サイエンスポータル SciencePortal

コラム - インタビュー -

第4回「『子育ち力』支援の責任」

筑波大学大学院 教授 安梅勅江 氏

掲載日:2008年11月10日

「政策決定の科学的根拠に -コホート研究の役割」

景気停滞に加え、世界的な金融システムの混乱が輪をかけ、財政もますます厳しさを増しつつある。政策の優先度をつけ、国民の多くが納得する行政を展開するためには、公費を投入する明確な根拠を示すことが、これまで以上に求められている。それを可能にするデータを提供するコホート研究に対する関心が世界的に高まっている。日本ではまだ耳慣れないコホート研究とは何か、安梅勅江・筑波大学大学院教授に聞いた。

- 子どもの発達に関するコホート研究の課題と今後の見通しについて伺います。

安梅勅江 氏

安梅勅江 氏

 

日本の研究は欧米に比べ後れを取っています。例えば、厚生労働省の「出生コホート」というのが2000年から始まっていますが、国勢調査と同じ手法であって、実際にひとりひとりの子どもを観察して子どもの育ちに望ましいのは何かを分析するものにはなっていません。規模は大きいのですが。

私がかかわっている科学技術振興機構・社会技術研究開発センターの「すくすくコホート」は、乳児400人、幼児100人(調査開始は5歳児)が対象で、今年4年目に入っていますが、対象者の維持率が96%と高い数字を示しています。調査にあたる専門職スタッフが本当に親身に相談相手になり、努力しているからです。維持率が高いほど研究の精度は高くなるわけで、英国が1958年に始めた研究は、同年3月の1週間にイングランド、スコットランド、ウェールズで生まれたすべての人を対象に追跡調査を続け、50年後の現在、死亡した人を除き、対象者は80%を維持しています。50年を経て80%という維持率は、驚くべき数字です。

コホート研究というのは、大変なお金と労力を使うわけですから、研究の結果、何が明らかになるか明確な見通しを持って進めなければなりません。研究の結果をどのように社会に還元するかターゲットをしっかり定め、研究の中に盛り込んでいく必要があります。そのために指標の開発が重要になってきます。妥当性を検証した上で使わなければなりませんから、検証のための別のコホート研究が必要になります。それでコホート研究は時間がかかるのです。前回紹介しました米国立子どもの健康と人間発達研究所(NICHD)のコホート研究には、4年の準備期間が設けられました。研究に使うための指標を開発したり、最も効果的な実施方法を検討するためにそれだけの時間が必要だったわけです。

研究のためのしっかりとしたデザインと戦略が重要になってきますから、研究の企画運営は学際的でなければいけません。子どもの育ちに何がどのように影響するのかを調べるには、保育学、教育学、心理学、医学、脳科学、遺伝学、環境学、生態学、工学、疫学、統計学、倫理学といったいろいろな分野の第一人者を入れ、さらにさまざまな分野の人たちの意思統一を図ったり、方法論をまとめたりするリーダーシップが必要になります。時間がかかるのです。

一昨年、コホート研究の国際学会に参加してきましたが、専門分野に強いミクロアイを持つ研究者と巨視的に物事を見ることができるマクロアイを持つ研究者の両方がいないとコホート研究はできないことを再確認しました。海外ですと医学と法学、哲学と脳科学など異なった博士号を複数持つ研究者は多いのですが、日本では少ないです。日本学術会議なども俯瞰(ふかん)的な見方が大切だと言っていますから、領域を超えて俯瞰的にマネジメントする重要性は認識されているのですが、コホート研究の実務リーダーにふさわしい人を見つけるのはなかなか大変、というのが実態です。

気心の知れたいわゆる仲間研究チームを超えて、その分野の第一人者の方たちに入ってもらい、最先端の智を結集したチャレンジするチームを作ることが大事です。さらにコホート研究の参加者自身に「ともにつくる」という気持ちを持ってもらえる動機付けを、研究デザインに盛り込むことが絶対に必要です。

子どもは未来への宝もの。日本ではお年寄りのための研究に比べ、子どもに使う研究費があまりにも少ない現実があります。子どもがのびのびと健やかに育つ「子育ち力」を「最大限に発揮できるよい環境」をつくるのは大人の責任です。それを果たすためにコホート研究が不可欠であることを、国民1人1人に知ってもらう環境の整備が必要だと考えています。

(完)
( 第1回 | 第2回 | 第3回 | 第4回 )

安梅勅江
安梅勅江 氏
(あんめ ときえ)

安梅勅江(あんめ ときえ)氏のプロフィール
1984年東京大学医学部保健学科卒、1989年東京大学医学系研究科大学院博士課程修了、1989年厚生省国立リハビリテーション研究所1992年米国社会サービス研究所客員研究員、95年東京大学医学部講師併任 1999年イリノイ大学客員研究員、2001年浜松医科大学教授、06年から現職、ヨンショピング大学客員教授も。専門は発達保健学。保健学博士。国際保健福祉学会理事、日本保健福祉学会理事。

ページトップへ