インタビュー

第5回「失敗経験の深い洞察から新たな知恵を」(阿部博之 氏 / 科学技術振興機構 顧問、元東北大学 総長)

2011.07.25

阿部博之 氏 / 科学技術振興機構 顧問、元東北大学 総長

「科学者よ、国家的な危機克服の牽引車たれ」

阿部博之 氏
阿部博之 氏

東日本大震災をきっかけに東京電力福島第一原子力発電所で甚大な爆発事故が起き、乳幼児を抱えた母親たちは放射性物質の拡散に不安な毎日を送っている。原発の安全神話を政府、電力会社と共につくり上げてきた多くの科学者・技術者たちは、事故が起きた途端に「想定外」との言い訳や沈黙を始めた。これでは科学技術に対する国民の信頼も揺らぎかねない。日本の科学技術政策の司令塔ともいわれる総合科学技術会議の筆頭議員でもあった元東北大学総長の阿部博之・科学技術振興機構顧問が、「事故は科学者・技術者の責任だ。もっと倫理観を持て」と喝を入れ、国民の信頼を取り戻すよう呼びかけている。

―福島原発の事故は、これまで内在し、表に出にくかったさまざまな問題を顕(あら)わにしました。中でも大きな問題になったのは情報発信力の稚拙さです。国民から不信感をもたれて内閣支持率の低下につながり、外国からも信用をなくし風評被害にまで発展しました。メディアが炉心溶融の疑いを事故直後に指摘したにもかかわらず、東京電力が認めたのは2カ月もたってからでした。

一言でいえば科学者、技術者がポリティカルになり過ぎているのです。言葉を換えれば、専門家としてではなく総合職化し過ぎています。専門家は事故の科学的事実を隠すようなことがあってはいけません。東電の技術者がデータを隠したとすればモラルに反することなのです。

「公表したら会社のためにならないのでは…」などと頭をよぎったのかもしれませんが、この程度の情報は必ずどこからか漏れるもので、隠すメリットはなく、逆にダメージのほうが大きくなるものなのです。

別の見方をすれば、専門家が総合職のようにふるまうことは、日本の企業が競争力を維持するために許されたのかもしれませんし、事実プラスの面はあります。しかし米国など世界からみればかなり異質なことです。とにかく日本は専門性を大切にしていない国です。専門性を軽視した総合職なんてあり得ないはずなのですが。

―米国西海岸で起きたロマ・プリータ地震(1989年、サンフランシスコ地震)で高速道路の高架橋が倒壊したのを見て、日本の専門家は「国内の高速道路、高架橋は安全だ」と言い放ったものの、6年後の阪神・淡路大震災で強度不足を露呈しました。また旧ソ連の地球汚染をもたらしたチェルノブイリ原発の爆発事故(1986年)では、日本の専門家は「原子炉のタイプが違う。日本ではこんな事故はあり得ない」と繰り返したが、福島原発のこのありさまです。よそで起きた大災害を教訓に、日本のシステムやインフラを真剣に見直し、体勢を立て直すという当たり前の対応がなぜできないのでしょうか。

「日本では絶対に起きない」としかるべき人が言うこと自体が危険です。勝手に自分の頭の中だけで差別化して、自己満足しているに過ぎないのです。人工物の安全について言えば、100%の安全はありませんが、100%安全に近づける日々の緩みない努力が欠かせないのです。この努力は大変なことです。もっと謙虚になって考える必要があります。大丈夫だと思ったとたんに真摯(しんし)な努力の必要性が薄れ、足元から徐々に安全が損なわれ始めるものなのです。

一般の人だって科学的に事故原因がどうなのかという事実を知りたいはずです。本来は学界でも大論争が起きてしかるべきだが、日本では激論が起きたことがありません。みなさん、仲間から恨まれることが嫌いなのです。でもそうした議論にこそ、大切な学問のタネが往々にして潜んでいるものなのですが。事故は起こさないに限りますが、起きてしまった失敗経験を深く検証することは当然のことながら有益です。

これは失敗例ではありませんが、機械工学の歴史をみると、蒸気機関はジェームズ・ワットが経験と工夫を凝らして完成させました。そのシステムを基に深く洞察することによって「流体力学」や「熱力学」、「自動制御」などの近代科学が生まれたのです。機械工学はワットのおかげであり、経験の深い洞察から高度な学問が生まれるという模範例なのです。

―1979年のスリーマイル・アイランド原発事故は作業員のミスが重なって過酷な事故に発展しました。この事故調査から、ヒューマンファクター、つまり人間はミスを犯しやすいことを前提としていかに操作・判断ミスを防ぐかが重要な課題になりました。この安全思想はいまや航空機の操作や病院管理、工場管理などに広く使われています。福島原発の残念な事故を教訓にして、新たな公共の知恵や知識を抽出し、安全文化の醸成につなげる必要があるのでは。

いま福島原発の事故調査委員会が詳細な分析を進めていますが、根本に何があったのか、安全文化にまで掘り下げて考える必要がありますね。これは事故調査が完了しないとできないというものではありません。今すぐにでも取り組むべきテーマです。

欧米の学者はこのような混沌としたものの中から、輝くような真理を見つけ出すことが得意です。日本も今回の不幸な事故に自信をなくすのではなく、人類全体に広く役立つような「知識」や「文化」を紡ぎ出してほしいものです。そうした考え方や作業の中から、新たな学問が生まれることも大いに期待できるのです。

(科学ジャーナリスト 浅羽 雅晴)

(完)

阿部博之 氏
(あべ ひろゆき)
阿部博之 氏
(あべ ひろゆき)

阿部博之(あべ ひろゆき) 氏のプロフィール
1936年生まれ。宮城県仙台第二高校、59年東北大学工学部卒業。日本電気株式会社入社(62年まで)、67年東北大学大学院機械工学専攻博士課程修了、工学博士。77年東北大学教授、93年東北大学工学部長・工学研究科長。96年東北大学総長、2002年東北大学名誉教授。03年1月-07年1月、総合科学技術会議議員。02年には知的財産戦略会議の座長を務め、「知的財産戦略大綱」をまとめる。現在、科学技術振興機構顧問。専門は機械工学、材料力学、固体力学。

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