インタビュー

第3回「田んぼも太陽光を受けて発電している」(橋本和仁 氏 / 東京大学大学院工学系研究科 教授)

2012.07.23

橋本和仁 氏 / 東京大学大学院工学系研究科 教授

「東大教授が挑戦する小、中学生向けの新エネルギー講座」

橋本和仁 氏
橋本和仁 氏

東日本大震災と福島原発事故から1年余が過ぎた。エネルギー問題の重要性はますます高まるばかり。次世代の子どもたちにエネルギーをどう教えたらいいか、専門的で難しいテーマだけに、義務教育の現場では混乱や戸惑いが広がっている。光触媒の開発や有機薄膜太陽電池、微生物を用いた発電システムなど、幅広い分野で世界最先端の成果を挙げている橋本和仁・東大教授が勇躍、北海道空知郡南幌(なんぽろ)町の小、中学校を訪れ、「新エネルギーについての学習会」で講演した。東大教授の熱血授業に、はたして子どもたちの反応は?

―いよいよ5、6年生相手の講演です。上級生の手応えはいかがでしたか。

それが、話しに熱が入り、40分の持ち時間いっぱい使ってしまったために、子どもたちの質問を直接聞けなかったのが残念です。でも、みんなの顔つきは真剣 そのものでしたよ。3、4年生からあれだけの質問が出たのですから、きっと5、6年生も聞きたいことがいっぱいあったのでしょうね。

―先生も伝えたいことが多かったようですね。

「電気」と「食べ物」がエネルギーの面でみると同じモノで、それぞれ違った顔つきをしているとの説明までは、3、4年生と同じことを話しました。上級生に はそこから一歩踏み込んで、「イネの光合成活動」と「田んぼ発電」へと発展させました。 田んぼには、土の中にある栄養分を食べて電気を作るような微生物がいるのです。こうした微生物を含む田んぼの土を実験室に運び、「微生物電池」を作る研究 は他でもやっているでしょう。ところが、この逆は誰もやっておりません。田んぼに電極を差し込み、そのまま電池にできないかと考えたのです。これが世界で も初めての「田んぼ発電」のアイデアです。

田んぼも太陽光を受けて発電している
田んぼも太陽光を受けて発電している

―そのアイデアはどこから生まれたのですか。

前にも話したように、私は広大な北海道石狩平野の田んぼの中で遊び、田んぼに囲まれて育ちました。普通の研究者は、多分、田んぼから微生物(菌)を採って きて研究室の水槽の中で育て、論文を書いて終わりにするでしょう。ところが私はそれだけでは物足りなかったのです。田んぼが持っている生命の多様さ、豊かさ、複雑さ、さらに何だか分からないが不思議な何かがありそうだと感じていたのです。きっと田んぼの“呼ぶ声”が聞 こえたのでしょうね。そのようなときにJST(科学技術振興機構)の「ERATOプロジェクト」をさせていただけることになり、メンバーを探していたら、 同じようなことを考えている微生物学者と知り合い、研究テーマとして取り上げることにしました。

千葉県野田市の農家の田んぼをお借りし、普段は実験室で化学の研究をしているメンバーが、5月に素足になって田植えをし、6月にイネの根元と水面に電極を付け、7月まで発電量を測ったのです。

―工学部の学生や教授が、田んぼに入っての実験なんて、普通は考えられませんね。

そうですね、やってみると予想外のすごいことが分かりました。やはり現場は何とも優れた教師なのです。「田んぼ発電」は日中だけしか発電しなかったので す。夜は発電量がほとんどゼロ、しかし昼間はしっかりと発電するのです。電圧を記録したグラフを見ると、ノコギリの刃のような規則正しいデコボコ状になっ ていました。田んぼを電池(燃料電池)とするつもりが、実は太陽電池となっていたのです。これは全く実験室では気づきませんでした。

―どうして太陽電池になるのですか?

