インタビュー

第2回「関係志向に回帰も」(内田由紀子 氏 / 京都大学 こころの未来研究センター 准教授)

2012.07.04

内田由紀子 氏 / 京都大学 こころの未来研究センター 准教授

「幸福度とは」

内田由紀子 氏
内田由紀子 氏

「国連持続可能な開発会議(リオ+20)」(6月20-23日)の宣言に、「幸福度」指標を盛り込もうとした日本政府の思惑は功を奏しなかった、と報じられている。国内総生産(GDP)といった経済成長の度合いだけではない物差しで幸福度を捉える考えには、まだ多くの国の指導者たちが同調できないということだろう。東日本大震災を機に幸福とは何かを考えた人も多いと思われる。心理学者として幸福感に関心を持ち続けてきた内田由紀子・京都大学こころの未来研究センター准教授に、日本人の幸福感の変化や、豊かさの指標の変化とその背後にある価値観の転換などについて聞いた。

―2005年にハリケーンでニューオーリンズが大水害に見舞われた時、被災地以外の一般の米国人の幸福感も、ぐっと下がったということを聞きました(2012年4月11日オピニオン・藻谷 浩介・日本総合研究所 調査部 主席研究員「ライバルが栄えれば日本も – “お受験思考”から脱却を」参照)。東日本大震災によって幸福感に変化がなかった若者が日本では半数いる、という調査結果は気になりますね。

米国でのハリケーンの時のように、被災地以外でも災害後に「幸福感が下がる」ということはあります。実は米国での上記の研究は、一般的に「自分の人生を幸 福と感じるかどうか」ではなく、「今、感じている感情」について測定した研究結果です。要するに「災害後には悲しみなどの感情が多く経験された」というこ とです。引用された藻谷 氏の論説では今回の東日本大震災の(幸福度が上昇したという)データが「日本人の思いやりの低さ」として紹介されていますが、実際 にはそうではないと考えています。

実は今回の研究でも、一般的に自分の人生がどれぐらい幸福かを判断してもらう質問だけではなく「とても悲しい」、などの、ハリケーン研究と同じような「感 情経験」の程度についても尋ねていました。するとハリケーン研究と同様に、震災後にはこうしたネガティブ感情が増加していました。被災地に対する「共感」 が示されていたわけです。つまり、被災地に共感した上で、自分の状況を見直し、自分を幸福だと考えなければかえって失礼だ、という気持ちになった人が「ネ ガティブ感情も高まり、一方で自分の幸福度の判断も高めていた」ということになると思います。ただし、こうした共感的感情を示したのも、「震災について考 えていた」半数の若者だけというのが重要なところです。

震災を経て幸福感に変化がみられなかった若者は、一体どういう人たちなのか。例えば生活が大変な無職の人が多いだろうか、といったことも調べました。とこ ろがプロフィール的な面では、この2つのグループにあまり差がないのです。幸福感について問われた時に震災について考えなかった群には多少、男性・独身者 が多いという程度の違いが見られただけでした。

仕事があっても自分の現状に満足できていない人もいるでしょうし、ニート・ひきこもりの予備軍は学生にもいます(2012年3月5日オピニオン・内田由紀子・京都大学こころの未来研究センター 准教授「グローバリゼーションが生み出した『やる気』喪失 – ニート・ひきこもりの場つなぎ支援は社会全体で」参照)。震災について思いをはせる余裕がない若者がいるということです。それは仕事の有無などの客観的な ことで測定できる生活的余裕のことではなく、本人の「心の余裕」です。

震災前後の調査では他にも「震災後に人生観が変わりましたか」という質問をしています。これに対しても半分くらいの人が「変わった」と答えていますが、半 分くらいの人は震災後でも「変わらない」と答えています。「変わった」と言っている人は、「今ある自分の家族や地域などとの関係を見直そうと思うように なった」「今ある自分の普通の生活をもう一度評価しようと思うようになった」など、結び付きや当たり前の生活を重視するようになっている人が多いことが分 かりました。

―こうした結果について、どのような解釈が可能でしょうか。

もともと日本は、周囲との関係を重視する関係志向的な社会だったと思います。グローバリゼーションによる個人主義化と社会構造の変化によって、関係志向的 なものを断ち切り、個人が「個」として自立しようとしてきたのがこれまでの数十年間の動きでした。しかし東日本大震災が起きて、「関係志向的な日本社会の ありようを見直そう」という動きが出てきた、ということではないでしょうか。なぜならば、関係志向性には「自然の圧倒的力と共存して、何とか乗り切ってい こう」とするための、長く培われてきた知恵のようなものが詰まっているからではないかと思います。他者と協力して苦難を乗り切ることもその1つだと思いま す。こうした潜在的な関係志向性が、災害時には表に出てきて、力を発揮することを思い出したということかもしれません。

ただし、繰り返しになりますが、半分くらいは既に個人化されている人たちが残っています。こうした二極化した価値観をもつ若者たちのせめぎ合いがこれからどうなるか。大震災がもたらした大きな影響の1つではないかと考えております。

私自身、大震災によって一時思考停止のような状態に陥ったわけですが、もう一度幸福というものを捉えなおしていくことが、今の日本にはかなり重要なのではないか、と思い直したところです。

(続く)

内田由紀子 氏
(うちだ ゆきこ)
内田由紀子 氏
(うちだ ゆきこ)

内田由紀子(うちだ ゆきこ) 氏のプロフィール
兵庫県宝塚市生まれ。広島女学院高校卒。1998年京都大学教育学部卒(教育心理学専攻)、2000年京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程修了、 03年同博士課程修了、博士号取得(人間・環境学)。日本学術振興会特別研究員PD、ミシガン大学客員研究員、スタンフォード大学客員研究員、甲子園大学 専任講師を経て、08年京都大学こころの未来研究センター助教、11年から現職。研究領域は、社会心理学、文化心理学、特に幸福感や対人関係の比 較文化研究。10年から内閣府の「幸福度に関する研究会」委員。

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