インタビュー

第3回「エネルギー問題への取り組み」(安藤功兒 氏 / 産業技術総合研究所 フェロー)

2010.08.18

安藤功兒 氏 / 産業技術総合研究所 フェロー

「革命的な超低消費電力のコンピューターを目指す」

安藤功兒 氏
安藤功兒 氏

通常は電気が切れているコンピューターという意味の画期的な「ノーマリー・オフ・コンピューター」の必要性を訴え、産業界を巻き込んでの議論をけん引してきた産業技術総合研究所のフェロー・安藤功兒さん。今回は、わたしたちに見えないところで起きているIT機器の消費電力増大の実態などを語ってもらった。

―前回は超低消費電力型コンピューターの登場による社会への影響などをうかがいましたが、今回は現実に立ち返ってコンピューターとエネルギー問題をもう少し考えてみましょう。パソコンはビジネスばかりか、現代社会にとって不可欠なツールです。日本で携帯電話が1億台を突破し、米アップル社のiPhoneやiPadなどの新型携帯情報ツールが爆発的に売れています。そうなると一つ一つの機器がいくら小型化、省エネ化したといえど、トータルでみれば日本全体の、あるいは世界全体の電力消費量は急増してしまいますね。

大問題ですね。経産省とグリーンIT推進協議会の報告によると、IT関連機器による電力消費量は現状では日本全体の5%ですが、このままでは2025年には20%にも跳ね上がるとされています。現在は、冷蔵庫・エアコン・照明などの家電製品の消費量の方が圧倒的に多いのですが、今後はIT機器の電力消費がそれと肩を並べるまでに増えるということです。冷蔵庫などにはすでに高度な省エネ化技術が使われています。

しかし、いま「一つ一つの機器がいくら省エネ化したといえども」と言われましたが、IT機器の分野はまだ省エネ化自体が未熟で、そのうえ爆発的にその数を増やしていくというやっかいな問題を抱えています。世界的に見ると、IT機器の電力消費はもっと激しく増えていきます。これは、人々の生活レベルが人類史上で最も急速に向上しているといううれしい事実を反映しているのですが、その分、IT機器の省エネ化をどんどん進めないと、せっかくの豊かな生活レベルも持続できなくなる心配があります。

―世界で最も人気のある検索サイト・Googleのデータセンターでも電力消費量が増えすぎてしまい、専用の原子力発電所の併設、アイスランドのような寒冷地への設置、安価な夜間電力の使える時間帯の国のデータセンターへと地球規模での逐次データ移動が検討されています。さらには波力発電を使える海上の移動式センターなど驚くようなアイデアも出ているようですね。

データセンターとは検索サービス用のコンピューターやデータ通信用の各種装置などが入った施設で、この電力問題は現在最もホットな話題です。データセンターではご本尊のIT機器のほかに、それらを冷やす冷却機や電源装置も大量の電力を消費しています。センター全体の消費電力が、IT機器そのものの消費電力の何倍になっているかを示す指標にPUE(=Power Usage Effectiveness)があります。以前は、PUE=2程度の数値が普通で、これは冷却機などがIT機器と同程度の電力を消費していたということを意味しています。2008年にGoogleが1.2という驚異的な省エネの実績を報告してから、全体として大きく下がってきています。サーバーを収納するケースの風の通りやすさを工夫したり、水冷に変更したり、はてはデータセンターの壁をとって外気に直接さらしてエアコンを使用しないなど意表を突く工夫までされています。しかし、PUEが1になりつつあるということは、いよいよデータセンターの本丸であるIT機器の省エネ化に取り組まなければならないということです。これこそが大きな課題として浮上してきたのです。

データセンターでは、従来、専用の高級サーバー機が使われていました。しかしGoogleは安価なパソコン用のプロセッサー(ソフトを動かす処理装置)やハードディスク(データを保存・読み出す補助記憶装置)、メモリ(主記憶装置)を大量に使って世界最高性能のサーバーシステムを構築することに成功しました。

ところで、パソコンベースのサーバーはいつでもフルに働いているわけではありません。これまでは、せいぜい15%程度の稼働率だったといわれています。仕事が回ってくるまで、ひたすら電力を消費しながら待っているのです。お気づきのように、これは初回にお話させていただいた、キータイピングでパソコンがひたすら次のキー入力を待っているのと、よく似ていますね。そのため、私たちは、データセンターにもノーマリー・オフ・コンピューター技術が重要になると考えています。もちろんGoogleは高度なソフトウエア力で、稼働率をかなり上げていると思いますが、取り扱う情報量の爆発的な増大もあって、待ち時間の割合はどうしても増えざるを得ないでしょう。

―情報をためておくハードディスクの消費電力はどうですか?

