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50年の研究生活から想う基礎科学研究

東京工業大学栄誉教授・大隅基礎科学創成財団理事長 大隅良典 氏

掲載日:2017年11月8日

大隅基礎科学創成財団主催の財団創設記念セミナーでの講演から

大隅良典 氏
大隅良典 氏

本日は最初に(2016年のノーベル医学生理学賞の受賞対象研究となった)オートファジーの話をさせていただこうと思います。(受賞が決まった)昨年10月3日以来、私はいろいろな経験をしました。日本ではノーベル賞は特別な賞、という感じがあって(受賞決定後は)多忙な生活をしています。心からありがたいと思ったのは、国内外の友人はもとよりたくさんの研究仲間や全く存じ上げないたくさんの方からお祝いと喜びのメッセージをいただいたことです。私はずっと基礎科学を大切にしていきたいと思っていました。そうした中で(基礎科学を大切にすることに対して)一定の理解は進んでいると思えたことは私にとってたいへんありがたいことでした。

科学は歴史の中で人間が築いてきた人間活動そのもの

科学というのは人間が営々と歴史の中で築いてきた人間活動そのものです。「知りたい」という人間の持つ大きな欲求と、自然を理解したい、生命とは何かを理解したい、という永遠の欲求とに基づいて行われる人間活動だと思っています。私は、科学は文化の一つとして理解して欲しいと言っているのですが、日本では科学技術という言葉で語られます。ですが、科学と技術はもちろん違うものです。科学の発見が技術の進歩に依存していることと、科学の進歩が技術を支えていることとは、非常に緊密な関係がありますが、科学と技術は違うだろうと思っています。

私がどういう時代をどのように生きてきたかを少しお話しします。私は1945年、終戦の半年前に福岡の田舎で生まれました。自然に囲まれた中で生活をしていたことが、後々たいへん大きな意味を持っていたと思っています。私は化学をやりたいと思っていましたが、1960年代、分子生物学という新しい学問が出てきた時に大学院生になったことで将来分子生物学をやりたいと強く思いました。そのことがこの領域に入った理由です。

米国ロックフェラー大学に3年留学し、なかなかに苦い経験をした後に東京大学理学部の植物学教室の助手になりました。それから40年近く酵母という小さな細胞と向き合ってきました。43歳になって東京大学の教養学部の生物学教室に私一人だけのラボを持った年にオートファジーという現象の研究が始まりました。

酵母はパンを食べれば口にするものですし、人類が長い歴史の中でずっと付き合ってきた微生物です。同時に私たちの体の細胞である真核細胞のモデルとして、最も多くの情報を持ち、そして最も解析が進んでいる微生物という側面も持ち合わせています。

私はロックフェラー大学に留学して、東京大学理学部に入って「何をやってもいい」と言われていたのはたいへんありがたかったのですが、いったい何をやるか、はたいへん重い課題でした。私は、競争というものがあまり好きではないので、人がやらないことをやりたいというのがサイエンスに対する一つの考えでした。「液胞」という当時誰も興味を持っていない構造の生理学をやろうと思いました。

植物学教室にいたからなんですが、液胞というと、細胞の中の「ゴミため」というような認識が広がっていました。しかし(今では)小学校、中学校で習うように、植物細胞は90%くらい液胞が占めていて、実はたいへん大事な機能をたくさん持っているということが最近分かってきました。知っていることと理解することとはずいぶん違います。液胞というものを理解して初めて植物を理解できると思いました。どうしてタケノコが1日に1メートルも伸びることができるのか、どうしてあのように速く成長することができるのか、そうしたことが実は理解できると。自然界には面白いことがたくさんあると私は思っています。

(この後オートファジーの研究についてたくさんのスライドを映しながら解説)

「研究者としてエリート街道を歩んできたわけではない」

私がオートファジーの研究を始めたのは1988年です。その当時オートファジーの論文は年に数十本で、オートファジーという言葉もほとんど市民権がない時代でした。今ではたいへん流行の(研究)領域になっていて、年間5000本の論文が出るようになってきました。このように非常に大きな領域が立ち上がっていくためには、やはり10年、20年という歳月が必要で、私たちはいろいろな意味で(その後の研究の)きっかけになるような報告をしてきましたけれども、細胞や遺伝、医学応用に展開されるためにはかなりの時間がかかることを示していると思います。

