インタビュー

第4回「光はサイエンスを広げる」(石川哲也 氏 / 理化学研究所 播磨研究所・放射光科学総合研究センター長)

2007.09.21

石川哲也 氏 / 理化学研究所 播磨研究所・放射光科学総合研究センター長

「もっと光を!-新しい科学を拓くX線自由電子レーザー」

石川哲也 氏
石川哲也 氏

数々の研究成果を生み出している大型放射光施設(Spring-8)を抱える理化学研究所播磨研究所(兵庫県佐用町)で7月、日本の基礎科学界の期待を集める新しい大型研究施設の建設工事が始まった。化学反応など超高速で変化するナノの世界の現象もリアルタイムで観測できるX線自由電子レーザーだ。国家基幹技術に据えられている重要なプロジェクトである。世界のどの国もまだ手にしていない画期的な装置がなぜ実現可能になったのか、この装置を手にした研究者たちはどのようにそれを利用しようとしているのか。プロジェクトを率いる石川哲也氏(理化学研究所播磨研究所・放射光科学総合研究センター長、理化学研究所X線自由電子レーザー計画合同推進本部プロジェクトリーダー)に聞いた。

—国家基幹技術に選定されるまでの経緯と、これまでの開発状況を聞かせてください。

外国でX線自由電子レーザーが騒ぎになっていたころ、われわれはSPring-8(注1)を造っている最中で、そこまで手が回らなかった。ところがSPring-8が完成し、周りを見回してみたところ、海外はSPring-8に使われたアンジュレーター(注2)以前の古いアンジュレーターでX線自由電子レーザーをつくろうとしているのが分かりました。

SPring-8のアンジュレーターは磁石を真空チェンバー内に置いているのに対し、外国は外側に置いている。中に置くことで小さい磁石を並べることができるのです。磁石の長さが短ければ短いほど同じエネルギーの電子からより短い波長の電磁波、つまりX線が出せます。米国やドイツが計画している半分ないし3分の1の大きさの装置で、X線自由電子レーザーを造り出せるのではないか、と考えたわけです。それがスタートでした。

2001年から理化学研究所の中でフィージビリティスタディをやらせてもらいました。03年の終わりから04年の初めには、大体のコンポーネントができあがり、これを組み合わせればX線自由電子レーザーになりそうだ、というところまで来ました。5年計画の最終年度、05年には2億5千万電子ボルトのプロトタイプを造り上げています。欧米が考えていなかったやり方なので、「そんなもの動くのか」とさんざん言われたが、古典電磁気学にのっとっているのだから必ず動くはず、と信じてやりましたね。国家基幹技術に選定されたとき、既にプロトタイプは出来上がっていたのです。

—最後に装置完成によって切り拓かれる新しい科学の領域や、期待される成果は?

本格的な装置は2006年度から10年度の5年間でつくりますが、建屋の建設を始めたのと並行して昨年6月に利用推進研究課題の公募というのをやりました。この手の大型装置は、利用の仕方まで装置を造ったところに任せると、自分たちに都合の良いものを造ってしまう恐れがあります。使い方は皆で考えようということです。装置の完成後、直ちに実施する利用研究としてどのようなものが適当かを想定し、その利用研究を実施するために必要となる技術などを研究開発する課題の提案を呼びかけたものです。今年度追加公募したものを含め、19課題を採択しています。出来上がったら、さまざまな分野の研究者たちにすぐにも研究を始めてもらおうという狙いです。

X線自由電子レーザーを利用することで成果が期待できる研究の一つに、触媒があります。化学合成で重要な働きをしていますが、科学の教科書をみると「自分は何もしていないけれど、相手を変える」と説明されています。しかし、そんなことはない、触媒自身も何かをしているはずです。あまりに短い時間で変化が元に戻ってしまうので、最初と最後だけみていると変わっていないようにしか見えないが、触媒として働いている間は何かをしているはずです。

