インタビュー

第5回「究極の予防医学」(斎藤加代子 氏 / 東京女子医科大学付属遺伝子医療センター所長)

2012.04.13

斎藤加代子 氏 / 東京女子医科大学付属遺伝子医療センター所長

「遺伝カウンセリング - 患者に最適な医療目指して」

斎藤加代子 氏
斎藤加代子 氏

ゲノム(遺伝子)研究の進展とデータ処理技術の急速な進歩によって医療の世界も大きな変化が起きつつある。効果がない薬にもかかわらず、服用を続けているといった無駄をなくし、患者の遺伝子を調べて患者に合った治療を実現しようとするオーダーメイドあるいはテーラーメイド医療の重要性が叫ばれている。また、疾患の確定診断、症状が出る前の発症前診断、さらに出生前診断など、多様なゲノム医療の進歩を臨床現場に応用する必要性が高まっている。こうした動きの最先端にあるといえるのが、遺伝カウンセリングという新しい医療分野だ。日本で初めて独立の遺伝子医療センターを開設した東京女子医科大学では、年々、訪れる患者が増えている。斎藤加代子・同大学遺伝子医療センター所長に、遺伝カウンセリングが患者にどのように役立っているか、普及の妨げになっている問題点は何か、を聞いた。斎藤所長は、「解析から応用へ、そして未来への飛躍」というテーマで今秋開かれる日本人類遺伝学会第57回大会の大会長を女性として初めて務めることも決まっている。

―遺伝カウンセリングを普及させるには、どのようなことが求められますか。

遺伝子検査も保険収載すべきです。染色体検査は全部保険なのに、どうして遺伝子検査は保険収載されないのでしょうか。発症した患者さん本人の遺伝子検査は、保険収載すべきです。それから、保険収載されているものも、診療報酬の基礎となる点数が全て一律に4,000点と決まっているのも問題です。例えば「筋ジストロフィー遺伝子」というのは全部で250万塩基対のゲノムを見る必要があります。それが数千塩基対のゲノムを見るのと同じでは、おかしいでしょう。労力も考慮した費用の設定が必要です。さらに、遺伝子検査においては遺伝カウンセリングとともに「患者を守る」ということをしないと、医療としては大変無責任になります。むしろ患者に危害を与える危険すらあります。

―そうしたことはどこがきちんと検討して、決めるべきなのでしょうか。

厚生労働省の難治性疾患克服研究事業や特定疾患治療研究事業があり、治療研究、調査研究支援などを検討する研究班ができています。遺伝子診断に関わる研究班において、遺伝子検査、遺伝カウンセリングの保険収載について提言をしています。さらに、遺伝子検査の標準化、レベルをきちんと維持することも重要だと考えております。遺伝子検査で間違ったデータを出されると、大変なことになってしまいます。遺伝子検査の標準化については、例えば米国には「CLIA(Clinical Laboratory Improvement Amendments)」という基準があります。この中に遺伝子検査の認定があって、認定したものは臨床に応用してよいのです。日本では今「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」の見直しが文部科学、厚生労働、経済産業3省の合同専門委員会で議論されていますが、「提供者が自らの遺伝情報の開示を希望している場合は、原則として開示しなければならない」という文言が見直し案に盛り込まれています。しかし、CLIAの認証を受けていないような研究レベルのものを、本人に開示するというのは無責任です。ほかの人がやったら違うデータが出てくるということだってあり得るからです。

次世代シーケンサーの技術が発展してきていますが、まさにこれまで見つからなかった変異がみつかる可能性を持っています。見つかってきた遺伝子変異を全て異常だとみなしたら、大変なことになります。それらを「個人情報だ」ということで、十分な知識があるかどうか分からない受検者本人に全てを開示するわけにはいきません。遺伝カウンセリングが「だから必要だ」とも言えるのです。研究の領域にあるものも開示するというならば、CLIAのような基準を日本でもきちんとつくってからにすべきです。

