩手県で始まる。研究を指揮する東北大学 東北メディカル・メガバンク機構長 山本雅之 氏に、世界でも最先端を走るという3世代コホートをはじめ、機構の新しい取り組みについて聞いた。

―医療というのは、常にお金の問題がついて離れません。急速な高齢化で、年金と共に医療費の高騰が国家財政を破たんしかねないと、盛んに指摘されています。高度医療系専門人の育成は、医療費をますます増大させるという結果を招きませんか。

高度医療系専門人を養成することが、医療関係者全体を増やすことにはならないと考えています。現在、「医師を増やせ」「看護師を増やせ」という声が強まっ ていますが、高度医療系専門人の養成によって、医療の分業体制が確立していくわけですから、医療関係者全体が増えるという結果にはならないと思うのです。

それから、高齢化が進む中で、医療費はさらに増えるのではないかというご指摘ですが、未来型の個別化医療を実現することで、そうならないように進めていく ことが重要と思います。治療よりも予防の方が安価に実施できるということは、直感できると思います。東北メディカル・メガバンク機構が目指す未来型医療 は、診療も投薬も、一人ひとりの遺伝情報を基にして行うオーダーメード医療です。さらにそれを進めて、一人ひとりの遺伝情報を基に、個人の特性に応じた生 活習慣の改善などを行うことで、それが健康維持に生かされ、疾患の個人に合わせた予防、すなわち「個別化予防」につながることが期待されます。

「ご飯を食べすぎるな」「運動しろ」「たばこは吸うな」「酒は飲むな」と、みんなに同じように注意しても、言われる通りする人は一部しかいないと危惧しま す。しかし、「あなたの場合は、遺伝情報に基づくリスクアセスメントから、こういうふうにやらなければ、病気にかかりやすくなります」と言えばどうでしょ う。皆さん、医師の言うことをよく聞くのではないかと思います。個人の遺伝情報を基に「あなたは特にこのようなリスクがあります」と言えるようになること が重要と思います。個別化予防が力になって、国民医療費を減らすことができれば素晴らしいと思います。そうなれば、薬の使用量も減っていくでしょう。そも そも、誰にでも同じように効くような薬はないのですから。

―日本学術会議が(12年)8月に「ヒト生命情報統合研究の拠点構築-国民の健康の礎となる大規模コホート研究」と いう提言を公表しています。先生は日本学術会議会員で、この提言を審議したゲノムコホート研究体制検討分科会の委員もされておられましたね。提言は、 100万人規模の大型コホートを柱に、バイオバンクの構築とさまざまな要因が絡む病気の原因解明と予防・治療法の開発を目標とする、統合研究をスタートさ せるよう求めています。東北メディカル・メガバンク事業がやろうとしていることと、この提言とはどのように関連するのでしょうか。

お話の学術会議の提言と、東北メディカル・メガバンク事業の考え方は同じです。私たちが15万人規模でやろうとしている前向きコホートを、より明確な効果 を挙げるには100万人規模でやることが必要だ、ということを提言されていると考えています。私たちは既に動き出していますから、提言された大規模コホー トの一角を担っているのだと考えています。私たちが先遣部隊として事業をしっかりと実施することで、この100万人コホートの実現にもつながると思ってい ます。

前にお話ししましたように、私たちのコホート事業が10年間で終わってしまっては、本当に国の予算の無駄遣いになってしまいます。この事業は、20年、 30年と続けることが重要であることをこれからも訴えていきたいと思います。コホートに参加していただいた方々の医療情報とゲノム情報、さらに試料保管を 複合させたバイオバンクを構築し、それを多くの研究者に利用していただくことで、新しい医療を創出し、その結果として、東日本大震災の被災地である東北地 方の医療人材確保と、被災された方々の長期的な健康の見守り、そして、産業振興と関連する分野の雇用創出を成し遂げたいと思います

―医療には、例えば遺伝カウンセラーなど、新たに養成しなければならない専門職も増えているように見えますが。

その通りです。特に、東北メディカル・メガバンク機構で取り組む事業には、多くの新しい医療系職業人に参加していただく必要があります。それらの専門職 は、何といっても新しい仕事を担いますので、養成するためには、まず教えることのできる人から探さなければならないという、試行錯誤の状態にあります。し かし、こうしたところから変革しないと、新しい取り組みはできないと思います。

(完)

山本雅之 氏
(やまもと まさゆき)
山本雅之 氏
(やまもと まさゆき)

山本雅之(やまもと まさゆき) 氏のプロフィール
群馬県みなかみ町生まれ。渋川高校卒。1979年東北大学医学部卒、83年東北大学大学院医学研究科 修了、医学博士。米ノースウエスタン大学博士研究員、東北大学医学部講師、筑波大学先端学際領域研究センター教授を経て、2007年 東北大学医学系研究科教授。08年東北大学副学長、 大学院医学系研究科長・医学部長、10年東北大学Distinguished Professor、12年から現職。02-07年科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業(ERATO)「山本環境応答プロジェクト」研究総括。

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