現在ではオートファジーは栄養飢餓の時に生き残る非常に重要なメカニズムであると同時に、細胞の中に変なものが溜まったときにそれを分解して、細胞の中をいつも浄化しているという機能があることが分かっています。それをコントロールできれば神経変性疾患のような疾患の治療薬もできるのではということで注目が集まってきました。

これが私の研究内容です。私の研究は「細胞の中でタンパク質がどうやって分解するのだろう」という非常に知的な興味から出発しています。その時に酵母の研究ががんの研究につながるとか、アルツハイマーの研究につながるだろうと考えた訳ではありません。ただ、分解がかなり重要な現象であろうという感覚はありました。しかし決してそのために始めた訳ではありません。研究の展開はいくつかとても大きな幸運や偶然との出会いがないとなかなか進みません。私は研究者としてエリート街道を歩んできたわけでは決してありません。この研究を始める頃まで発表していた論文数は本当に少なかったでしたし、その後もいわゆる「Nature」「Science」という超一流誌に論文がたくさん載っているということもありません。43歳の時に自身の研究テーマを変えてみようという決断をして51歳で初めて教授になりました。

今の時代だったら多分キックアウトされていたに違いないと思います。「なぜ今の時代はそういうこと(研究の仕方)を許さないのだろうか」ということが私の現在の問題意識になっています。基礎研究というか科学の原点は、非常に自由な発想がどのくらい許されるかということがたいへん大事です。科学の発展というのはほとんど予測不可能です。

真理に近づくことを認める社会、長期的研究を大事にする風土を

私たちが真理に近づくことを社会が認めてくれる文化であって欲しいと思っています。(日本人がノーベル賞を多く受賞している)最近が(日本の)ノーベル賞受賞のピークだとは思いませんが、(受賞するような研究の)きっかけに大きな研究費が必要というわけではありません。チャレンジングな研究というのを大事にする風土が希薄になっている気がします。

事実、これまでの多くのノーベル賞受賞学者の最初の論文はビッグジャーナルに載っていません。いろいろチャレンジングな研究をして、いろいろな研究者の研究を集約して真理に近づいていくプロセスが科学であることを理解してほしいと思っています。私は幸運にもオートファジーの現象の研究を30年間続けることができました。このように長期的に研究を続けて分かったということもあるので、長期的な研究を大事にするという風土もあって欲しいと思います。

今の若者にとっては、チャレンジングな研究、先の見えない研究をやることがたいへん難しくなっています。そういう状態になればなるほど、皆がやっている流行の研究をやらなければならないという大きなプレッシャーを受けることがあります。幅広い分野でいろいろなことにチャレンジすることが難しくなっています。大学の置かれている状況は、実を言うと皆さんが思っているよりもずっと深刻です。基礎研究費が本当に少なくなっていて、今の研究室は年間十数万しかないという現実が当たり前のことになりつつあります。大事な(研究室)運営費もプロジェクトとして申請して取らなければならず、そのために研究者は膨大な時間を使わなければならなくなります。基礎研究費が少なくなってきたこともあって、大学では新規のポストはほとんどなくなってきています。研究費を取ろうと思ったら、競争的資金しかないのですが、手っ取り早く流行の分野で研究することが評価されることがあります。

(最近の)日本は、非常に困ったことに予想外の素晴らしい成果は評価してもらえません。大学の評価も自分たちの目標がどのくらい達成したかが評価の対象になる。これは科学に反した評価システムを私たちは持っているということになります。こういうプロジェクトタイプだけが主力になると、多くの研究者は、来年の自分の研究費はゼロになるのではないか、という不安を抱えながら研究することになりますし、研究時間が極端に減ってきているということもあります。

若手に深刻な影響与える大学の状況

昔は大学の先生は時間があって、自分の好きなことをやっていていいね、と呼ばれるような職業、私の父親の時代くらいまではそんなふうに思える職業でしたが、今や大学の先生が魅力的な職業になっていない。いつも追いまくられていつも忙しくしているのが今の大学の先生の実情です。それは若手にも深刻な影響を与えています。助教は自分の研究とそのほかの業務との両立が大変難しくなってきていて、多くの大学院生や学生に対する指導が(負担として)重くのしかかっています。助教に任期制が導入されたために、数年で必ず成果を上げなければならない。先ほど述べたように長期的な研究型の追求がたいへん難しい状況になっています。

