インタビュー

第1回「歴史をつくってきた材料」(岸 輝雄 氏 / 物質・材料研究機構 理事長)

2008.05.05

岸 輝雄 氏 / 物質・材料研究機構 理事長

「世界トップレベルの材料研究拠点を」

岸 輝雄 氏

ものづくり立国に直結する先端分野としてナノテク・材料への期待は大きい。第3期科学技術基本計画でも、ライフサイエンス、情報、環境とともに、重点推進分野の一角を占めている。日本の材料科学の研究レベルが世界に誇るレベルにあることは、論文の被引用数データからも明らかだ。日本の物質・材料研究の拠点というだけでなく、世界のトップレベルの研究拠点を目指す物質・材料研究機構の岸 輝雄理事長に材料研究の方向を尋ねた。

―材料研究の重要性に異を唱える人はいないと思いますが、なぜいま特に材料が大事か、一般の人たちにアピールするのは意外に難しいように見えますが。

石器、土器、青銅器、鉄器とそのときどきに使用された材料によって人類の歴史が発展してきた、と考えると分かりやすいのではないでしょうか。それぞれ当時の科学技術に立脚したイノベーションだったわけです。19世紀半ばの産業革命以降、複雑になって分かりにくくなってしまったという面はありますが。

産業革命に不可欠だった内燃機関というのは鉄によって実現し、鉄道もできたわけです。20世紀になって何が起きたかと言えば、軽合金であるアルミが木材に代わる材料として登場することで飛行機が飛ぶ時代がやってきました。20世紀の中ごろにはナイロンの登場で繊維が大きく変わりましたね。20世紀後半になって一番大きなものはシリコン半導体です。これがLSIとなってあらゆる機器が変わり、その延長としてインターネットに代表される情報革命につながったわけです。これもシリコンと光ファイバーなしにはありえません。このように材料なしにはできなかったことはたくさんあり、材料が歴史をつくってきたと言えます。

ところで3大材料と言われる金属、セラミック、ポリマーが既に世に出てしまったとなると、これから一体どういう材料を考えたらよいかとなります。ナノマテリアルがこれからの材料と期待されます。カーボンナノチューブやフラーレンといったカーボン(炭素)からできるものが出てきました。二酸化炭素(CO2)が出ない地球環境にしなければ、という時代に、一方で新しい材料はカーボン(C)が中心にという大変面白い時代が来ているということです。環境と経済を両立させる材料になりうるか試されるわけですから。

2番目は、ハイブリッド、複合材料の時代になっているということです。いろいろな材料を組み合わせてどんどん新しいものを作り出す時代に大きく進むと考えられます。

3番目は、人体そのものも炭素、酸素、水素などからできていることが分かり、さらにDNAの構造が解明されたことで、生命科学が物質科学の延長になってきています。材料研究は多面性があることがはっきりしてきたわけです。

ナノテクとは何かということですが、原子、分子を考えて材料を作ることです。これから進むべきはこちらの方向、ナノマテリアルこそ今後の物質を引っ張っていく基礎物質であり、ナノテクがうまくいけばいくほど本当に面白いものを作り上げることができます。進むべき道は、複合材料でありカーボン(C)系材料でもありますが、すべてナノテクの延長になって来るので、ナノテクと材料は今後とも密接に結びついて進んでいくことになります。幸い日本は材料、ナノテクの両方とも強いといわれています。

―物質・材料研究機構にはどのような役割が期待されているのでしょう。

当機構は、セラミックの研究をしていた無機材質研究所と金属材料技術研究所が合併して2001年に発足しました。発足以来、論文数、論文の被引用数とも大幅に増えています。米国の情報会社トムソンサイエンティフィックの論文被引用数ランキングによると材料分野の当機構の論文数も倍増し、被引用率も急に増えています。機構発足直前の5年間で無機材質研究所と金属材料技術研究所を合わせた材料科学分野の論文被引用数のランキングは世界31位でした。ところが最近5年間の機構のランキングは6位に急上昇しています。また研究者一人あたりの論文の発表数では日本でトップです。

機構を訪れる海外の研究者にどうしてか、とよく聞かれます。31位がなぜ急に6位にまで浮上したかに興味を持つようです。論文被引用数に関するデータ類を彼らはよく調べていますから、物質・材料研究機構の変わりようもよくわかっているのです。

論文の多さ、1論文あたりの被引用率の高さは重要な指数と考えていますが、ただし、これは必要条件です。必要十分条件となれば、材料としてよいものを作らないと駄目ですね。紙に書かれた論文だけでなく、実用化しなければいわゆるイノベーションにつながりません。材料として使われるところまでいかないといけませんが、これが簡単ではないのです。死の谷と呼ばれる研究開発と事業化の間にある大変な過程をわたらなければなりませんから。

論文被引用数ランキング(Materials Science)

1996-2000 ? 2003-2007
マックスプランク金属研究所 1 中国科学院
東北大学 2 マックスプランク金属研究所
カリフォルニア大学サンタバーバラ校 3 東北大学
マサチューセッツ工科大学 4 マサチューセッツ工科大学
ロシア科学アカデミー 5 カリフォルニア大学バークレー校
ケンブリッジ大学 6 独立行政法人 物質・材料研究機構
独立行政法人 産業技術総合研究所 7 独立行政法人 産業技術総合研究所
ペンシルバニア州立大学 8 清華大学
京都大学 9 ワシントン大学
大阪大学 10 シンガポール大学
金属材料技術研究所および無機材質研究所 31 ?

(注)トムソンサイエンティフィック社のEssential Science Indicatorsデータベースをもとにランキングを作成。独立行政法人化前の被引用数は金属材料技術研究所と無機材質研究所を合算。

(提供:物質・材料研究機構)

  • トムソンサイエンティフィックの「日本の論文の引用動向1997-2007 日本の研究機関ランキング」プレスリリース・ランキング表
物質・材料研究機構
(提供:物質・材料研究機構)
物質・材料研究機構
(提供:物質・材料研究機構)

(続く)

岸 輝雄 氏
(きし てるお)
岸 輝雄 氏
(きし てるお)

岸 輝雄(きし てるお)氏のプロフィール
1939年生まれ、69年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了、東京大学宇宙航空研究所助教授、88年東京大学先端科学技術研究センター教授、95年同センター長、97年通商産業省工業技術院産業技術融合領域研究所所長、2001年から現職。日本学術会議会員(03~05年は副会長)。専門は材料(金属、セラミックス、複合材料、スマート材料)、特に金属材料の微視破壊に関する研究、セラミックス、複合材料の高靭化を主な研究テーマとする。02~07年文部科学省ナノテクノロジー総合支援プロジェクトセンター センター長。

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