インタビュー

第2回「建築途上の枠組みづくり」(香坂 玲 氏 / 名古屋市立大学 准教授、COP10支援実行委員会アドバイザー)

2010.01.11

香坂 玲 氏 / 名古屋市立大学 准教授、COP10支援実行委員会アドバイザー

「生物多様性条約にもっと関心を」

香坂 玲 氏
香坂 玲 氏

昨年12月、コペンハーゲンで行われた国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)は、法的拘束力のある京都議定書以降の枠組みづくりに失敗しただけでなく、全加盟国が義務を負う合意も得ることなく閉幕した。COP15に続き、ことしは10月に国連生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が名古屋で開かれる。こちらも先進国、途上国間の主張の隔たりは大きい。条約の実施状況、先進国と途上国の対立点、名古屋会議で日本に期待されている役割は何かなどを、元生物多様性条約事務局員でCOP10の支援実行委員会アドバイザーを務める香坂 玲・名古屋市立大学准教授に聴いた。

―目的を達成するのは非常に難しいということですね。さらに気候変動に比べると一般の人にはピンと来ないというハンデも負っているように見えます。あちらは要するに二酸化炭素(CO2)の排出を減らせばよい、と割に理解しやすいように思えますから。

生物多様性条約は分かりにくいという反応は確かにあります。気候変動枠組み条約の方が有名であるとは思いますが、生物多様性の変化、例えば熱帯雨林の破壊とかサンゴ礁の悪化のようなものは目にみえる高さで起きているわけですよね。「CO2が気候に影響しているらしい」ということと「人為的な影響があるらしい」ということをはっきりさせるまでに少なくとも10年以上かかっています。今でも大気中のCO2濃度増加と温暖化を結びつけることに異論を唱える人たちが国内外にいます。CO2という見えない気体によって引き起こされ、地球の平均気温が2℃上がるだけで大きな影響があるということを一般の人々に納得してもらうまでには、相当な年月がかかっているわけです。生物多様性の方が分かりづらいというのは少々皮相な見方ではないでしょうか。

―気候変動枠組み条約の方がマスメディアに取り上げられることが多いので、生物多様性条約が割を食って分かりにくいという印象を抱いてしまうということでしょうか。

向こうの方がメディアへの露出度が高いというのはその通りです。それから予算も人員も規模が違います。生物多様性条約事務局は80人ぐらいでやっていますが、気候変動の方は400人近くの事務局員がいます。また向こうは著名人の応援者がいますし…。こちらも俳優のデカプリオとか、ゴア元副大統領に匹敵するような有名人が、熱帯雨林保全などで活動してくれていたら若干違ったかもしれないのですが。

ただ、生物多様性という言葉自体が耳慣れず難しい印象を与えているのは間違いないことでしょう。われわれの生活に直結する身近な問題だ、ということを分かっていただくのが一つの方法だと考えています。食べ物や日用品にかかわることで、例えば小さい魚が網にかからないようにした漁法で採った魚を食べるといった消費活動から考えてもらうということです。海の幸、山の幸という胃袋に入るものに加え、ダイビングとかハイキング、昆虫のコレクションといった個人の行動から理解してもらうことも可能です。 さらに、都市の中にある緑が暑さを和らげてくれる、集中的に雨が降っても森林が水を吸収してくれる役割を持つ、あるいは薬の原料になる植物、廃棄物を分解処理してくれる微生物など生物多様性について理解してもらう身近な例はたくさんあります。カジキの肌の表面を研究して新しい水着をつくったり、段ボールのハニカム構造のヒントはミツバチの巣というように自然界の構造をまねして製品を開発するなどの例も。

また、気候変動枠組み条約とは、要因、原因や対策が重なる部分というのがあるんですね。うまく行われた植林は気候変動対策にも効果がありますし、生物多様性にとってもいいことです。ビルの屋上緑化などはヒートアイランド対策上も効果がありますし、生き物が寄ってきて生きていける場所にもなると、両方にとってメリットがあります。

―きちんと説明を受ければ普通の人でも難しいことではないということですね。では、10月の名古屋会議で期待されていることは何かをうかがいます。

まず2010年全体が生物多様性の年ですから、多様性をキャンペーンする行事がずっと続きます。COP10では2010年以降の目標をつくることが求められています。具体的には利益配分についての発展途上国と先進国の利害調整があります。気候変動枠組み条約の締約国会議と同じで、保全を優先する先進国と利用、発展を重視し自分たちも豊かになる権利がほしい途上国とでなかなか溝が埋まりません。

発展途上国には熱帯雨林を中心にたくさんの資源があるわけです。ですから両者が歩み寄れるようなものにしていくことが、多くを貿易に頼る日本としても非常に重要なテーマになってくると言えると思います。

―利益配分の枠組みについては今のところはほとんどないといっていい状況ですか

ボランタリーなガイドラインというものはあります。2002年の条約締約国会議で採択されたものです。ガイドラインなので、法的な拘束力はありません。こういうことをやってはいかがですかということは言っていますが、まだ具体的にどういう取り決めでどういうものをしたらいいのかということが決まっていないのです。拘束力をもつ前の、具体的な枠組みをつくる前というか、実際にオペレーションしてみるときのガイドラインの段階なんです。例えば、「2カ国間で事前に合意することが必要」ということは書いてあるのですが、具体的にどのような書面でどのように物質を移動させるかといったことが、言葉の定義も含め決まっていません。

―今度の会議ではどの程度の進展が期待できるのでしょうか。

基本的に分からないのですが、ただ、非常に難しい、場合によってはほぼ不可能に近いのではないかという見方もできるくらい合意できていない事項が多いのです。言葉の定義からして合意できていないものが多いのです。厳しい情勢ですが、今はすべてのアイデアを出してもらおうということで、どんどんアイデアを出していただき、それをもとに交渉していくということです。ですから多くのことが、本当に建築途上と言っていいかもしれません。

(続く)

香坂 玲 氏
(こうさか りょう)
香坂 玲 氏
(こうさか りょう)

香坂 玲 (こうさか りょう)氏のプロフィール
1975年静岡県生まれ。東京大学農学部卒、ハンガリーの中東欧地域環境センター勤務後、英イーストアングリア大学大学院修士課程終了、ドイツ・フライブルク大学環境森林学部で博士号取得。国際日本文化研究センター研究員などを経て、2006年カナダ・モントリオールの国連環境計画生物多様性条約事務局員、08年から現職。COP10支援実行委員会アドバイザーのほか世界自然保護基金(WWF)ジャパン自然保護委員会委員も。研究分野、課題は森林管理・ガバナンス、景観評価、貿易摩擦。著書に「いのちのつながり よく分かる生物多様性」(中日新聞社)。

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