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コラム - インタビュー -

第6回「スモール・イズ・ビューティフル」

東京大学 先端科学技術研究センター 教授、NPO法人日本国際ムダどり学会 会長 西成活裕 氏

掲載日:2010年11月9日

「無駄をそぐ-サービス業のイノべーションとは」

日本の雇用の7割を占めるのに、生産性は製造業などに比べると低い。そんなサービス業にサイエンスの知恵を導入することにより生産性を向上(イノベーションを創出)させ、経済を活性化させることを狙った「サービス・イノベーション政策に関する国際共同研究」に内閣府経済社会総合研究所が取り組んでいる。「流通と理学」「製造業」「俯瞰(ふかん)工学」という昨年度から始まった3つの研究会に加え、今年度から医療・介護を対象とする「公的サービス」研究会が発足した。「流通と理学」研究会の座長を務め、「渋滞」や「無駄」の解消という大方の理学者なら尻込みするような社会的課題に数学を武器に挑んできた西成活裕・東京大学先端科学研究センター教授にこれまでの研究の成果と見通しについて聞いた。

- 本題のサービス・イノベーションの必要についてうかがいます。

西成活裕 氏

西成活裕 氏

 

工場の生産性に比べたらサービス業の生産性は圧倒的に低いのです。工場は無駄を搾り取り、乾いたぞうきんを搾るかのように、最後の1滴が出るか出ないかというところまで頑張っているわけです。サービス業、あるいはそれ以外の会社でも間接部門、事務とかは、無駄の見える化もできていないところが多く、生産性の評価自体ありません。だから、逆に言えばそういう分野はまだ光が当たっていないので、何とかしたいという思いはずっとありました。

「無駄学」という本を書いた直後、東京大学の理事の人の発案で「東大無駄取りプロジェクト」が発足、いきなりそのメンバーに選ばれました。今でも大変な思いをして東大の事務の改善活動を手伝っています。

それと時を同じくして内閣府経済社会総合研究所の「サービス・イノベーション政策に関する国際共同研究」の話が来て、「流通と理学」研究会の座長になりました。いくら情報化社会といっても、最後は物として持っていないといけないわけです。物を運ぶというのは究極のサービス業です。ここの生産性を上げずにしてどうするのか、と考えたわけです。これからはそういうサービス業やホワイトカラーの生産性向上が日本の本当の底力になるだろう、と。それは渋滞学とも絡みます。

渋滞を研究していた関係で、いろいろな企業がひっきりなしに私の研究室に来るものですから、企業からそうそうたるメンバーが研究会に加わってくれました。一方、数学者でも、私のようなスピリッツの人が少ないけれどいます。数学の本当にコアな部分だけやっていたけれど、たまには応用もしたいという研究者です。こういう人たちを引き会わせると何かできるのではないか。小さな一歩かもしれないけれど、日本のサービス業にとっては将来、とんでもない大きな流れになるかもしれない、と期待しています。

- 2006年5月に文部科学省科学技術政策研究所が「忘れられた科学-数学」という報告書を発表、数学界の窮状に関心が集まりましたね。数学界にとっても、この研究プロジェクトはよかったのではないでしょうか。

そう思います。指導的立場にある先輩数学者たちからも応援するという言葉をいただいています。文部科学省も今、実は数理科学はこんな役立つという報告書をまとめつつあります。数学の応用というと、今までは金融工学しかないみたいな感じでした。金融工学は確かに分かりやすい数学の応用です。しかし、私はそういう分かりやすい応用は、もうプロに任せて、こんな応用もあるというのをたくさん見せたいわけです。

その中でも一番大きいのは、渋滞、混雑、物流効率化。ここに数学がドカンと当てはまるわけです。実際に数学が使えることを実践した意義は大きいと自負しています。

羽田空港に今年の10月から国際ターミナルができました。物流がかなり増えるため、多分これから日本の物流の拠点になると思います。都内に近いということで、成田空港から人はもう移り始めています。輸出入、物流をどうするのかが、次の大きな問題になります。羽田空港の前に環八道路がありますが、環八道路にトラックが並んで大渋滞になると大変です。

