インタビュー

第3回「5人組運動を地域で展開」(大島伸一 氏 / 国立長寿医療研究センター 理事長・総長)

2012.03.02

大島伸一 氏 / 国立長寿医療研究センター 理事長・総長

「健康長寿社会の構築目指し」

大島伸一 氏
大島伸一 氏

50年後に日本の人口は今より3割減り8,674万人になる、という推計を国立社会保障・人口問題研究所が公表した。世界に類をみない速さで進む高齢化とともに、全体の人口は減り続けるというどの国も未経験の時代に日本は突入している。医学部を持つ大学は全国に80あるが、需要が増え続ける老人医療の講座を持つのは22大学だけ。福祉・年金制度が破綻しないか、といった財政面での議論は盛んであるのに比べ、高齢者の急増に医療が全く対応していない現実に対する関心は驚くほど低い。地元自治体、企業、住民などと連携して新しい医療をつくる運動を進める大島伸一・国立長寿医療研究センター総長に、高齢社会におけるあるべき医療の姿を聞いた。

―江戸時代の長屋みたいな生活であれば、孤独死なんてなくなるのでしょうが、典型的な集団住宅の典型的な住居のあり方は逆ですね。しかし、それも日本人の多くが望んだ結果でしょうから、住宅の形態を昔のように戻すのもまた非常に難しいのでは。

その通りです。だから孤独死の増加は、個人の自由とか権利とかいうものの代償だ、という考え方も当然あります。それの非常に極端なのが個人情報保護法やプライバシー保護の問題で、行き過ぎじゃないかという考え方もあるわけです。独居所帯あるいは老老所帯、さらにそこに認知症その他の問題がかぶさってくるというような、社会生活をしていく上では非常にリスクの高い居住形態が圧倒的に増えています。これからのまちづくりを考えると、こうした現実から目をそらすわけにはいきません。そのことを踏まえた上で、個人のプライバシーだとか個人情報保護だとか、さらに安全・安心ということを、どう考えるかという議論は、まちづくりを考える時に必ず出てきます。安全・安心が優先だという声が多いでしょうが、それが全体のコンセンサスになるか、というと話は別です。

昔の向こう三軒両隣に近い「5人組」という運動を近くの大府市が広げようとしています。個人の権利だとか自由だとかいうことよりも安全が優先だ、と。私も安全・安心を優先させるべきじゃないかと、広く社会にも訴えています。今のところは、それでぼろくそにたたかれたという経験は、まだ一度もありません。

大府市には、ウェルネスバレー推進協議会というのがあります。この辺りは田舎と都会のちょうど中間型です。その中間型の地域で、どういう町をつくっていくのかという構想会議です。全体構想をつくり、それをどうやって実現していくのかという活動を大府市が隣の東浦町と一体となって進めています。

―これはいつごろからの取り組みでしょうか。

進み始めたのはこの1、2年ですが、構想としては随分前からありました。われわれ国立長寿医療研究センターでやっていることは、これからの高齢者医療をどうするかということで、特に力を入れているのは認知症の医療や認知症の総合対策です。総合対策では、基礎的な創薬から、実際の診断・調整・ケアに至るまでの方法の確立と、そういったものの提供のあり方をどのように社会全体に広げていくかといったことを研究しながら進めています。
ほかには在宅医療や介護予防のあり方について研究し、国に提言し政策に結びつけて社会に還元してゆけるように進めています。

地域の運動は、大府市役所が音頭をとっているのですが、そこに産業界が入り、私たちのような有識者や地域住民も入っています。最初は危機意識の共有から始まって、これから街や地域がどうなってゆくのかという共通認識、つまりこれからの超高齢社会がただごとではないという理解が共有できることによって、全体の意識が大きく変わってきます。そして、どうあるべきかという理想型を絵図面に落とし込むことができたら、後はアクションプランになります。ロードマップをどういうふうに引くか、つまり、そういった街をつくっていくためには、だれがどういう形で関与していくのか、責任者はだれかとかいった問題を明確にしなければなりません。役所が主導でやるようなことなのか、むしろ市民が直接関与してやる方がよいのかといった具体的な中身が、これからつくられていくことになると思います。

議論がいろいろな形で広く行われるというのは重要なことです。少しずつ具体化してきてきたときに、それを社会や市民にぶつけて、キャッチボールをしながら、ロードマップをよりはっきりしたものにしていくことが可能になるからです。市民がどのように関わるかが鍵だと思います。行政はコーディネーション的な役割であって、とことん国なり市町村が面倒を見るということはあり得ないし、期待もしない方がよいのではないでしょうか。より重要なのは、向こう三軒両隣といったようなインフォーマルな人間関係、連帯、連携といったような生活レベルにおける新しい文化の創生です。きっかけづくりは公的な機関がやるにしても、実際に動いていくのは市民であって、プランを立て実行する主体は市民ではないか、と私は思っています。

―産業界の人たちはどのような役割を果たしているのでしょうか。

この地区というのは中小企業が多いのです。例えば商工会議所の方たちと話をしていると、強い危機意識を持っています。今までの産業構造や物の考え方で、高齢社会を乗り越えることはできない、と。大量生産、大量消費、大量廃棄という構造では限界があることは分かっているのです。成長、進歩、開発といった考え方と、増えてきた高齢者に的を絞った製品開発とは、ミスマッチではないかと、皆、感じ始めています。ただこれまでと違うということは分かるけれども、何がどう違うのか、一体ニーズはどこにあるのか、が見えないのです。

イノベーションというのは、変化が起きた時がチャンスです。変化が起こるということは、ニーズが変わるわけですから。そのニーズが一体何かを適切にどうつかむかは、それまでの価値観やものの考え方の延長上でみたのでは難しいでしょう。視点を変えてみることです。日本は高齢社会の最先端にいるわけですから、この環境のなかで何が変わるのかを見抜くことです。これは、世界のどこよりもイノベーションを起こす最大のチャンスを日本が握っているということです。

高齢者のニーズは個別性が高くニッチなものばかりではないかと思うかもしれませんが、ちょっと世界に目を向ければ、これからの市場たるや、10年先、20年先を考えると信じられないぐらいの大きさになります。考え方、発想をちょっと変えれば、何かとんでもないものが見えてくる可能性は十分にあります。

あらゆる社会活動、生活活動の基盤に経済がありますから、産業界が元気で社会が活性化しないと、負担ばかりの話になって、暗い社会しか想像できなくなります。

(続く)

大島伸一 氏
(おおしま しんいち)
大島伸一 氏
(おおしま しんいち)

大島伸一(おおしま しんいち)氏のプロフィール
旧満州生まれ、愛知県立旭丘高校卒。1970年名古屋大学医学部卒、社会保険中京病院で腎移植を中心に泌尿器科医として臨床に従事し、1992年同病院副院長。97年名古屋大学医学部泌尿器科学講座教授、2002年名古屋大学医学部附属病院病院長、04年国立長寿医療センター総長。2010年4月から独立行政法人化に伴い現職。日本学術会議会員。科学技術振興機構社会技術研究開発センター・研究開発領域「コミュニティで創る新しい高齢社会のデザイン」領域アドバイザーも。

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