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コラム - インタビュー -

第2回「でたらめな生息数調査」

オランウータンと熱帯雨林の会 理事長 鈴木 晃 氏

掲載日:2009年7月13日

「オランウータンの生きる森」

来年10月、名古屋で開催される「生物多様性条約第10回締約国会議」(COP10)に向けて、国内でも生物多様性を維持することの重要性に関心が高まりつつある。一方で生物多様性の維持に大きな役割を果たしている熱帯林の減少はとまらない。インドネシアのボルネオ島で26年間オランウータンの生息調査を続けている鈴木 晃・オランウータンと熱帯雨林の会理事長にオランウータンと熱帯雨林との関係、生物多様性維持の意義について話を聞いた。

鈴木 晃 氏

鈴木 晃 氏

 

「オランウータンの新しい生息地を発見した。最大5、000頭か」という記事が4月に全国紙に載りました。ジャカルタポストという現地新聞の記事を基にしたものですが、私に言わせるとこれはでたらめです。2002年にも「最大2、500頭もの新たな群れを発見した」という記事が日本の全国紙に載りました。

その森で私たちは5年間研究して来ましたが、オランウータンを見たのは数年間で5頭だけです。4月の新聞記事は今年2週間、調査でその森に入ったところ、一頭の雄と子連れの母親と計3頭のオランウータンを見た。巣の数を数えたら2、500平方キロの広さに219カ所見つかった。そんな数を掛け合わしていくと、この森には5、000頭ものオランウータンがいる、という計算になるそうです。

なぜ、このような数字が出てくるか、ということですが、この森には1997年に水力発電用のダムを造る計画がインドネシア政府から出ています。私は調査団として現地に入りました。調査の結果、その流域にオランウータンはほとんどいないことが分かっているのです。ただ、東カリマンタンでは低地熱帯雨林がほとんど焼けてしまったのに、そこは森がよく残っています。かつて私が調査したことがあるその森を、米国の自然保護団体が調査をしたのです。

そこだけよい森が残っている理由は、その森が首狩り族の人々が住んでいたところだからです。怖がって伐採業者たちも入らなかったために森が残っているのです。ただし、オランウータンは既に数百年前に全部狩り尽くされてしまっていません。米国の自然保護団体は、調査した手前、報告書にはたくさんいると書かざるを得なくなってしまったわけです。活動資金を得るためなのです。今回の新聞報道のようなことがこの先5年後、6年後あたりにもまた繰り返されるでしょう。

私の調査の拠点は東カリマンタンのクタイ国立公園の中にあります。私が設計し、私の調査に協力してきた地元の村人たちと、自分たちの手で調査・保護活動の拠点となるキャンプカカップを建てました。カカップというのは、キャンプの前を流れる川を上ってくる汽水性の魚「スズキ」の現地名です。いつまでも魚の上がってくる川であってほしいとの思いを込めて、キャンプのスタッフたちが名づけました。クタイ国立公園の北に石灰岩からなる山があります。私がよく行くゲルガギ山、ゲルガギというのはノコギリという意味で、日本語で言えばノコギリ山ですね。このふもとに川が流れており、この下流のすそ野にはオランウータンがいます。よい低地熱帯雨林が残っているのです。

一方、山火事の火を受けたところはよい森でも水を上げる力がなくなった木が立ち枯れていきます。火を受けたところ、立ち枯れ状態のところ、低地熱帯雨林といろいろなタイプの森がモザイク状にこの地域にはあります。熱帯雨林は非常に多様性を持った森で、オランウータンというのはいくつものタイプに分かれた森を果物がなる季節に応じて使い分けていくわけです。

私はオランウータンを1頭ずつ識別して調査を続けています。タンジュンという名前を付けた母親を86年から調査していますが、数年間、私のキャンプに近い森にいると、次の数年間いなくなります。それをこれまで3回繰り返しています。再び現れるたびに新しい赤ちゃんを連れてきます。人に煩わされない子育てに適した森を奥にちゃんと確保しているのです。どこにあるかは私もまだ分かりません。消えたり現れたりを3度繰り返しもう二十数年になりますが、オランウータンの母親というのは森の1カ所に居を占めてずっといるのではなく、数カ所を渡り歩いて長期周期で森を利用しているということが分かります。

もう1頭のお母さんがいまして、それもやはり同じように私たちのキャンプの近くに現れては、数年いるとまた姿を消すんです。ナマイと名づけた赤ちゃんはもう2歳半か3歳になっていますが、数年ぶりに私のキャンプの近くにお母さんと出てきました。

リナと名付けた若い雌がいます。86年に赤ちゃんを産んだら、その赤ちゃんが大きくなり、今年は次の子どもを連れて出てきました。こうしたことを、連綿と時間をかけて観察していく中で、オランウータンの成育の問題、母子の関係がどうなっているか、それから隣の雌との親密なつき合いはなぜかといったことが分かってきます。

(続く)
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鈴木 晃 氏
鈴木 晃 氏
(すずき あきら)

鈴木 晃 (すずき あきら)氏のプロフィール
千葉県生まれ。京都大学大学院理学研究科修了。理学博士。京都大学霊長類研究所助手を経て、1983年からインドネシア・カリマンタン(ボルネオ)島のクタイ国立公園で野生のオランウータンの研究を続ける。長年にわたる研究活動の実績が認められ、93年には研究活動の拠点「キャンプ・カカップ」が現地に建設された。同年、「日本・インドネシア・オランウータン保護調査委員会」を両国の研究者らによって組織し、日本側代表に。引き続き現地住民らとも協力して森林保護活動や日本国内での啓発普及活動に取り組んでいる。2008年2月「オランウータンと熱帯雨林の会」設立、理事長に。著書に「夕陽を見つめるチンパンジー」(丸善ライブラリー)「オランウータンの不思議社会」(岩波ジュニア新書)など。

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