インタビュー

第2回「『電気エネルギー』も『食べ物のエネルギー』も同じモノ」(橋本和仁 氏 / 東京大学大学院工学系研究科 教授)

2012.07.19

橋本和仁 氏 / 東京大学大学院工学系研究科 教授

「東大教授が挑戦する小、中学生向けの新エネルギー講座」

橋本和仁 氏
橋本和仁 氏

東日本大震災と福島原発事故から1年余が過ぎた。エネルギー問題の重要性はますます高まるばかり。次世代の子どもたちにエネルギーをどう教えたらいいか、専門的で難しいテーマだけに、義務教育の現場では混乱や戸惑いが広がっている。光触媒の開発や有機薄膜太陽電池、微生物を用いた発電システムなど、幅広い分野で世界最先端の成果を挙げている橋本和仁・東大教授が勇躍、北海道空知郡南幌(なんぽろ)町の小、中学校を訪れ、「新エネルギーについての学習会」で講演した。東大教授の熱血授業に、はたして子どもたちの反応は?

―最も苦労されたと思われる3、4年生の学習会はどんな雰囲気でしたか。

会場は南幌小学校のやや広い音楽教室です。ここで3、4年生の110人に話しました。小学生は1、2年生が総合授業を受けていて、3、4年生になって初め て理科と社会の授業に分かれるのだそうです。ですから少々心配したのですが、子どもたちから鋭い質問が続出し、私が想像した以上に大きな手応えを感じまし た。

―どんな内容で話されたのですか。

『ドラえもんのエネルギーはどら焼き』とのタイトルを付け、人気キャラクターのドラえもんに登場してもらい、まず子どもたちの関心を引きつけるように工夫しました。

身近なたき火や、太陽光、自動車燃料のガソリン、電気、私たちが口にする食事などが、実は同じエネルギーであって、それぞれ違った顔つきをしているのだということを知ってもらいます。

家庭のテレビや冷蔵庫、おもちゃや携帯電話を動かしているのは「電気エネルギー」です。電気は電子の流れで、目に見えないマイナスのボール(電子)が、坂道を転がりながら電気エネルギーを運んでいることを説明しました。

『電気エネルギー』も『食べ物のエネルギー』も同じモノ
『電気エネルギー』も『食べ物のエネルギー』も同じモノ
『電気エネルギー』も『食べ物のエネルギー』も同じモノ
『電気エネルギー』も『食べ物のエネルギー』も同じモノ

一方で「食べ物」は、食事することによって体の中でエネルギーに変換され、遊んだり仕事をしたり、生きるためのエネルギーとして消費されます。化学的に考 えると、電気エネルギーと同じで、この時もマイナスのボールは坂道を下って、最終的には体内の酸素に渡っていると言えます。酸素は人が呼吸することで空気 からもらっています。このように「電気エネルギー(電気ポテンシャル)」と「食べ物のエネルギー(化学ポテンシャル)」の類似性をドッジボールのボールを 転がしながら紹介しました。

―電気エネルギーも食べ物のエネルギーも同じとの考え方は、私たちも再認識させられる新しい見方ですね。

ここで話した内容は、理系の大学生でも案外理解していない専門的な話です。ところで、牛の胃の中や田んぼの土壌の中にいる微生物(菌)には、酸素がなくと も生きられるもの(嫌気性微生物)がいます。これらはエサを食べることで得たマイナスのボールを、酸素まで渡さなくとも、中間段階で二酸化炭素に渡して生 きているのです。つまり酸素に渡すよりも、エネルギーを余した状態で、ボールを体外に排出しています。ですから、これをうまく外部に電流として取り出せれ ば、食物(有機物)を燃料とする「電池」となるはずです。これが微生物による発電の原理です。

田んぼの土を採取して、実験室の中で微生物にエサを与えれば「微生物電池」ができます。まだ微弱な電気ですが、これを取り出してディズニー音楽の電子音が流せることを実験し、ビデオでみせました。子どもたちは目を見張っていましたね。

スイッチを切ると、普通の電池ならストンと切れます。ところが微生物電池では、ダラダラダラ…と音が消えていくのです。これは厳密に言うと難しい問題です が、思い切って「微生物の働きが残っているための特異な面白い現象」と言っても、必ずしも間違いではありません。そのように解説して、このビデオを2度繰 り返して見せましたが、案の定、大いに受けました。

彼らの柔軟な頭に「どうして?」「なぜなの?」を呼び覚ましてやりたいのです。

―面白い話ですが、子どもたちには理解できたのでしょうか。

確かに難しいかもしれませんが、子どもたちは直感的に理解しているのでしょう。小学3、4年生から感想や質問を聞くと、「よく分かった」とか「面白い」などと、しっかりした反応がありました。

―子どもたちからどんな質問が出ましたか。

「普通の乾電池と充電できる電池はどこが違うの」とか、「マイナスとか電子の話をしたが、プラスとの関係は」、「電子と電気の関係は」など、小学3年生とは思えないような専門に近い難しい質問が出て、驚きました。これはすごいことです。

他にも「微生物電池を作ってみたい」「その微生物は僕の目でもみられるの」「微生物の名前はなんていうの」「1と書いてある電池と、2と書いてある電池と はどう違うの」「プラスとマイナスと付けるとどうなるの」さらには「ドラえもんはしっぽを抜くと止まってしまうけど、それはなぜ」といったものまで、10 件も質問が出されました。

子どもたちは、きっとワクワクしながら私の話を聞いてくれたのだと思います。

まさに、わくわくしながら聞いていた子どもの感想があるので、一人紹介します。

野呂 夏希ちゃん(4年生)

担任の先生はメモをとらずに橋本先生の話を真剣に聞きなさいといいましたが、私は貴重な機会なので忘れないようにメモをとらせて欲しいと頼みました。面白 かったのは、電子が目に見えないがエネルギーを運んでいることが分かった。しかし、食べ物と電気が同じエネルギーで考えられるというのは難しかった。もっ と勉強して理解したい。

(科学ジャーナリスト 浅羽 雅晴)

(続く)

橋本和仁 氏
(はしもと かずひと)
橋本和仁 氏
(はしもと かずひと)

橋本和仁(はしもと かずひと) 氏のプロフィール
1955年、北海道・南幌町生まれ。函館ラサール高校卒。80年、東京大学大学院修士課程修了。分子科学研究所助手、東京大学講師、助教授を経て97年から東京大学大学院工学系研究科 教授。日本学術会議会員。JST戦略的創造研究推進事業「ERATO」(2007-12年度)と「さきがけ」の研究総括、「先端的低炭素化技術開発事業(ALCA)」の運営総括、「CREST」の副研究総括などを務めている。日本IBM科学賞、内閣総理大臣賞、恩賜発明賞、日本化学会賞などを受賞。

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