インタビュー

第3回「防波堤越えてくる津波想定も」(河田惠昭 氏 / 関西大学社会安全学部長、防災対策推進検討会議委員)

2012.08.17

河田惠昭 氏 / 関西大学社会安全学部長、防災対策推進検討会議委員

河田惠昭 氏
河田惠昭 氏

「復興は徹底した話し合いから」

東日本大震災を機に防災、特に自然災害対策に多くの人々の関心が高まっている。新聞やテレビを介した地震学者をはじめ防災研究者の発信量も急に多くなった。一方、6月に閣議決定された科学技術白書は、大震災を機に科学者・技術者に対する信頼感が低下したことを指摘している。科学者・技術者がそれぞれ個人の立場で発信する意見の中に、責任ある立場にある指導的科学者・技術者の見解が埋もれてしまっていると感じる人も多いのではないだろうか。中央防災会議「防災対策推進検討会議」は7月31日、「災害対策のあらゆる分野で「減災」の考え方を徹底することが大事だ」とする最終報告書を公表した。「防災対策推進検討会議」の有識者委員をはじめ複数の中央防災会議専門委員会で座長も務める河田惠昭・関西大学社会安全学部長に「今、急がれる論議」と「やるべきことは何か」を聞いた。

―津波で犠牲になられた方で避難が遅れたのは、「高をくくっていた」というよりは、それなりの事情があったということですね。

もともと最初に出た警報が「大津波警報」だったのですが、岩手が3メートル、宮城が6メートル、福島が3メートルでした。海側に5-6メートルの防潮堤があったところが多かったわけですから、「ここで抑えてくれるだろうと考えても、やむを得ない」という事情も一方で確かにありました。しかも、今回徒歩で避難した人の平均歩行距離は438メートルなのです。避難所まで500メートル以上離れていた人は、避難所には歩いて行っていないということなのです。実際、生存者の57%は車で逃げていました。

―「車は渋滞を引き起こすから利用するな」と言われていたように思いますが、やはり「車は力になった」ということでしょうか。

ただ、車で逃げた方の平均走行距離は2.4キロなのです。そんなに遠くまで行っていません。また、30%の人は渋滞に巻き込まれています。それから、40%の人は途中の道路の信号が消えていたと言っています。こうした現実も「東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会報告書」には書いてありますから、「一人でも多く助かってほしい」という願いをどう実現するかを、それぞれの地域で考えていただきたいのです。そうすると、ちょっと工夫すれば命を落とさないですむ人は結構いるのです。どう努力しても助からないという人もいることは事実です。でも、そこばかり注目すると、助かるべき人が犠牲になってしまうではないですか。山沿いの人はたとえ浸水の危険があっても、海沿いの人に比べると時間的余裕があります。避難路を整備して、「ここを通って逃げたら、30メートルの津波が来ても大丈夫だ」と考えたら、それを実行してほしいということです。町全体が一瞬にしてやられるわけではないのです。ただし、自分が住んでいるところがどれぐらい危険なのかを知らないと人は動きません。漠然と「33.4メートルの津波が来るらしい」ということを知っただけでは駄目です。

―科学技術振興機構の社会技術研究開発センターが、「津波災害シナリオシミュレーターを用いた防災教育ツールの開発」という研究プロジェクトを実施したことがあります。このプロジェクトにかかわった尾鷲市の市長さんが、シンポジウムで「津波の被害予測地図を作ろうとすると不動産業者が抵抗する」という悩みを語っていたのを思い出します。危険度が高いとされると不動産の評価が下がるから、ということでしょうが、こうした問題はないのでしょうか。

それは全然心配いりません。なぜかというと、国土交通省が洪水のハザードマップを作る時も当初、不動産業界からそうした声が聞かれたのです。しかし、7年間据え置いて出したら何も反対はなかったのです。マグニチュード(M)8.4の南海地震が起きると、大阪港に一番近い天保山というところに2.4メートルの津波が来るという予測がありました。政府がこの地震の規模を見直す前に大阪府、兵庫県が暫定的に見直しをすることになったので、私は「津波の高さを2倍にしなさい」と提言しました。京都大学の助教授時代に、地震の規模と津波の高さにどのような関係があるか、コンピュータで計算したことがあります。その結果、マグニチュードが8以上で0.2大きくなるごとに、津波の高さは平均1.3倍になることを突き止めました。

マグニチュードは0.2上がるごとに、地震の規模は倍になります。仮に南海地震の規模見直しでMが9.0に引き上げられたとすると、地震の規模はM8.4に比べ、2×2×2で8倍になります。ただし、津波の高さは1.3×1.3×1.3ですから2.2倍となります。大阪府知事には「大阪湾というのは、土佐湾のような津波の常襲地帯ではありません。つまり、津波が増幅するようなところではないから、2.2ではなくて2倍でいいですよ」と申し上げました。

政府による南海地震の見直しの結果は、「南海、東南海、東海の3連動地震が起きるとM9.0になるが、南海地震単独ではM8.8」となりました。M8.8なら津波の高さは、従来の予測だったM8.4に比べ1.3×1.3で1.7倍となります。これまでの津波予測は2.4メートルでしたから、その1.7倍の3.5‐4メートルとなります。私が2倍でよいといった提言はちょうどよかったわけです。その上で、防波堤を津波が越えてくる場合を想定するという考え方ですから、避難ビルの指定などを急いでもらっています。さらに、避難勧告が出たらどこの範囲まで逃げるかということは、現実に実行していただいているのです。

―「防波堤で全部抑える」という考え方ではないのですね。

大阪府は高潮で、これまで何度も被害を出しています。満潮のときに3メートルの高潮が来るという想定で、防潮堤の高さをそろえているわけです。ですからM9クラスの南海地震が起きたら、津波は堤防を越えてきます。住民の中には、開いている水門からか入ってくるとか、淀川や大和川から津波が上がってきて堤防を乗り越えるように考えている人がたくさんいるのですが、そうではなく、堤防があろうと水門や鉄扉、陸閘(りくこう)が閉まっていようと、乗り越えて来るのです。だから、避難するしかないのです。特に木造平屋・2階建ての方は、どうしても避難していただかなければいけないのです。ただし、時間帯にもよりますから、指定された小中学校に皆が逃げるなんていうようなことはできません。さらに時間的な余裕がそんなにありませんから、近くの避難ビルに逃げる、つまり「垂直避難」も考えておく必要があるということです。

それから、マンションに住んでいる人たちは、5階まで水が来るわけではありませんから、3階以上にとりあえず同じ棟の住民の協力で逃がしていただくなど、選択的にどう避難するかを地域ごとに決めておく作業をやっていただいているわけです。

(続く)

河田惠昭 氏
(かわた よしあき)
河田惠昭 氏
(かわた よしあき)

河田惠昭(かわた よしあき) 氏のプロフィール
大阪市生まれ。大阪府立大手前高校卒。1969年京都大学工学部土木工学科卒、74年京都大学大学院工学研究科博士課程土木工学専攻修了、京都大学助手。93年京都大学地域防災システムセンター教授。巨大災害研究センター長、人と防災未来センター長を経て2005年京都大学防災研究所長。09年京都大学退職、関西大学環境都市工学部教授。10年から現職。中央防災会議の「東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会」、「地方都市等における地震防災のあり方に関する専門調査会」の座長を務めるほか昨年10月に設けられた「防災対策推進検討会議」の委員も。

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