インタビュー

第3回「初めて独立のセンター設置」(斎藤加代子 氏 / 東京女子医科大学付属遺伝子医療センター所長)

2012.03.30

斎藤加代子 氏 / 東京女子医科大学付属遺伝子医療センター所長

「遺伝カウンセリング - 患者に最適な医療目指して」

斎藤加代子 氏

ゲノム(遺伝子)研究の進展とデータ処理技術の急速な進歩によって医療の世界も大きな変化が起きつつある。効果がない薬にもかかわらず、服用を続けているといった無駄をなくし、患者の遺伝子を調べて患者に合った治療を実現しようとするオーダーメイドあるいはテーラーメイド医療の重要性が叫ばれている。また、疾患の確定診断、症状が出る前の発症前診断、さらに出生前診断など、多様なゲノム医療の進歩を臨床現場に応用する必要性が高まっている。こうした動きの最先端にあるといえるのが、遺伝カウンセリングという新しい医療分野だ。日本で初めて独立の遺伝子医療センターを開設した東京女子医科大学では、年々、訪れる患者が増えている。斎藤加代子・同大学遺伝子医療センター所長に、遺伝カウンセリングが患者にどのように役立っているか、普及の妨げになっている問題点は何か、を聞いた。斎藤所長は、「解析から応用へ、そして未来への飛躍」というテーマで今秋開かれる日本人類遺伝学会第57回大会の大会長を女性として初めて務めることも決まっている。

―遺伝カウンセリングの前提として、遺伝子と疾患の関係が現在、どれほど分かっているのかということが、一般の人たちにとっては大きな関心事と思われますが。

一つの遺伝子の変化(変異)で発症することが分かっている病気があります。一方、すぐには病気にならない複数の遺伝子変異を持つ人が、喫煙や食生活などの生活習慣で病気になる場合もあり、遺伝子と病気の関係はさまざまです。筋ジストロフィー、血友病などは、一つの遺伝子変異で発症することが分かっています。他方、糖尿病や高血圧症、がんなどは関連する遺伝子変異も複数で、生活習慣による影響も大きいものに入ります。ただ、がんの場合、特定の遺伝子変異が遺伝して起こる家族性のものもあれば、その人の特定の臓器の遺伝子だけが複数の変異を起こしてがんになる場合があります。特定の臓器の細胞にだけ起きる突然変異によって発症する、こうした家族性でないがんについては、発症の危険度を明らかにする遺伝子検査はまだ確立していません。

家族性のがんは全てのがんの約5%を占めます。代表的なものとしては、大腸がん、乳がん、卵巣がんの一部があります。家族性がんの場合は、親から子に50%の確率で遺伝子変異が受け継がれますから、遺伝子検査によって変異があればがんになるリスクが高いと分かるわけです。若い時に発症することが多いので、早期発見と治療がより重要ですから、遺伝子検査の意味もあります。

筋肉が変性する病気である筋ジストロフィーは、一つの遺伝子変異で発症することが分かっており、この変異箇所に作用して進行を阻止する薬の開発が進んでいます。筋肉の膜の構成タンパク質がつくられないはずの患者にそのタンパク質ができた、という英国やオランダの臨床研究成果が報告されたのです。遺伝子変異があっても、その不都合な塩基配列(コドン)を読み飛ばしてしまう。こうした薬が今後どんどん見つかって、臨床に使われる時代になりつつあるのです。国立精神・神経医療研究センターを中心に日本も参加した国際共同研究が昨年春から始まっていますので、治療法ができる期待が高まっています。

―遺伝子検査というのは、どのようにして行われるのでしょう。金銭面を含めて被検者の負担は大きくないのですか。

遺伝情報は、塩基配列として表されています。塩基が並んだDNAという長い糸状の物質が巻かれ、折りたたまれた染色体が、人間の場合、46本あります。病気にはこの染色体の一本が多いために起こるダウン症候群のような染色体異常症もあれば、塩基配列に変異があるために起きる遺伝子疾患があります。人間の遺伝情報(ヒトゲノム)は30億個の塩基配列からなり、すべての塩基配列は解明済みです。

遺伝子検査は血液や口の粘膜、毛髪などからDNAを採って増幅させ、遺伝子の欠損や重複を見るほか、シーケンサーと呼ばれる解読装置で塩基配列を読み取る方法が確立しています。血液なら全ての塩基配列を読み取る場合でも数ミリリットル(CC)で済みます。遺伝子検査では筋ジストロフィーなど15疾患が保険対象となっており約4万円相当の保険点数(3割負担で12,000円)、染色体検査は約3万円相当の保険点数(同じく9,000円の患者負担)で受けられます。

―日本で遺伝カウンセリングが始まったのは、いつごろからなのですか。東京女子医大ではどのように発展したのですか。

日本では1970年代に「遺伝相談」という枠組みで始まり、信州大学、京都大学において遺伝子診療部として横断的に臨床遺伝の専門家が診療を提供する形態に発展しました。。その後、全国に遺伝子医療施設として広がり、現在はほとんどの大学病院で行っています。大半の施設ではさまざまな診療科の医師が兼務で遺伝カウンセリングを行っており、専任スタッフが従事する形で完全に独立したセンターを設置したのは東京女子医大が初めてです。

遺伝子診断の重要性については早くから気づいていました。染色体検査は保険が適用されていたのですが、遺伝子検査は当初、保険対象外でした。1995年に筋ジストロフィーの遺伝子診断の申請を行った結果、遺伝子病に関する高度先進医療として初めて認められたのです。患者さんに遺伝子検査費用を払っていただければ、保険診療と一緒に使える混合診療をしてもよいということになりました。筋ジストロフィーの患者さんだけでなく家族の診断、さらには出生前の診断も倫理委員会の承認の下にスタートしたわけです。

そのころから遺伝カウンセリングの必要性を強く感じておりました。小児科の外来で週1回、遺伝カウンセリングを始めました。すると受診する方がどんどん増え、週1回では済まなくなりました。検査結果がその方の人生を決め、場合によってはお腹の中の赤ちゃんの命が決められてしまうわけです。さらに発症していない方にとっては、将来、病気になるかどうかが分かるということですから、片手間にやる仕事ではないと考え、2004年の遺伝子医療センター発足となりました。

(続く)

斎藤加代子 氏
(さいとう かよこ)
斎藤加代子 氏
(さいとう かよこ)

斎藤加代子(さいとう かよこ)氏のプロフィール
福島県須賀川市生まれ。雙葉学園高校卒。1976年東京女子医科大学卒、80年同大学院医学研究科内科系小児科学修了。東京女子医科大学小児科助手、同講師、助教授などを経て99年小児科教授。2001年大学院先端生命医科学系専攻遺伝子医学分野教授、04年から同教授と兼務で現職。09年から男女共同参画推進局女性医師・研究者支援センター長、10年から統合医科学研究所副所長・研究部門長、11年から図書館長をそれぞれ兼任。専門は遺伝医学、遺伝子医療、小児科学、小児神経学。医師に必要とされる患者との接し方など人間関係教育や医学部卒前教育にも深く関わってきた。

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