―個人情報保護ということがゲノムの塩基配列まで適用されるのは行き過ぎということですか。

ゲノム配列が個人情報だというと、個人情報は患者さんのものだから、情報の開示は患者さんの権利ということになります。「データをほしい」といわれたら拒否できません。本人のゲノム情報をそっくり渡さないといけないことになってしまいます。データが本当に正しいものであれば正しいなりに、そこに対する意味づけをちゃんと受検者に説明して、ケアしないといけません。一つの遺伝子変異でさえ、遺伝子医療の現場ではこれだけの時間をかけて対応しているのですから。

大学病院はほとんどが遺伝子検査を扱う部門を持っていますが、遺伝子診療を行うクリニックができるところまでは、すぐには発展できないだろうと思います。そういう中で「提供者が希望している場合は、原則として開示しなければならない」と書かれてある指針が今、通ろうとしているのは、困ったことです。

―次の望ましい状態というのはどのようなものでしょうか。

遺伝子検査が保険診療になり、遺伝カウンセリングが保険収載されるということになれば、遺伝子診断が日常的なものになります。例えば一つの医師会ごとに、一つ遺伝子診療センターみたいな施設があると、大学病院まで行かなくても済むことになります。ただ、それには遺伝の知識を普及して、遺伝子配列の情報を確認して、その意味づけを理解して患者さんに説明できる能力のある人がいなければなりません。臨床遺伝子専門医や、認定遺伝カウンセラーの資格を取っている人たちです。そうした条件が満たされたゲノムの時代になれば、例えばがんの場合に、「あなたの遺伝子変異はこれだけ複数のものがある」とか、「こういうことに気をつけていけば発症の危険を低くすることができる」といった説明を患者さんに、診療のレベルでできるようになると思います。

―遺伝子医療というのは究極の予防医学だとおっしゃっていますが、その意味するところをかみ砕いて言うと、どういうことになりますか。

「単一遺伝子病で治らない」と言われた病気に関して、遺伝子変異の配列をうまく修復できるような技術が発展すれば、発病しないで済みます。単一遺伝子病のような治らない病気でも、治療法が開発される可能性があるということです。

薬理遺伝学的検査の結果から副作用を予防することが、今まさに実際に臨床に応用されているところです。「カルバマゼピン」というてんかんの薬を使うと、「スティーブンス・ジョンソン症候群」という重篤な発疹を起こしやすいことと、発疹を起こすのがある遺伝子変異によることが分かっています。今、私たちはカルバマゼピンを使う前に患者さんから2ccほどの血液をいただき、検査の結果、発疹を起こしやすい遺伝子変異を持つことが分かった患者さんには、別の薬に変えるという臨床研究をしています。これは薬害を防ぐまさに予防医学です。薬の副作用は、その薬に対して代謝酵素が違ったり、HLA(ヒト白血球型抗原)が違ったりすることによって、起きるか起きないかが決まってくるので、遺伝子検査で予め、副作用の発生を予測することができるようになってきているのです。

(続く)

斎藤加代子 氏
(さいとう かよこ)
斎藤加代子 氏
(さいとう かよこ)

斎藤加代子(さいとう かよこ)氏のプロフィール
福島県須賀川市生まれ。雙葉学園高校卒。1976年東京女子医科大学卒、80年同大学院医学研究科内科系小児科学修了。東京女子医科大学小児科助手、同講師、助教授などを経て99年小児科教授。2001年大学院先端生命医科学系専攻遺伝子医学分野教授、04年から同教授と兼務で現職。09年から男女共同参画推進局女性医師・研究者支援センター長、10年から統合医科学研究所副所長・研究部門長、11年から図書館長をそれぞれ兼任。専門は遺伝医学、遺伝子医療、小児科学、小児神経学。医師に必要とされる患者との接し方など人間関係教育や医学部卒前教育にも深く関わってきた。

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