インタビュー

第2回「途上国支援や防災技術で大きな社会変化を起こす」(安藤功兒 氏 / 産業技術総合研究所 フェロー)

2010.08.11

安藤功兒 氏 / 産業技術総合研究所 フェロー

「革命的な超低消費電力のコンピューターを目指す」

安藤功兒 氏
安藤功兒 氏

通常は電気が切れているコンピューターという意味の画期的な「ノーマリー・オフ・コンピューター」の必要性を訴え、産業界を巻き込んでの議論を牽引してきた産業技術総合研究所のフェロー・安藤功兒さん。超低消費電力パソコンが登場することによって、途上国の教育や災害対策などで興味深い社会変化を予想している。どんな影響が考えられるかを占ってもらった。

―たった1回の充電で、1カ月から半年、あるいは1年も持つような超低消費電力パソコンや電子機器が登場すると、どんな影響が現れ、社会をどのように変えることになるのでしょうか。

教育や健康、労働、個人情報、防犯、交通、物流、ネットワークなどの幅広い分野で、大学や研究所、産業界の仲間たちと共に考えられる限りのシナリオを議論し、未来の新聞報道などの形でインパクトをまとめてみました。

例えば、世界的に見れば低開発地域における人口爆発とそれによる教育機会の劣化という悪循環が大問題になっています。そこに低価格で高性能なノートパソコンが普及し、手回し発電機などで動作するようになれば、オンライン授業や月に一回のスクーリング指導と組み合わせた教育が可能になります。それによってどんな地域からでも『女子大学生が誕生』して周囲の人々を含む好循環が始まるなどのサクセスストーリーに技術が寄与できればすてきです。

実は、パソコンと太陽電池を組み合わせてアフリカ開発を進めるというアイデアは少なくとも30年前から出されています。米国では100ドルコンピューターを目指したNPO活動が以前から行われています。しかし、依然として目的には到達できていません。夢に比べて技術の進み方が遅いということでしょう。実際に役に立つには、低開発地域用のパソコンにもある程度の高度な機能が必要です。コストを下げるには、大量生産が必要です。すなわち、低開発地域用も先進国用も同じ技術を共用することになります。低開発地域用ノートパソコンほど最先端技術の利用が求められるので、先進国における新しい利用形態のドライビングフォースともなるでしょう。

高度なポケット型人工知能が『大学の入試形態を変え』たり、物事を自分の頭で考える合理的な人間を育てる効果も考えられますね。知識がすべてポケットサイズの人工知能に収まれば、将来の大学入試は単純な記憶に頼るような時代遅れの設問からガラリと変わるでしょう。人工知能の持ち込みで、クリエーティブな知的生産が可能かどうかで合否が判断されるようになるはずです。もっとも基礎学力はどの時代でも必要なものですが。

こうした知識の爆発は、歴史的に見れば18世紀に登場したフランスの百科全書派の再来とも予想されます。『未来の百科全書』は、紙や電子辞書などという邪魔くさいものではなく、めがねやシャツのように軽く身にまとうウエアラブルなスタイルに組み込まれるでしょう。いつでもどこでもアクセス可能な知識の衣をまとい、百科全書派が成し遂げたように、既成の知的権威を否定し、自由な人間精神による知識の進歩と共有を信じるようになれば、新たな“知識革命”が起きるかもしれません。

―もっと面白いダイナミックな話はありますか。

まずはペット型ロボットに高度な『同時通訳』の機能を植えつけたものはどうでしょうか。最初に利用者の会話パターンと行動パターンを覚えさせます。すると人の言語を理解して気の利いた会話ができるようになり、分からないことを聞くとインターネットで情報を検索して講釈もする賢いロボットに変身します。例えばこのペットロボットと一緒に、スイスの山奥に旅行してみましょう。一時絶滅の危機が叫ばれた地域言語のロマンシュ語を通訳させることもできます。アルプス山麓(さんろく)に伝わるユニークな民俗料理を気軽に教わり、民俗ダンスを覚えるなんてことも楽しめたら面白いですね。

