インタビュー

第2回「世界の最先端走る3世代コホート」(山本雅之 氏 / 東北大学 東北メディカル・メガバンク機構長)

2012.12.25

山本雅之 氏 / 東北大学 東北メディカル・メガバンク機構長

「未来型医療を被災地から」

山本雅之 氏
山本雅之 氏

増える一方の長期療養者や国民医療費に対して、有効な手が打てず、治療薬や予防法の開発でも、先行する欧米に太刀打ちできない―。日本学術会議が8月に公表した提言「ヒト生命情報統合研究の拠点構築―国民の健康の礎となる大規模コホート研究」には、日本の医療の現状に対する危機意識が強く出ている。国内の学術研究だけでなく産業界にも大きなイノベーションをもたらす方策の一つとして提言されているのが、100万人規模のゲノムコホート研究だ。この先遣部隊として期待される15万人を対象とするコホート研究が、東日本大震災の被災地、宮城県と岩手県で始まる。研究を指揮する山本雅之・東北大学東北メディカル・メガバンク機構長に、世界でも最先端を走るという3世代コホートをはじめ、機構の新しい取り組みについて聞いた。

―健常者も対象にしたゲノムコホートということで、県知事、市町村長さんたちを含め地域の人々との話し合いなど、準備は相当、入念にされたそうですが。

20歳以上の住民を対象にした「地域住民調査」として8万人、生まれた子、両親、祖父母を対象とする「3世代調査」として7万人を10年間にわたって追跡する大きな調査です。10年でやめてしまっては、逆に国費の無駄使いになってしまいますから、20年、30年と継続できるように、しっかり事業を進めていきたいと考えています。

これだけたくさんの人に参加を願い、データをいただくわけですから、倫理や法的な問題を含む多くの課題があります。地域の皆さんの支援があり、未来の医療をつくるために一緒にやろうという目的を、理解していただけないとできません。東北大学が研究をやりたいからやるのではなく、東北大と宮城県内の自治体の皆さんが一緒になって、新しい医療をつくりあげていくという視点が、大切と思っています。そもそも医学校が、地域社会から隔絶して存在することはありえないのです。

ご存じのように「白菊会」という組織があって、医学生の教育のためにご遺体を献体していただいています。また、地域の病院で、学生がベテランの先生の隣で勉強させてもらうこともあります。地域の皆さんの理解があって初めて医者が育ち、新しい先進的な医療が実現していくのです。そうでなかったら、米国や英国でできたものを、輸入するだけの国になってしまいます。ですから、地域に支えられて私たちの東北メディカル・メガバンク事業もあるのであって、その成果を世界に向かって発信することが、宮城県の文化、東北の文化の高さを示すことにもなるのだと考えています。

―宮城県も広いですから、特に被害の大きかった地域の人たちからの協力が難しいということはないのでしょうか。「ゲノム」というのは説明も難しいでしょうし。

ゲノムというのがどういうものか、詳しく理解するのは専門家でなければ難しいでしょう。しかし、ゲノムを調べることによって新しい医療の実現が期待できる、ということに対する皆さんの理解は早いです。実際に予備的な調査で、非常に強く支持されていることが分かっております。特定健診の会場に伺って、短時間でしたが、われわれのスタッフがじかに、「ゲノム医療に関する質問が含まれる遺伝情報についての調査を、どう思われますか」「遺伝情報を検査することによって、自分にとってどの薬が良く効き、どの薬で副作用が出やすいかを知りたいですか」などといった、アンケートを行いました。非常に高い賛同率が出ています。

それから専門の調査会社に頼み、住民の方16人に詳しくインタビューする調査も行ったのですが、2人を除く全員から「協力してもよい」という答えを得ています。これは、宮城県だからうまくできると言えるかもしれません。特に3世代コホートは人の移動が激しい東京では無理でしょう。おじいちゃん、おばあちゃんと一緒に暮らしている家族など、ほとんどいないでしょうから。人口の移動も少なく、家族がたくさん同居ないし近くに住んでいるという家が多い、宮城県の特徴があってできる調査です。

―コホートにゲノムを含めるということは、海外でも珍しいのでしょうか。

ええ、今ようやくできるようになった、ということです。海外でも、よい結果が出せるまでに至っているコホートはまだありません。「症例対照研究」といって、病院に来た患者さんと、それによく似た年格好の健康な人を集めて比較対照し、「どうも、この病気の原因はこの遺伝子らしいぞ」と言っている結果が、ようやく、ちらほら出てきている段階です。それも、なかなか正確に当たらないのです。

英国の「UKバイオバンク」など、先行例は海外にたくさんありますが、3世代コホートに関しては、少ないのが現状です。東北という地域の特徴がある、われわれだからできることです。われわれが最先端を走っており、規模も一番です。3世代コホートで得られたデータは、おそらく世界を驚かせると思っております。

(続く)

山本雅之 氏
(やまもと まさゆき)
山本雅之 氏
(やまもと まさゆき)

群馬県みなかみ町生まれ。渋川高校卒。1979年東北大学医学部卒、83年東北大学大学院医学研究科 修了、医学博士。米ノースウエスタン大学博士研究員、東北大学医学部講師、筑波大学先端学際領域研究センター教授を経て、2007年 東北大学医学系研究科教授。08年東北大学副学長、大学院医学系研究科長・医学部長、10年東北大学Distinguished Professor、12年から現職。02-07年科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業(ERATO)「山本環境応答プロジェクト」研究総括。

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