X線自由電子レーザーには、光のパルス幅が非常に短いという特徴もあります。ヘムト秒、10のマイナス15乗・秒といった非常に短い光のパルス幅で見ると、非常に速く動いている現象のある部分を切り取って観察することができます。これまで、触媒の設計というのはかなり経験的にやられていたが、こうした研究によって触媒に何が起きているかが分かれば、新たな攻め方が期待できるわけです。

このように化学反応の途中がどうなっているかをストロボ的に見てみたいと思う化学者は多いのです。材料やライフサイエンス分野の研究者にとっては、結晶にしなくてもタンパクなどの構造解析ができるので、タンパクがどういう姿をしているかを見、さらに動きまで見ることができたら、タンパクの機能そのものを見ているようなもの。そのような期待が大きいのです。多くの分野の研究者たちが、装置の完成を見越して、今から研究の準備をしておこうと大いに盛り上がっています。

X線自由電子レーザーという光は、現時点ではどこにもありません。これによって切り拓かれる科学がどのようなものか、ふたを開けてみないと何が起こるか分からないところもあります。しかし、そこにはものすごいサイエンスがあるはずです。レーザーを作った人たちは、今日レーザーがこれほどまで普及し、各家庭に入り込んでいることを想像できたでしょうか?

ある特定のサイエンスのために装置を造るという場合、世界中でどこかが目的を達成してしまうとその装置でやることはなくなってしまうということがあります。しかし、X線自由電子レーザーのような光を利用する装置は、サイエンスをどんどん広げるのだと信じています。

現在のように、サイエンスがテクノロジーに発展していく時間が短くなると、優れたサイエンスのための道具は、すぐに産業利用を含むテクノロジーの道具に転化していきます。光科学の分野は、恐らくこの傾向が最も激しい分野のひとつだと思っていますが、このことを視野に入れると日本に一つしか出来ない施設であってはいけないと考えました。

このことが、X線自由電子レーザーを、欧米と比較して非常にコンパクトにして、コストを下げる最大のモチベーションであったのですが、私たちが小型化に向かって踏み出した方向は、今後のより一層の小型化への第一歩にすぎないのではないかと思っています。

アンジュレーターの断面図
従来型(左)と異なり、真空装置内に永久磁石列が置かれている
(提供:理化学研究所)
アンジュレーターの断面図
従来型(左)と異なり、真空装置内に永久磁石列が置かれている
(提供:理化学研究所)
SPring-8のアンジュレーター断面 
(提供:理化学研究所)
SPring-8のアンジュレーター断面
(提供:理化学研究所)
(注1)
SPring-8(大型放射光施設)
高速で進む高エネルギー状態の電子を加速すると電磁波が発生する。とくに、偏向電磁石の中では、電子は円軌道上を運動し、運動の接線方向に強い電磁波を放出する。これが「放射光(シンクロトロン放射)」と呼ばれるもので、SPring-8の場合、遠赤外から真空紫外、軟X線、X線を経てガンマ線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができ、国内外の研究者の共同利用施設として、物質科学・地球科学・生命科学・環境科学・産業利用などの分野で利用されている(理化学研究所ホームページから)
(注2)
アンジュレーター
加速器で加速された電子を曲げる偏向磁石間(直線部分)N、Sという磁極をハーモニカのように上下に配置してその間を通りぬける電子を周期的に小さく蛇行させて明るい特定の波長を持った光を作り出す装置。「SPring-8」では世界に先駆けて開発した真空封入型アンジュレーター、27メートルにおよぶ長尺アンジュレーターなどを整備し、世界最高レベルの放射光発生を実現している(理化学研究所ホームページから)

(完)

石川哲也 氏
(いしかわ てつや)
石川哲也 氏
(いしかわ てつや)

石川哲也(いしかわ てつや)氏のプロフィール
東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻を1982年に修了し工学博士を授与された後、高エネルギー物理学研究所助手、東京大学工学部助教授を経て95年から理化学研究所主任研究員。大型放射光施設SPring-8のビームライン建設を統括し、コヒーレントX線光学を開拓した。2006年から、X線自由電子レーザー計画合同推進本部のプロジェクトリーダーを務めるとともに、理化学研究所播磨研究所・放射光科学総合研究センター長も。


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