インタビュー

第3回「データは共有、対応は個別に」(上 昌広 氏 / 東京大学医科学研究所 特任教授)

2012.05.17

上 昌広 氏 / 東京大学医科学研究所 特任教授

「縁 - 被災地復興の起動力」

上 昌広 氏
上 昌広 氏

福島原発事故で居住地から強制避難させられた人々の苦難を伝える報道が続いている。一方、住み慣れた地から逃れることを善しとしなかった、あるいは避難したくてもできなかった人々が多い地域の支援活動を震災直後から続けている人々の姿は、詳しく伝えられていない。心ある人たちといち早くネットワークを構築し、福島原発1号機の隣接地で地域と一体となった復旧、復興活動をけん引する上 昌広・東京大学医科学研究所特任教授(医療ガバナンス学会 MRICメールマガジン編集長)に、これまでの活動と復旧・復興活動で最も大事なことは何かを聞いた。

―きちんとしたデータが得られた意義について、さらにお話しください。

最初は、1月29日の曹洞宗関係者が主宰した講演会でデータを明らかにしたのですが、講演会に参加していた地元紙は記事にしませんでした。「福島県は何もしていないのか」という話になりますから、県に気をつかったのでしょう。しかし、各地のデータが次々に明らかになってきました。私たちの出したデータが、低い被ばく線量であることを示していたからです。

相馬市には大企業の工場があります。同社にとっては航空宇宙関係の生産拠点ですから、地震直後に生産活動を再開しました。年が明けて、社員の健康管理について相談が来ました。私たちのデータを見せたところ、「ぜひ、社員や家族の内部被ばくを検査したい」「必要ならホールボディカウンターは自社で用意する」と言うのです。工場で働く人たちは約2,000人おり、この中には家族を逃して、1人相馬で逆単身生活を送る人たちもいます。早く検査をして、安心して働き続けてほしいのです。4月1日が大事だと言われました。逃げた家族が避難先の小学校に入学してしまったりすると、相馬市に戻りにくくなってしまう。その前に検査結果を示して安心させたい、安全と分かれば家族も皆帰ってくるから、というわけです。

「ホールボディカウンターで内部被ばくを調べたい」というニーズは、こうした人手不足のところではたくさんあるということです。相馬、南相馬市では震災直後から私たちの研究室が支援して、健康相談をしながら内部被ばく線量調査を進めてきました。福島第一原子力発電所を挟んで南側に位置するいわき市のときわ会常磐病院でも、4月からホールボディカウンターによる「内部被ばく検診」が始まりました。うまくいっているところは市町村単位で広がっています。

―今後の課題といったものはありませんか。

内部被ばくというのは、事故後の放射性物質を含むほこりを吸い込むことによる「急性被ばく」と、食品を通して長い間に吸い込む「慢性被ばく」があります。南相馬市の場合は、後者の方がより重要です。昨年9月の段階で大人の96%は問題ない値を示していましたが、1%の人は体重1キログラム当たり40-50ベクレルありました。最近、「個別化治療」ということが言われているように、体質によって受け止め方は個人で異なります。1人1人よく事情を聞かざるを得ません。実際、東京大学医科研の坪倉正治医師は、検査に際して、全員にじっくり話を聞きました。

その結果、内部ひばく量が1キログラム当たり40-50ベクレルという人は、大きく2つのケースに別れることが分かりました。1つは家庭菜園で採れた野菜を食べている人で、もう1つは農家から直接野菜や果物を箱買いしている人です。これは、チェルノブイリ事故後にウクライナで見られたことと同じです。ウクライナの一部の人々で内部被ばくの値が一番高くなったのは、事故から10年後でした。これらの人たちは、農家から直接野菜などを買っていた人たちなのです。事故直後は、放射性物質も薄く広く拡散していたのが、だんだん一部の箇所に濃縮されて行きます。そういう濃縮のサイクルの中に入った生物には、放射能が非常に高くなってしまうのです。ウクライナでは貧困世帯が、こうした市場を経由しない放射能が非常に高い野菜などを、農家から安く買ってしまうということが起きたのです。

日本では4月1日から、食品の放射線量の基準が大幅に引き下げられました。厳しくすれば安全とみなされがちですが、基準に通らない食品が闇で流通する可能性が心配です。国民にとって、ただ単に基準を厳しくすることが本当によいのか、一考の余地があります。

―食物以外に注意すべきことはありませんか。

相馬市では、昨年10-12月に乳幼児から中学生、妊婦約4,000人にガラスバッジによる外部被ばく検査が行われました。結果が市のホームページに公表されています。

年間の線量に換算した値で1.6ミリシーベルト以上のお子さんを持つ両親に対し、個別、全体の説明会が2月に行われ、私もほかの医師の方たちと参加しています。3月には値の高かった子供たちの家を市職員が個別に訪問しました。これで分かったことの1つは、同じ家でも1階と2階では線量に差があることです。屋根の上に放射性物質がたまっているからです。ですから部屋を選ぶことだけも、被ばく線量を下げることが可能ということです。窓際の木を切るだけでも線量低減が期待できます。また、空間放射線量が低い平野部でも、高い線量を示す兄弟がいました。なぜ、このようなことを起こったのか、検討が必要です。まだ、認識されていないホットスポットがあるのかもしれません。

内部被ばく、外部被ばく線量の低減には、今後も継続的な検査と、相馬市などが既に行っているようにデータをウェブ上で公開し、共有することが重要です。

(続く)

上 昌広 氏
(かみ まさひろ)
上 昌広 氏
(かみ まさひろ)

上 昌広(かみ まさひろ)氏のプロフィール
兵庫県出身。灘高校卒。1993年東京大学医学部医学科卒、99年東京大学大学院医学系研究科修了、虎の門病院血液科医員。2001年国立がんセンター中央病院薬物療法部医員、05年に東京医科学研究所に異動。現在、先端医療社会コミュニケーションシステム 社会連携研究部門特任教授として、医療ガバナンス研究を主宰。

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