ハードディスクは、情報量の増大に直接影響される性格を持っています。そのため、2025年までには現在の15倍にも跳ね上がり、IT機器の中でも最も消費電力を増やす部品と危惧(きぐ)されています。これに関しては日本から素晴らしい技術が出てきています。2004年に産総研とアネルバ(現キヤノンアネルバ)は画期的なハードディスク用の情報読み取り磁気ヘッドを開発しました。これと、やはり日本オリジナルである垂直磁化記録媒体を組み合わせることで、ハードディスクの磁気記録密度がグングンと向上しています。従来は直径3.5インチの記録媒体ディスクを回転させて実現していた情報記録容量を、2.5インチ径の小さなディスクで実現できるようになりました。そのため、同程度の性能を実現するために必要な電力が5分の1程度になっています。

―データセンターやサーバーと聞くとイメージがわきにくいのですが、結局はパソコンを省エネ化する技術が共通して重要になるということですね。

パソコンというよりは、コンピューターといったほうが良いでしょうね。パソコンというと、どうしても、キーボードやディスプレーがあって、デスクトップコンピュータとかノートパソコン、ネットブックやiPadなどのイメージにとらわれてしまいます。これからは、工場の中の生産工程、物流システム、遠隔医療、オンライオンショッピング、交通システム、電子ペーパー化など、生活のあらゆる場面で、必ずしも私たちの目には直接には見えない形で組み込まれたコンピューターが省エネに大きな役割を果たすと考えられています。

実際、このようなIT機器を使って実現できる社会全体の省エネ化効果は、これまでお話してきたIT機器そのものの省エネ効果よりも、5倍程度は大きいといわれています。このような組み込み用途は、従来、マイコンといわれる部品の活躍領域でしたが、必要な機能の高度化によってパソコンと同じような能力を持つプロセッサへと主役が変わりつつあります。

ネットブックに使われている米インテル社の省エネ型マイクロプロセッサー・ATOMや、iPadに使われている新型中央演算装置のARMコアなどが、この領域を狙ってどんどん性能を伸ばしています。このような組み込み用途では、省エネ性と同時に利便性の確保が重要です。たまにしか発生しない仕事をひたすら待ちながらも、いざというときには瞬時に働くことができるといったものです。まさにノーマリー・オフ・コンピューターの概念に合ったものです。

(科学ジャーナリスト 浅羽 雅晴)

(続く)

安藤功兒 氏
(あんどう こうじ)
安藤功兒 氏
(あんどう こうじ)

安藤功兒(あんどう こうじ) 氏のプロフィール
神奈川県立横須賀高校卒、1973年名古屋大学理学部物理学科卒業、75年東京工業大学大学院理工学研究科(物理情報工学専攻)修士課程修了、同年通商産業省工業技術院電子技術総合研究所入所。工学博士。84-85年フランス国立科学研究センター(CNRS)客員研究員。2001年産業技術総合研究所エレクトロニクス研究部門 副研究部門長。10年4月から現職。東邦大学連携大学院教授。応用物理学会フェロー。
研究分野は、スピントロニクス、磁気メモリ(スピンRAM)、磁気光学、光集積回路、磁性半導体。1980年代には磁性研究不要論がまん延し、電総研の磁性研究室も解体の憂き目に遭ったが、複数の研究室に分散された研究者の協力関係を維持発展させ、今日、世界的に注目される産総研のスピントロニクスグループを復活させた。
2010年1月に総合科学技術会議の有識者議員が鳴り物入りで計上した「革新技術推進費」に、25件の応募の中から安藤 氏をリーダーとする「不揮発性メモリの高度化に関する研究」(スピントロニクス分野)が3件の1つに採択された。06年からは新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「スピントロニクス不揮発性機能技術開発」のプロジェクトリーダーも務めている。趣味は、雑学乱読と日曜大工。またボーイスカウトの指導者として、地域の子供たちと野外を駆け巡っている。

ページトップへ