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コラム - インタビュー -

第4回「医療を産業として見る目も」

東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター長 中村祐輔 氏

掲載日:2010年2月15日

「オーダーメイドがん治療目指し」

がんの治療法は年々、進歩している。しかし、一方では抗がん剤が全く効かなくなり、大病院からも見放された患者の数もまた増えている。「がん難民」とも呼ばれるこうした患者たちに希望を与えることはできないのだろうか。がん細胞をつくる遺伝子を見つけ、それをもとに治療薬を開発する努力を続ける中村祐輔・東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター長に新しいがん治療薬開発の見通しや、開発を妨げている問題点を聞いた。

- がんはニュースにもよくなりますし、そこそこの研究費が出ていると多くの人々は見ていると思いますが。

中村祐輔 氏

中村祐輔 氏

 

がんに対する日本の研究予算というのは極端に少ないんです。海外、例えばシンガポールに比べても少ないですね。シンガポールは人口が日本の30分の1の国です。しかし多分、シンガポールのがん研究費の総額は、日本のがん研究費の総額より多いです。本当の基礎研究はともかくとして、実用研究はシンガポールの方がはるかに理解があります。

今、日本人の3人に1人ががんで亡くなっています。2025年には2人に1人ががんで亡くなるといわれているのです。WHO(世界保健機構)の予測では、2010年度にはがんが世界の死因の1位になります。こんな状況で。国家戦略として取り組まない国という状況が考えられません。しかし科学技術振興機構でも最近取り組み初めてはいるものの、がんと名のつくプロジェクトはほとんどなかったわけです。遺伝子多型の研究もそうですけれども、5年後、10年後、20年後の医療のあるべき姿を考えながら、どういう形で基礎研究の成果を患者さんに還元するか、という戦略が必要です。ところが、日本は医療費を浪費だと見ているため、医療に投資して、医療産業を国の経済的な基盤にするのだ、という視点が欠落しています。

- 理想的な医療の姿など追求していったら、財政がどんどん苦しくなるだけだと思っているということでしょうか。

そうです。だから実際に今、医薬品や医療機器は1兆数千億円の輸入超過です。医療というのを産業からみた場合に、日本は国としてすごく弱体化しています。米国ですとヘルスケア、メディカルケアのGDP(国内総生産)は、総GDPの25%近いといわれています。ですから1つの産業分野としてもうちょっとしっかりしていかないと、本当に日本は新しい医療を受けることができない国になってしまいます。

 最近、日本の空港のありかたが問題になっていますが、これから連想して私が思うのは、医療立国を目指しているタイやシンガポールのことです。メディカルツーリズムという言葉もありますけれども、タイには年間60万人もの人々が、海外から医療を受けにやってきます。そうしたプラスアルファを考えれば、例えば、国際空港のハブ化とかを言うにしても、関空、羽田、成田の近くに先進的な治療を受けるようなメディカルセンターを造って、世界中あるいは東アジアの人たちを受け入れる仕組みをつくれば、空港の利用客だって増えるはずです。国全体として医療というものを、健康を維持するという観点と、産業を基盤にするという観点から考えないといけないのですけれども、それができていないということです。

- 厚労省、経産省あるいは国土交通省がそれぞれ独自にやっているので、そういう発想が出てこないということでしょうか。

国家戦略としての医療をどうするかを考えないで、このままどんどん新しい薬が全部欧米産のものに置きかえられると、医療費は必然的にもっと増えます。しかし、医療費が増えても、それが日本企業の開発・製造した薬などによるものであれば、税金という形で国に還元されるわけです。今のままだと、日本の製薬企業は確実に弱っていくと思います。そうなると製薬企業からの税収が見込めない、おまけに医薬品、医療機器は輸入しないといけない。そのプラスマイナスを考えれば、医療分野はやはり重要だと国が認識すべきです。研究成果を臨床にもっていけないハードル、ボトルネックはどこにあるのかをきちんと探し出して、対策を講じなければなりません。ライフサイエンスにお金を出せば、後は何もしなくとも産業が発展するというものではありません。戦略を考え直さないといけないのです。

TR(トランスレーショナル・リサーチ=橋渡し研究)と口では言っても、結局TRを進めるための戦略が全然できていません。私もかつては拠点化するのがいいと思っていましたけれども、今、実際に50以上もの病院に協力していただいているわけです。患者さんのことを考えた場合に、例えば、進行がんだったら遠いところから通えないわけですよ。現場で臨床研究ができるような仕組みというのが非常に大事なのです。

