インタビュー

第3回「高速道で渋滞解消実験」(西成活裕 氏 / 東京大学 先端科学技術研究センター 教授、NPO法人日本国際ムダどり学会 会長)

2010.10.20

西成活裕 氏 / 東京大学 先端科学技術研究センター 教授、NPO法人日本国際ムダどり学会 会長

「無駄をそぐ-サービス業のイノべーションとは」

西成活裕 氏
西成活裕 氏

日本の雇用の7割を占めるのに、生産性は製造業などに比べると低い。そんなサービス業にサイエンスの知恵を導入することにより生産性を向上(イノベーションを創出)させ、経済を活性化させることを狙った「サービス・イノベーション政策に関する国際共同研究」に内閣府経済社会総合研究所が取り組んでいる。「流通と理学」「製造業」「俯瞰(ふかん)工学」という昨年度から始まった3つの研究会に加え、今年度から医療・介護を対象とする「公的サービス」研究会が発足した。「流通と理学」研究会の座長を務め、「渋滞」や「無駄」の解消という大方の理学者なら尻込みするような社会的課題に数学を武器に挑んできた西成活裕・東京大学先端科学研究センター教授にこれまでの研究の成果と見通しについて聞いた。

―その実験というのはどういうものだったのでしょう。

中央道に小仏トンネルという場所があります。日本一の渋滞個所とも言われている渋滞の名所です。まず構造を分析すると、渋滞の個所は東京方面に向かう上り坂になっているところです。上り坂だと速度が遅くなるため先頭の車が後ろの車にブレーキを踏ませて、これがまた後ろの車にブレーキを踏ませる。この連鎖反応が続くと、ブレーキがだんだん強くなり、十数台目あたりでとうとう車を止めてしまうのです。そうするとその止まった車はもう動けないですから、後ろから車が次々に来て、あっという間に車の列ができてしまう。これが渋滞のメカニズムです。だったら、ブレーキの連鎖反応を止めればいいじゃないか、となるわけです。

ブレーキの連鎖反応がなぜ起こるかというと、車間距離を詰めているから起こるのです。前の車との間を十分空けていれば、前の車のブレーキランプがついたのに気づいても、そのまま走り続けられます。簡単なのです。車間距離を空ければいいだけです。

―といっても、実際には結構難しいのではないでしょうか。ドライバーに車間距離を空けさせるのは。

確かに小仏トンネルで渋滞が起きるのは上り坂のところですが、さらにその手前が下り坂になっているという地形的特徴があります。この下り坂で皆スピードを出してしまいます。それが一転、上り坂になる結果、前の車との距離が一気に詰まってしまうのです。こういう場所をサグというのですが、これが高速道路での渋滞原因の第1位です。

じゃあどうするか。下りが始まる相模湖インターから、ゆっくり走るのです。実験は、われわれが追い越し車線と走行車線で4台ずつ、ペースメーカー車になってゆっくり走るだけでした。打ち合わせどおり、携帯電話で警察の方から「渋滞が200-300メートルできた」という連絡を受けて、相模湖インターからゆっくり走り始める、ということをやっただけなのです。

相模湖インターのこの付近から時速をこのぐらい下げ、相模湖バス停を下りきったら、時速をこのぐらい、車間距離を大体これぐらいにする。そうすれば渋滞が減るということをちゃんと数学で計算して、それを各ペースメーカー車8台のドライバーに全部伝えました。ドライバーはその表に基づいて、走っただけです。

渋滞で時速50キロぐらいまで落ちていたのが、われわれが連絡を受けて、ゆっくり走った後に、時速が80キロ以上に回復したことが、道路公団の速度感知器で確認されました。渋滞が消えるタイミングも全部計算したのです。数学で。実際にやってみて、個人がゆっくり走って車間距離をとるだけで、本当に渋滞がなくなるということが証明できたのです。

―それで渋滞はすっかり解消したのですか。

実はこの後また渋滞ができちゃうんです。20分後ぐらいに。ただし、私たちがやったようなペースメーカーの役割をする車がまた波状攻撃みたいに入ってくれれば、渋滞は再びなくなります。渋滞の出来始めならば個人の力で解消できることを示したので、JAFと警察庁が喜んでくれて、DVDをつくりました。今、全日本交通安全協会に全部配られています。これから皆さんが免許更新の時などにこれを見るかもしれないです。

―そうしますと、今のところはドライバーに任せるという形なのですね。要するに、まだ小仏トンネルの渋滞問題は解決してないということですか。

ええ、こういうふうに走った方が結局、渋滞に巻き込まれず早く着く、と教育ビデオなどでPRするという第一段階にあります。

―すると、あとは警察庁がちゃんとうまくやるかどうかという問題ですか。

いやいや、もう次の案も実は考えています。速度を落としてくれという表示を出すことです。例えば「ここで時速○○キロに落とした場合は、ここまで何時間で行ける予定です」といった表示が考えられます。

―それでもやはり難しくはありませんか。皆が同じように速度を落としてくれないと効果はないでしょうから。

皆が人のためにということを考えてくれると、世の中変わります。先ほど日本自動車連盟(JAF)の月刊誌「JAFMate」の昨年6月号に小仏トンネルでの実験結果が詳しく載ったことを紹介しましたが、「JAFMate」の発行部数というのは1,000万部です。ですから、この記事を読んだ方がたくさんいます。連絡をいただいた中で一番、「感動した」と言ってくださったのがトラックの運転手です。この方たちは、実はそれまでも何となく経験と勘でこれを実行していたというのです。「先生の理屈どおりこれまでやっていた。ありがとう」という連絡をたくさん受けました。

その後、「ベストカー」という雑誌でトラック運転手の方と対談したり、特集記事が組まれたりして、だんだん分かってもらえてきた、という実感はあります。

(続く)

西成活裕 氏
(にしなり かつひろ)
西成活裕 氏
(にしなり かつひろ)

西成活裕(にしなり かつひろ) 氏のプロフィール
茨城県立土浦第一高校卒。1990年東京大学工学部航空学科卒、95年東京大学大学院博士課程修了、工学博士。97年山形大学工学部機械システム工学科助教授。龍谷大学理工学部数理情報学科助教授、ケルン大学理論物理学研究所客員教授などを経て、2005年東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻教授。09年から東京大学先端科学技術研究センター教授。同年NPO法人日本国際ムダどり学会会長に。専門分野は理論物理学、渋滞学、無駄学。著書に「シゴトの渋滞、解消します! 結果がついてくる絶対法則」(朝日新聞出版)、「無駄学」(新潮社)、「車の渋滞、アリの行列」(技術評論社)、「渋滞学」(新潮社)など。歌手として小椋佳が作詩作曲したシングルCD「ムダとりの歌」も出している。

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