誘拐犯も短時間で御用となるような『セキュリティー電子タグ』の活用もすごいものです。GPS位置認証システム、方位センサー、発信器などを持った小型チップで作られるものです。誘拐が頻発するような不安定な社会では、持ち物や髪の毛などに高機能のマイクロチップを忍ばせます。利用者が通勤や通学の道筋から500メートルも外れると、自動的に警備会社に危機信号が発信される仕組みです。すぐ警察に自動通報し、現場から逃走しようとした犯人が御用となる仕組みです。この種の技術が必要ない社会が本当は良いのですが。

また画像認識やセンサーを駆使した『自動車の事故防止技術』はどうでしょうか。都市の公共空間に、埋め込み型のセンサーネットワークや通信装置を整備します。太陽光をエネルギー源に長時間持続可能となれば、物陰からの高齢者や子供の飛び出し、身障者がいないかどうかなどが確実に感知できます。前を走る車が急ブレーキをかけても追突防止できます。いずれも機能が必要となったときに瞬間に起動する極低消費電力コンピューターの強みが発揮できる分野です。

―災害時の連絡や被害把握、救出などに使えれば大きな安全・安心につながりますね。

この点では各方面がかなり重点的に取り組んでいるはずです。例えば今後30年以内に関東地方の南部に70%の確率で発生すると想定されている「南関東直下型地震」を想定しましょう。関東大震災や東海地震に比べ規模は小さいものの、人口の多い大都会だけに、経済活動や国家の安全保障に甚大な被害を及ぼすと心配されます。現状のままでは、携帯電話のバッテリー切れや中継器の電源ダウンで通信は完全にストップしてしまいます。それが不揮発メモリによって長寿命の通信装置が実現すれば、ビジネス用の通信は確保できるはずです。

また、個人の携帯電話に組み込まれた『無事ボタン』装置を押すことで、安否情報を家族や会社などに迅速に知らせることもできます。逆に登録した家族やメンバーの無事ボタン反応がなければ、防災センターの早期救助活動の対象になります。災害対策は迅速さこそが命ですから、これが災害時の犠牲者を減らすキラー技術になると考えられます。

ノーマリー・オフ・コンピューターの狙いは、省エネに寄与することも重要ですが、こうした防災技術や途上国支援などで大きな社会変化を起こすことに、私は大きな期待を持っているのです。人間生活にかかわりの深い真の技術には、そうしたマグニチュードの大きな力が潜んでいると考えています。

(科学ジャーナリスト 浅羽 雅晴)

(続く)

安藤功兒 氏
(あんどう こうじ)
安藤功兒 氏
(あんどう こうじ)

安藤功兒(あんどう こうじ) 氏のプロフィール
神奈川県立横須賀高校卒、1973年名古屋大学理学部物理学科卒業、75年東京工業大学大学院理工学研究科(物理情報工学専攻)修士課程修了、同年通商産業省工業技術院電子技術総合研究所入所。工学博士。84-85年フランス国立科学研究センター(CNRS)客員研究員。2001年産業技術総合研究所エレクトロニクス研究部門 副研究部門長。10年4月から現職。東邦大学連携大学院教授。応用物理学会フェロー。
研究分野は、スピントロニクス、磁気メモリ(スピンRAM)、磁気光学、光集積回路、磁性半導体。1980年代には磁性研究不要論がまん延し、電総研の磁性研究室も解体の憂き目に遭ったが、複数の研究室に分散された研究者の協力関係を維持発展させ、今日、世界的に注目される産総研のスピントロニクスグループを復活させた。
2010年1月に総合科学技術会議の有識者議員が鳴り物入りで計上した「革新技術推進費」に、25件の応募の中から安藤 氏をリーダーとする「不揮発性メモリの高度化に関する研究」(スピントロニクス分野)が3件の1つに採択された。06年からは新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「スピントロニクス不揮発性機能技術開発」のプロジェクトリーダーも務めている。趣味は、雑学乱読と日曜大工。またボーイスカウトの指導者として、地域の子供たちと野外を駆け巡っている。

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