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コラム - インタビュー -

第2回「子どもの未来に投資する米国」

筑波大学大学院 教授 安梅勅江 氏

掲載日:2008年10月27日

「政策決定の科学的根拠に -コホート研究の役割」

景気停滞に加え、世界的な金融システムの混乱が輪をかけ、財政もますます厳しさを増しつつある。政策の優先度をつけ、国民の多くが納得する行政を展開するためには、公費を投入する明確な根拠を示すことが、これまで以上に求められている。それを可能にするデータを提供するコホート研究に対する関心が世界的に高まっている。日本ではまだ耳慣れないコホート研究とは何か、安梅勅江・筑波大学大学院教授に聞いた。

- 米国の現状を聞かせてください。

安梅勅江 氏

安梅勅江 氏

 

1991年に米国立子どもの健康と人間発達研究所(NICHD)が始めたコホート研究は非常に緻密なものとなっています。標準化された方法で調査対象の全員を観察して、15年追いかけました。年間に数十億から数百億円をかけています。この研究の精度は高く、子どもの発達に強く影響を与えるものとして3つの要素があることがはっきりしました。

「家庭でのかかわりの質」、「保育の質」、そして「貧困」です。家族が恵まれない状況にあると影響を受けます。これらの要因はそれぞれが独立して影響するのではなく、お互いに影響し合っています。それらがどのくらい絡み合っているか、きちんと出しています。家庭的に恵まれていなくても、質の高い保育でしっかり補完すれば、学童期になったときに学力も低くなければ問題行動もない、といったことが分かったのです。

一方、質の悪い保育園に預けるくらいなら、家で親が世話する方がよいという結果が出ています。つまり、質の悪い保育園をなくしていくことが大事だ、そのために政府が保育の質を高めるためのお金を使う意味がある、という根拠になるわけです。

貧困は、子どもの育ちに大きな影響を及ぼします。この対応策としてフードクーポンを渡すとか、親の就職支援が大切だということが分かってきました。どこに国がお金をかければよいかの根拠をきちんと出した意味が大きいのです。母親がひとり親で収入がないと大変です。そこを国が重点的にサポートすれば、子どもが後々、しっかり税金を払ってくれるような立派な人間になる。このようにコホート研究の結果が国民を納得させ、社会的な合意を得る根拠になるわけです。

これらの結果は多くの論文のほか著書にもまとめられ、大きなインパクトがありました。例えば州によっては野放しにされていた保育の質でしたが、基準を作る動きにつながったことなどです。クリントン政権時代、ひとり親へのサポートプログラムを作る根拠にもなりました。

- 基本的な質問ですが、調査対象の子どもたちに対して、よい保育を与えてやるといったことは調査の途中でやらないのですか。

NICHDはやっておりません。他のコホート研究では、途中でよい保育を提供するデザインで行う研究もあります。米国の保育の質には大きな幅があります。米国では、家庭保育、在宅保育、保育園における保育サービスともに、基本的には利潤を追求してよい「営利業」で、利用者もそう認識しています。「福祉」の一環としてみる日本とは大きな違いがあります。ですから、保育料の高いところでは大学院を出たような教育や保育の専門家がすばらしい保育サービスを提供しているところがあります。

他方、貧しい人が子どもを預けるようなところは、ただ子どもを遊ばせているだけで目が行き届いていないなど、保育の質に大きな差があるのです。実際に米国で保育園を見学すると、基準がないために劣悪な環境が改善されないままに残されていることも多く、その質の格差に驚きます。調査対象には大きな差が最初からあるということですね。

日本の保育園は認可外が一部ありますが、ほとんどの認可保育園では米国のような極端な差は見られません。ですから子どもの育ちへの社会環境の影響など、この種のコホート研究は他の国の結果をそのまま当てはめることはできず、自分の国でやらないと何も分からないということになるわけです。米国の場合、保育の質の大きな差に応じた幅の広い結果が出ていますが、日本ではその成果をそのままは利用できません。

(続く)
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安梅勅江
安梅勅江 氏
(あんめ ときえ)

安梅勅江(あんめ ときえ)氏のプロフィール
1984年東京大学医学部保健学科卒、1989年東京大学医学系研究科大学院博士課程修了、1989年厚生省国立リハビリテーション研究所1992年米国社会サービス研究所客員研究員、95年東京大学医学部講師併任 1999年イリノイ大学客員研究員、2001年浜松医科大学教授、06年から現職、ヨンショピング大学客員教授も。専門は発達保健学。保健学博士。国際保健福祉学会理事、日本保健福祉学会理事。

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