- 先生の追求しておられるオーダーメイド医療ということについてお聞かせください。

医療の標準化というのは大事です。標準化があって、科学的な比較で「あれがよい。これがよい」ということが言えるわけですから。ところが、この標準化も日本はあやしいのです。さらに時代はもう一歩先に進んでいます。ある治療法に合う人、合わない人というのは確実にいるわけで、例えば糖尿病を考えてみますと、インシュリンが体内でつくれない人にインシュリンを分泌させる薬を使っても絶対効きません。インシュリンをつくれる人に最初からインシュリンを与えるという治療もまたよくないわけです。ですから、同じ糖尿病といっても、どこに問題があるかによって、その患者さんにある薬は合ったり、ある薬は合わなかったりするのです。

抗がん剤もまさにそうで、大腸がんの患者さんが100人いたら、皆それぞれがん細胞の性質が違います。だから、ある治療法をやったときに、がんが明らかに小さくなる人もいるし、全然反応がない人もいるということです。

20世紀の間、医療は進みましたが、何となくわれわれは理想を追い求め、みんなに安全に効果的に使える薬をつくろうとしてきました。でも、それは大きな誤解です。われわれはデータに基づいて診断していますが、それぞれ病気を起こす原因となるものは微妙に違います。例えば、ぜんそくと診断されてある薬を投与されても、2人に1人ぐらいしか効かないのです。

今、薬はいろいろそろってはきています。これからの医療は、この薬はこの病気のこういうタイプの人にはいいということを、遺伝子を使って識別したり、あるいはタンパク質のデータを活用したプロテオミクスという手法を使って識別したりという時代になってきているわけです。例えば、乳がんの薬でも、ある薬は飲んだ時点では効果は非常に弱いが体の中で薬効成分になります。肝臓でその患者の体内にある酵素を使って薬の成分に変わるわけです。その酵素の働きが弱い人は薬をつくれないわけです。

こうした患者さんにはその薬は与えてもしようがありません。また、ある遺伝子を持つ人は、血液中の薬の成分濃度を測るとすごく低いのです。そのような人はやはり再発率がそうでない人に比べて5倍から10倍高く、こうした患者さんたちは意味もなく何年もの間、薬を飲み続けているという結論になってしまうわけですね。

- そういう人はたくさんいるのですか。

日本人ですと20%ぐらいいるんです。薬を代謝する遺伝子や、薬を運ぶ遺伝子に個人差があって、それぞれ微妙に薬に対する反応性が変わってくるわけです。ネズミの研究をやっていると、研究に使われるネズミというのは純系化しますから、Aが起こればBになるということが比較的簡単に言えますが、人間というのは本当に多様ですから、そんなに単純にはいかないのです。個人個人の親から受け継がれる多様性とか、例えば、がん細胞だったら、がん細胞の多様性を考えながら薬を選んだり、副作用を避けるためにある薬を出さなければならないのです。実際にそれができるようになってきており、今、米国ではものすごい勢いで進んでいます。理由は明白です。オバマ大統領が2006年に「ゲノミックス・アンド・パーソナライズドメディスン法案」、日本語に訳すと「ゲノムとオーダーメイド医療法案」を自分で出しているのです。まだ法案は成立していないですけれども。

- 法案提出は大統領になる前の上院議員のときですね。ということは相当なブレーンがいるのでしょうか。

ええ、今度、NIH(米国立衛生研究所)の所長に大統領が指名したのはフランシス・コリンズという人で、彼はゲノム研究でトップだった人です。思いつきではなく、大統領はやはり医療というのは重要、もちろん国民の健康のためにも、産業からみても重要だと思っているわけです。これはもう先進国のトップだったら当たり前のことでしょう。

(続く)
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中村祐輔 氏
中村祐輔 氏
(なかむら ゆうすけ)

中村祐輔 (なかむら ゆうすけ)氏のプロフィール
1971年大阪府立天王寺高校卒、77年大阪大学医学部卒、大阪大学医学部付属病院第2外科、大阪大学医学部付属分子遺伝学教室を経て、84年米ユタ大学ハワード・ヒューズ医学研究所研究員、87年ユタ大学人類遺伝学助教授、89年癌研究会癌研究所生化学部部長、94年東京大学医科学研究所分子病態研究施設教授、95年から現職。2005年から理化学研究所ゲノム医科学研究センター長を兼務。ブルガリア科学アカデミー会員。大規模DNAシークエンシングを行うシステムを構築し、疾患関連遺伝子の存在する領域を中心に年間3-400万塩基配列を決定し、がん、遺伝性疾患、循環器疾患、骨系統疾患、代謝異常などの発症あるいは増悪に関係する遺伝子の同定なども行っている。著書に「がんペプチドワクチン療法」(中山書店)、「これからのゲノム医療を知る―遺伝子の基本から分子標的薬、オーダーメイド医療まで」(羊土社)、「ゲノム医学からゲノム医療へ -イラストでみるオーダーメイド医療の実際と創薬開発の新戦略」(羊土社)など。

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