インタビュー

第2回「権力者は失敗を隠す」(金子敦郎 氏 / 元大阪国際大学学長、元共同通信記者)

2007.08.06

金子敦郎 氏 / 元大阪国際大学学長、元共同通信記者

「世界を不幸にする原爆カード-ヒロシマ・ナガサキが歴史を変えた」

金子敦郎 氏
金子敦郎 氏

62年前の1945年8月、広島、長崎へ落とされた原爆は、一発で即座にそれぞれ十数万人、約7万人の命を奪った。20世紀最大の出来事とも言われる原爆投下は、本当に不可避の戦争行為だったのだろうか? なぜ、戦後長い間、原爆投下にかかわる真相が明らかにされなかったのか?通信社記者時代の取材活動から大学での研究活動を通じ、長年このなぞの解明に挑んできた金子敦郎氏の著書「世界を不幸にする原爆カード―ヒロシマ・ナガサキが歴史を変えた」(明石書店)が刊行された。原爆投下を急いだ人間とその理由や、原爆使用が戦後の国際社会に及ぼした影響、さらには原爆の恐ろしさを的確に知る科学者の果たした役割などについて語ってもらった。

トルーマン大統領は、原爆を投下した後、まずかった、と後悔する。しかし、一国の大統領、それも世界のリーダーを自認する人間としては「失敗だった」とは言えない。それで隠蔽工作に走る。当時のさまざまな公式文書、関係者の日記の類すべてを、原爆にかかわる最高の軍事機密ということでこれを封印した。米国の場合、政府高官が辞めて回顧録や本を書くときに、職務上知りえた機密の守秘義務に違反していないかセキュリティチェックを受ける仕組みがある。こうした仕組みを利用し、なぜ、原爆を使ったかに至るさまざまな資料は全部封印してしまった。

トルーマン大統領、バーンズ国務長官らが、原爆投下を後で失敗だったと思った理由の一つは、人道の問題だ。原爆を投下した直後は、戦争が終わったということで米国も英国も喜ぶわけだが、広島、長崎の原爆被害がいかにひどいかが分かるにつれ、すぐに宗教関係者やジャーナリストたちから批判が起こった。

全米キリスト教会協議会のG.B.オックスナム議長とJ.F.ダレスの2人は、8月9日、トルーマン大統領に直接「キリスト教国を任じる米国が、道徳的に問題ないと思うとすれば、世界中のだれでもそれにならうことになる」と懸念を表明した。

「カトリックワールド」誌の編集長J.M.グリル師は、米国はキリスト教文明とその道徳律にかつてない打撃を与えた、それは犯罪であると激しく非難した。その声の中で2発目が長崎へ投下された。

「ロンドン・デーリー・エクスプレス」紙戦争特派員W・バーチェット記者は、9月3日広島に入った。広島の惨状をまとめた同記者の記事は「デーリー・エクスプレス」に大きく掲載されただけでなく、他の新聞やラジオにも無料で提供され、世界中に広く報道された。ジャーナリストのL・ストウ氏は著書「時間が残っている間に」の中で、米国は原爆使用によって未曾有の大量殺人の恐怖をもたらした最初の国として道義的に有罪であると厳しい批判を投げつけた。

トルーマン大統領たちが、原爆投下を失敗だったと思ったもう一つの理由は、原爆を使ったことで、明らかに核時代に入って行ったということと関係する。道義的な問題に加え、原爆使用は軍事的にも必要なかったとする主張が、原爆投下直後から、軍首脳部からも出てきた。長崎原爆から6日後の8月15日、米空軍中国派遣軍司令官だったC・シェンノート将軍は「ニューヨーク・タイムズ」紙に、原爆を使わなくてもソ連の参戦が日本降伏の決定的な要因になっただろうと語った。太平洋艦隊司令長官のC.W.ニミッツ提督も9月22日ハワイ・真珠湾で記者会見し、日本は原爆投下やソ連の宣戦布告の前に敗れていたと発言している。

本当に原爆投下は必要だったのか、というこれらの批判や疑問の声に対し、これはまずいと考え、トルーマン大統領、バーンズ国務長官らは抑えにかかったわけだ。

軍の歴史を見ると、まず陸軍から始まり、海軍、空軍とだんだん発達して行く。昔の戦争はすべて陸軍だった。大英帝国やスペインが世界の覇権を握った時期は海軍が活躍し、第1次世界大戦、第2次世界大戦にかけて空軍が戦略的戦力として位置づけられる。特に原爆が登場したことで、戦略空軍が新しい軍事戦略の中枢に座ることになる。米国の軍部や戦略家たちは、原爆を使った後ただちにソ連もいずれ追いかけてくるだろうと想定した。当然、原爆戦略を追求、構築していくことになる。そうなると戦略空軍が米国の新たな軍事戦略の中心に座らなければならない。原爆使用が失敗だったとなると、これができなくなってしまう。原爆にからむ情報は徹底的に隠蔽する、ということになった。

当然、公開されるべきものが、セキュリティチェックなどにより隠蔽されてしまった。時間の経過と情報の自由法によって、だんだんとそうした資料が米国の研究者の手で発掘され、1980年、90年あたりでほぼ全容が明らかになって来るのだが…。

権力者というのは、しばしば有権者や大多数の人々にとってよいことではないことをやる。だからすぐに物事を隠す。原爆についてはこうした典型的なケースということがいえる。

(続く)

金子敦郎 氏
(かねこ あつお)
金子敦郎 氏
(かねこ あつお)

金子敦郎(かねこ あつお)氏のプロフィール
1935年東京まれ、58年東京大学文学部西洋史学科卒業、共同通信社入社、社会部、サイゴン支局長、ワシントン支局長、国際局長、常務理事などを経て、97年大阪国際大学教授、2000年同大学国際関係研究所所長、01年同大学学長、06年名誉教授。現在、カンボジア教育支援基金(共同)代表理事も。共同通信ワシントン支局長時代の1985年、支局員とともに現地の科学者、ジャーナリストの協力を得て米国立公文書館などから約200点もの米政府内部資料や関係者の日記などを入手、多くの生ニュースと連載記事「原爆-四〇年目の検証」を出稿した。それが今回の書のベースの一つとなっている。著書に「壮大な空虚」(共同通信社、1983年)、「国際報道最前線」(リベルタ出版、1997年)など。

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