インタビュー

第4回「団塊ジュニアの苦難」(内田由紀子 氏 / 京都大学 こころの未来研究センター 准教授)

2012.07.17

内田由紀子 氏 / 京都大学 こころの未来研究センター 准教授

「幸福度とは」

内田由紀子 氏
内田由紀子 氏

「国連持続可能な開発会議(リオ+20)」(6月20-23日)の宣言に、「幸福度」指標を盛り込もうとした日本政府の思惑は功を奏しなかった、と報じられている。国内総生産(GDP)といった経済成長の度合いだけではない物差しで幸福度を捉える考えには、まだ多くの国の指導者たちが同調できないということだろう。東日本大震災を機に幸福とは何かを考えた人も多いと思われる。心理学者として幸福感に関心を持ち続けてきた内田由紀子・京都大学こころの未来研究センター准教授に、日本人の幸福感の変化や、豊かさの指標の変化とその背後にある価値観の転換などについて聞いた。

―日本学術会議の会長などをされた黒川清先生は、「若い人が内向きだなどと言っている世代の人間は、戻ってくる当てがあるから心配なく海外へ行っただけ」と言っていますが(2011年 1月11日ハイライト・黒川 清・政策研究大学院大学 教授、前日本学術会議 会長「休学のすすめ-日本が求める人材とは」参照)

学生が留学する場合、就職活動はどうしたらいいのか、と不安がる声は確かにあります。若者個人の内面を問題視する前に、彼らがおかれた世の中の現状をまず 認識した上で、どうしたら若者がやる気になるかを考えることは重要です。グローバル化時代の制度やシステムに、日本がそもそも持っていた文化的要因や社会 構造がどのように関与しているかについても分析する必要があると思います。

以前に就職活動で学生たちが困っているという話をしました。例えば、グループ面接では「リーダー役をやります」などと立候補してみることも大切である一方 で、目立ちすぎてもどうやらまずいらしい、ということも学生たちは分かっているのです。例えば米国ではリーダーになったら他者やいろいろなことに注意を配 分するよりは、まずは目標にフォーカスをあてて、自分の能力を示すことが求められます。つまり、リーダーシップのあり方はより明確です。

ところが日本のリーダーの役割は、注意を広く分散させる傾向を誘発するという研究結果があります。つまり他者を見ながら自分の役割と責任を果たす必要があ ります。人間関係も重視し、空気も読みながら、同時に成果も出せる人間でないといけない。それらをやれるほど器用でもない、しかし人の目を気にせずに頑張 れるほどの強さも育っていない人にとっては厳しいということです。

―先生は、団塊ジュニア世代にひきこもりが多い、ということを指摘されていますね(2012年3月5日オピニオン・内田由紀子・京都大学こころの未来研究センター 准教授「グローバリゼーションが生み出した『やる気』喪失 – ニート・ひきこもりの場つなぎ支援は社会全体で」参照)。これは親の団塊世代に問題があるということでしょうか。それともたまたまこの世代にグローバリゼーションのような外圧がもろにかかったから、ということなのでしょうか。

どれが最大の要因かを特定するのは難しい作業です。グローバリゼーションがなかったなら、あるいは経済が停滞しなければ、たとえ団塊ジュニアの若者たちで あっても、ひきこもりにはならなかったかもしれません。逆に、グローバリゼーションが起こってもそれに耐えられる世代や国もあるわけです。そうすると、複 合的な要因が重なったと考えるのが妥当かと思います。ただ、ひきこもりの子を持つ団塊世代の家庭を調査して、これは問題かもしれない、と思ったのは、父親と子どもの関係です。団塊の世代は急激に「サラリーマン」が増えていった世代です。私も団塊ジュニアなのでよく分かるのですが、外で働くお父さんと専業主婦の家、というのが典型的家庭という時代でした。「団地のきれいなキッチンで主婦業にいそしむのが女性の理想」ともされていました。父親たちは、ちょうどバブルの時代だったこともあり、忙しく同僚や取引先の人たちと飲み歩いたりして家にいなかったわけです。家のことは妻に任せて、ということでしょうか。ひきこもりの家庭において親子の調査を行ってみると、父親と子どもの精神的な乖離(かいり)があることが分かりました。これは単純に仲が悪いということで はなく、認識のギャップが大きい、ということです。例えば父親が幸せであればあるほどその子どもが不幸だったり、家庭がうまくいっていると父親が思ってい ればいるほど子どもの側は全然うまくいっていないと思っていたりする。そんな現実があったわけです。こうした家庭では、母親が一人で頑張って子どもをかばい、育てようとする傾向が出てきます。父親が「不在」である分、おそらく特に異性である息子を「かばう」母親になる。そして「かばわれる」こと、あるいは「母の期待に応えること」が役割化する子どもとの「共依存的な関係」が深まっていきます。守られた中にいる間はいいのです。しかし、就職活動など外で失敗してしまうことがあると、全人格を否定されたかのような反応をしてしまい、母親を逆に恨んだりもして しまうのです。ちなみにこれは「母子家庭」のことではありません。母子家庭であれば母親が父親的な役割も兼任しようとします。むしろ父親の「心理的な不在」において、こうしたことが起こりやすいのではないかと考えています。団塊の世代は同世代人口が多かったので、子供のころから競争が激しく、もまれて育っています。成功した人も、逆に失敗した人も、自分の子どもにも競争を強 いる傾向があります。成功した人は「自分と同じような安全な道を」、失敗した人は「自分の轍(てつ)は踏まないように」、というわけです。いずれにしても 高度経済成長期の経験者ですから、経済はのぼり調子で、こうした努力が報われる可能性が少なくとも現在よりは高かった。ところが団塊ジュニア世代はちょうど大学を卒業するぐらいのタイミングで経済の低迷を経験してしまいます。就職氷河期です。期待を背負って努力してきたのに、最後にはしごを外されてしまった。それでも親にしたら、そのときの経済状況うんぬんではなく、子どもの能力や努力が十分ではなかったために失敗したのではないかと考えるでしょう。

(続く)

内田由紀子 氏
(うちだ ゆきこ)
内田由紀子 氏
(うちだ ゆきこ)

内田由紀子(うちだ ゆきこ) 氏のプロフィール
兵庫県宝塚市生まれ。広島女学院高校卒。1998年京都大学教育学部卒(教育心理学専攻)、2000年京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程修了、 03年同博士課程修了、博士号取得(人間・環境学)。日本学術振興会特別研究員PD、ミシガン大学客員研究員、スタンフォード大学客員研究員、甲子園大学 専任講師を経て、08年京都大学こころの未来研究センター助教、11年から現職。研究領域は、社会心理学、文化心理学、特に幸福感や対人関係の比 較文化研究。10年から内閣府の「幸福度に関する研究会」委員。

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