羽田空港の関係者がこの問題で困って相談に来ました。資料を全部出してもらい、学生一人に手伝ってもらって、空港施設の物流シミュレーションと理論解析を行いました。10月から国際空港として運用が始まっても、今の物流量のレベルならば、理論上環八道路の渋滞は起こりません。ただし、私の計算どおり空港側がオペレーションしてくれたらです。その通り動くかどうかは、あとは空港関係者の努力も必要です。これが昨年やった中で一番大きな成果の一つでしょうか。

羽田空港の年間の貨物量は15万トンと今言われています。15万トンなら大丈夫だということをわれわれのシミュレーションで示しました。最近の景気で、皆安心していますが、いつ増えるか分からないし、もし50万トン以上になったらパンクします。今のうちにシステムをつくっておいた方がよいということで、引き続き共同研究をしています。

- サービス・イノベーションも結局は産学協同をうまくやれるかどうかということになりそうですが、日本で産学協同がうまく行っている例などほとんどないという声を聞きます。企業側が大学の先生に資料をオープンにしないことが一つの理由だ、と。

いつも聞く話ですね。基本的には、やっぱり最後は人間対人間なのです。私も今まで失敗している会社が2割ぐらいあります。向こうが資料を全部出さない、という対応をするからです。企業に共同研究費がないときは、私も無償で協力したりもします。その代わり企業も「ちょっとこれ黙っていてください」といった感じで、資料を全部出してくれたりします。そして、これ以上出せないっていうところには「内容はだれにも言わないし、とにかくこれが分からないと解けないのだから」と、もうほとんど口説く感じですね。

役員判断で「もうそれ以上出すな」となり、それっきりになった企業もたくさんあります。最後の肝心なところ、私が「これを教えてくれれば解決できる」というところまで来て、手を引いたメーカーもあります。

日本は自分の企業だけよくなればよい、と部分最適化をやり過ぎて、全体で駄目になっているように見えます。例えば自動車だったらトヨタ、日産、ホンダが「ここだけは日本の技術として頑張ろう。そうしないと中国や韓国に勝てない」と連携していかないと危ないのではないでしょうか。

- 最後に基本的な質問があります。日本の雇用の7割を占めるサービス産業だから生産性を上げる意味も大きいというのは、理解できます。しかし、最大の雇用の受け皿でもあるサービス産業のイノベーションがうまく行ったとき、効率化で余剰となった人たちの雇用はどうなるのでしょう。

人を減らすという発想はよくないと思います。人を省くことで人件費を下げて原価を下げるというのは、私、ちょっと今疑問を持っています。シューマッハというドイツ人が書いた「スモール・イズ・ビューティフル」という有名な本があります。そこに「雇用はまず大事だ」と書いてあります。彼の有名な言葉で「中間技術」というものがあります。悪くもない、よくもない機械を導入するということなのです。人減らしではなく中間技術を導入することで、雇用も確保し、生産性も上げることが経済学的に全体としてよい。それが「スモール・イズ・ビューティフル」の結論というか、骨子なのです。私、これにしびれているのです。

いま多くの人たちがやっているのは逆なのです。自分さえよければいいという部分最適化をやっているのです。自分の企業だけはいいかもしれません。だけど日本全体が駄目になり、結局、自分もつぶれるのだったら、全員が「中間技術」で満足する。その代わり、みんなで無駄取りをやって全体を上げていった方がトータルでいいという考えは、非常に面白いと思います。

(完)
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西成活裕 氏
西成活裕 氏
(にしなり かつひろ)

西成活裕(にしなり かつひろ) 氏のプロフィール
茨城県立土浦第一高校卒。1990年東京大学工学部航空学科卒、95年東京大学大学院博士課程修了、工学博士。97年山形大学工学部機械システム工学科助教授。龍谷大学理工学部数理情報学科助教授、ケルン大学理論物理学研究所客員教授などを経て、2005年東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻教授。09年から東京大学先端科学技術研究センター教授。同年NPO法人日本国際ムダどり学会会長に。専門分野は理論物理学、渋滞学、無駄学。著書に「シゴトの渋滞、解消します! 結果がついてくる絶対法則」(朝日新聞出版)、「無駄学」(新潮社)、「車の渋滞、アリの行列」(技術評論社)、「渋滞学」(新潮社)など。歌手として小椋佳が作詩作曲したシングルCD「ムダとりの歌」も出している。

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