生物学の領域では「ポスドク」という博士研究員がたくさん存在するのですが、彼らも数年の間に成果を上げなければならず、将来の不安にかられながら研究を続けています。こういう状況は大学院生にも多くの影響を与えています。あまり楽しげな様子をしていませんし、研究者になろうという人がものすごく減ってきていると思います。今は大学院生が修士課程に進んでも博士課程には進まない。東京大学ですらそうなっています。日本の研究は労働力となっている博士に支えられているのですが、その博士研究者が激減しているということは、大学の研究をたいへん小さくしています。こういうことがずっと続いて次世代の研究者が日本では育たなくなる状況がすでに来ていますし、(今後も続くと)将来立ち行かなくなると思っています。

もう一つ(の問題)は、日本の大学と企業の関係です。社会全体のグローバル化の波をかぶって日本の基礎研究離れが進行しています。そうした中で、日本の大学と企業の関係は私の学生時代と比べて希薄になっているように思います。一方、大学は研究費が、また運営費もないので企業連携が至上命令になっています。「共同研究をしなさい」と大きな課題を突き付けられて、今の日本の共同研究はこういう問題の打開にはつながっていないと思います。大学での共同研究の場合、企業の課題を大学の小さな研究室に持ち込んで製品開発をしようというのが多くの研究テーマなので、成功するはずがありません。小さな研究グループで製品開発が成立するはずはないのです。多くの共同研究はある種の「付き合い」であったりします。ですから「数年でやめましょう」ということの繰り返しになっているのではないかと思います。基礎研究と応用研究、大学における基礎研究と応用研究、企業における基礎研究と応用研究というものの役割分担が明確でないと、いかに共同研究をやって大学に資金が来ても日本の研究の現状は変わらないのではと思っています。

研究者の健全な育成を目指して

いずれにしても日本の研究者の健全な育成なしには日本の将来はたいへん暗く、空洞化してくると思います。私は2つの課題を追求したいと思っています。これ自身は大変大きな社会実験なので、必ず成功するとは申し上げませんが、そういうことにチャレンジしようというのが私たちの財団の趣旨であり、思いでもあります。一つは基礎科学を社会全体で支えるシステム作りをしたい。そして科学が一つの文化として定着して欲しいと願っています。もう一つは、大学の基礎科学研究者と企業との、単なるプロダクトを求める共同研究ではない新しい連携の仕組み作りをしたい。

財団は活動資金が必要です。寄付は、米国ですとものすごく大きな財団がサポートしていますが、日本ではなかなかそういうことはなくて、日本流のファンディングの文化が定着しないかなあ、と思っています。東京工業大学に私が財団を作りました。個人の方の寄付が実は1億何千万と集まってきていて、そういう文化が日本に少しずつ根づいています。単に寄付をしていただいたというだけではなく、寄付したいという思いや、基礎研究に主体的コミットしているという、寄付した方の共感的意識がとても大事ではないかと思います。もちろん企業からの寄付もあって欲しい。財団の趣旨に賛同してもらえる企業に寄付していただいて、(そうした積み重ねで財団の活動が)何年も継続することにつながっていくと思っています。

企業と大学の関係を少し改善するために、企業の研究者と大学の研究者、企業のトップの方と研究者が合い交える場を設定する努力をしたいと思っています。たくさんの財団がありますが、私たちの財団には今の日本の科学を憂いながら意欲を持っている多くの優れた研究者が結集してくれています。これなくして新しいこういう活動は進展していかないだろうと思います。集まった資金で何をすることになるかと言いますと、基礎研究や応用研究、継続性が求められる研究、長期的な研究が必要な領域を見極めながら、研究者の目線に立って研究の支援ができるようなシステムを作っていきたいと思います。新しい研究システムを作りたい。私たちの活動を発信するための広報活動にも力を入れていきたい。大学の若手からシニアの研究者、企業の経営者、企業に所属する研究者、一定程度のマスコミの方の理解をいただきながら、こういう活動が実を結ぶことになるよう努力をしていきたいと思っています。

(サイエンスポータル編集長 内城喜貴)

大隅良典 氏

大隅良典(おおすみ よしのり)氏プロフィール
1945年2月9日、福岡市生まれ。67年東京大学教養学部卒。74年理学博士。東京大学理学部助手、講師などを経て96年から基礎生物学研究所教授。2009年に同研究所名誉教授となり、東京工業大特任教授。14年に東工大栄誉教授。06年日本学士院賞受賞、15年文化功労者。「オートファジー」を解明した功績により16年12月にノーベル医学生理学賞受賞。

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