インタビュー

第5回「メッカ巡礼地でパニック防止実験」(西成活裕 氏 / 東京大学 先端科学技術研究センター 教授、NPO法人日本国際ムダどり学会 会長)

2010.11.02

西成活裕 氏 / 東京大学 先端科学技術研究センター 教授、NPO法人日本国際ムダどり学会 会長

「無駄をそぐ-サービス業のイノべーションとは」

西成活裕 氏
西成活裕 氏

日本の雇用の7割を占めるのに、生産性は製造業などに比べると低い。そんなサービス業にサイエンスの知恵を導入することにより生産性を向上(イノベーションを創出)させ、経済を活性化させることを狙った「サービス・イノベーション政策に関する国際共同研究」に内閣府経済社会総合研究所が取り組んでいる。「流通と理学」「製造業」「俯瞰(ふかん)工学」という昨年度から始まった3つの研究会に加え、今年度から医療・介護を対象とする「公的サービス」研究会が発足した。「流通と理学」研究会の座長を務め、「渋滞」や「無駄」の解消という大方の理学者なら尻込みするような社会的課題に数学を武器に挑んできた西成活裕・東京大学先端科学研究センター教授にこれまでの研究の成果と見通しについて聞いた。

―障害物をわざと作ることでかえって渋滞、つまり無駄を削ることができるというのは、普通ではなかなか思いつかないことに思えますが、さらに具体例がありますか。

人の流れで明確に示した成果があります。例えば、大勢の人が大きなホールから出る場合を考えてみます。入口には余計なものがない方が人々はスムーズに出て行くだろうと思うでしょうね。例えば幅でいうと25センチ、人間の体の幅よりちょっと狭いぐらいのポールを出口付近にポンと立てておいた方が、実は人間が早く出られるのです。なぜかというと、殺到しなくなるからです。殺到するから人と人がぶつかり合って、かえって動きが悪くなるところを、ポールがあることで流れがスムーズになる。それを理論とシミュレーションと実験の3つのセットで裏付けました。

こうした実験が成功したのは世界初めてということで、サウジアラビア政府からメッカの巡礼にもこれを使いたいという声がかかりました。

―メッカ巡礼では、群衆が押しかけて大勢の犠牲者が出る惨事も過去に起きていますね。

ええ、1年に1回あるイスラム教徒の大行事です。サウジアラビア政府が、パニックを防ぐため人の動きをどうやってマネジメントするか、多額の予算を組んでプロジェクトを立ち上げたのです。このプロジェクトのために世界から10人くらいの専門家が選ばれました。私もそのうちの1人です。5月にサウジアラビア政府軍の前でプレゼンテーションをしてきたところ、皆さん興味を持ってくれて、「これはやろう」となりました。11月にサウジで実験することになっています。

―どうして先生の考え方が、そんなに簡単に理解されたのでしょう。

比較実験のビデオを見せると一瞬で分かるのです。1人しか通れないような狭い所に2人来たらどうするか。これはゲーム理論も使いますが、1人が譲って、他の1人が先に通った方が全体としては、パッパッと行けますね。しかし2人とも譲らないとどうでしょう。ごっつんこして、2人とも行けないという事態になります。

でも、単なる譲るか譲らないかでは、本人のモラルの問題とか道徳のような話になってしまいます。そこでポールを立てるのです。しかもポールをど真ん中ではなく、真ん中からちょっとずらす。ここがミソです。

そうすると、ポールを境に広い部分と狭い部分ができます。その違いが人間の動く順序関係を決めてくれるのです。わずかでも広い方が先に行きやすくなるというポールの効果で、人間の衝突が減るのです。心理と、数学、流体力学をうまく融合した解決法です。人間がパッと見て順序関係が決まらないと、もう「おれが先だ」となってしまいますが、ポールの効果によって、人同士の衝突回数はかなり減ります。人と人との衝突が1回起こると大体0.3秒遅れるので、衝突をなくす効果が積もり積もって、ポールを置いた方がはるかに流れがよくなるのです。

実は、それをコンピューターと実験で見つけた時、理屈はまだでした。数学の論文を書いたのは、昨年です。ポールの位置によって、一方の側の人はちょっと方向転換しないといけない。しかし、反対側から来る人は方向転換しなくて済む。どこにポールがあるとどのぐらいそうした効果を誘発するかを、数学で計算し、理論的に証明したわけです。科学技術振興機構の「さきがけ」の研究助成金をいただきまして、実験も自由にできるようになりました。

―サウジアラビアのプロジェクトは今後、どのように展開するのでしょう。

9月17日にイタリアで、メッカ巡礼に関する会合が開かれました。そこで私も講演し、サウジアラビアの本件のプロジェクトの総責任者と打ち合わせをして来ました。メッカ巡礼の日は、11月半ば、イスラム暦を基にイスラム教の指導者が決めるそうです。特別ビザを出してくれるというので、メッカ巡礼の日が決まったら、その前後に私がメッカまで行き、街角の主要個所にビデオを仕込んで、人々がどういう動きをしているかデータを取ります。この1週間分のビデオデータを解析し、その中で例えばどこかにポールを置いてポールを置いた前後の動きの変化も見て、来年のメッカ巡礼の対策に役立てる計画です。そのほかにも、今年から新しく鉄道ができることになったので、その影響についても検討してきます。

巡礼者が行きたい場所はグランドモスクの1カ所で、そこに300万人が殺到します。それをどのように時間差をつくって、移動させるか。さらに必要な水、トイレ、病院といったロジスティック、総合的なサプライチェーンをどうするかといったことをすべて決めないといけません。そうした依頼にどこまで私が応えられるかは時間との兼ね合いですけど、かかわれるだけやっていきたいと思っています。伝染病が発生したらどうするかなど、問題は膨大ですが、群衆の動きをコントロールする分野を担えるのは多分われわれだけですから頑張りたいと思います。

今までイベントをやる時は、国内でも経験と勘に頼っているだけでした。人が多く集まる場所では科学的に安全に群集を管理することが大切で、明石の花火大会などのように多くの犠牲者を出すような事態は二度とあってはいけません。そのため、私たちは新しく流体力学や数学を入れることで、新しい角度からもっといろいろな対策を提案していきたいと考えています。

(続く)

西成活裕 氏
(にしなり かつひろ)
西成活裕 氏
(にしなり かつひろ)

西成活裕(にしなり かつひろ) 氏のプロフィール
茨城県立土浦第一高校卒。1990年東京大学工学部航空学科卒、95年東京大学大学院博士課程修了、工学博士。97年山形大学工学部機械システム工学科助教授。龍谷大学理工学部数理情報学科助教授、ケルン大学理論物理学研究所客員教授などを経て、2005年東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻教授。09年から東京大学先端科学技術研究センター教授。同年NPO法人日本国際ムダどり学会会長に。専門分野は理論物理学、渋滞学、無駄学。著書に「シゴトの渋滞、解消します! 結果がついてくる絶対法則」(朝日新聞出版)、「無駄学」(新潮社)、「車の渋滞、アリの行列」(技術評論社)、「渋滞学」(新潮社)など。歌手として小椋佳が作詩作曲したシングルCD「ムダとりの歌」も出している。

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