イネは、太陽光の当たる日中だけ二酸化炭素と水で「光合成」反応をし、エネルギーを生み出しています。つまり光合成によって有機物を作り出しています。そ の多くはイネに固定されますが、一部はイネの根元から放出されているのです。この有機物を食べて生きている微生物が田んぼの中にはたくさんいるのですね。 根元にマイナスの電極を、水面にはプラスの電極をセットしました。イネの根元から出たこの有機物を、地中の微生物が食べて、電子(マイナスのボール)を電 極に流していたのですね。だから日中の光合成が起きている時だけ発電ができたのです。

田んぼも太陽光を受けて発電している
田んぼも太陽光を受けて発電している

―田んぼが太陽電池になるなんて、初めて聞きました。

これは前に話した「微生物電池」と、植物の行う光合成反応の組み合わせにより起きている現象です。また、田んぼの中には様々な種類の微生物がいて、それら が互いに助け合うことも重要です。異なる微生物が共同作業するという現象は、現在最先端の科学のホットトピックスのひとつで、これに関連した私たちの最近 の成果は科学雑誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」の6月4日号に掲載されました。つまり、田んぼの中の環境中にも“電極”や“電線”のようなものが存在していて、酸化鉄(マグネタイト)を通じて、微生物同士が電子のやり取りをしながら共に助け合って生きる(共生)という、全く新しい「電気共生」が存在することを見つけたのです。

田んぼも太陽光を受けて発電している
田んぼも太陽光を受けて発電している

―物理や化学の専門家が、田んぼに入り、田んぼにこだわったからこそ見つけられた大発見なのですね。研究者のインスピレーションがその育った風土の影響を強く受けていることに、興味を持ちました。

現場はいつもいつも優れた教師なのです。研究者が大自然や現場の声に耳を澄まし、深く考えていると、自然が色々なことを教えてくれるのです。そこから何か 新しい発見も生まれるのです。ここでは田んぼへの親近感や、田んぼとの親和性が必要だったのですね。

―南幌小学校の畑島校長がこの講演をずっと聞いていて、すばらしい内容だったと感激していました。ここに紹介しておきましょう。

畑島 俊治 校長

橋本先生は、分かりやすいパワーポイント資料と共に、ドラえもんやドッジボールなどを使ってエネルギーの説明に工夫をされました。私は感激しながら聞いていました。すばらしい教材を作っていただいたので、これをもっと多くの学校でも共通に使えるようにできたらいいですね。

もう1つ驚いたのは、小学3、4年生に40分もの間、おとなしく聞かせることは、私たちの経験ではとても難しいことだったのですが、それを実現してしまっ たことです。子どもは未知なるものや本物の話しに直感的に強い関心を持ちます。授業とは、子どもの関心を引き出してあげることです。授業の核心が教師の専 門性にあるということを、改めて考えさせられました。教師はもっと自己研鑽をして専門性を磨く必要がありますね。

さらに、「普通の乾電池と充電式とどう違うの」と聞いた3年生の男の子に、先生は「とても良い質問だね」と声をかけてくれました。先生からいただいたこの一言は、彼にとってきっといい刺激となり、大切な宝になったと思います。

(科学ジャーナリスト 浅羽 雅晴)

(続く)

橋本和仁 氏
(はしもと かずひと)
橋本和仁 氏
(はしもと かずひと)

橋本和仁(はしもと かずひと) 氏のプロフィール
1955年、北海道・南幌町生まれ。函館ラサール高校卒。80年、東京大学大学院修士課程修了。分子科学研究所助手、東京大学講師、助教授を経て97年から東京大学大学院工学系研究科 教授。日本学術会議会員。JST戦略的創造研究推進事業「ERATO」(200712年度)と「さきがけ」の研究総括、「先端的低炭素化技術開発事業(ALCA)」の運営総括、「CREST」の副研究総括などを務めている。日本IBM科学賞、内閣総理大臣賞、恩賜発明賞、日本化学会賞などを受賞。

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