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接着と分離 表裏一体の先端テクノロジー(細田 奈麻絵 氏 / 物質・材料研究機構 環境・エネルギー材料部門 ハイブリッド材料ユニット インターコネクト・デザイングループ グループリーダー)

2012.08.16

細田 奈麻絵 氏 / 物質・材料研究機構 環境・エネルギー材料部門 ハイブリッド材料ユニット インターコネクト・デザイングループ グループリーダー

バイオミメティクス・市民セミナー「虫・ヤモリ・植物から学ぶ:接合技術」(2012年6月2日、北海道大学総合博物館・バイオミメティクス研究会共催)から

物質・材料研究機構 環境・エネルギー材料部門 ハイブリッド材料ユニット インターコネクト・デザイングループ グループリーダー 細田 奈麻絵 氏
細田奈麻絵 氏

 人類は、いつ頃から「接着剤」というものを使い始めたのだろう。いろいろな説がある。例えば、天然のアスファルトが日本の縄文時代に土器や土偶に、古代メ ソポタミアでは金属製品の固着に、ろう付けによる接合、鋲(ビョウ)の一種のリベット接合も行われた。古代エジプトでは膠(にかわ)が使用されていたらし い。時を経て、19世紀に溶接技術が生まれ、20世紀には、高分子化学と石油化学の発展とともに、有機系材料が飛躍的に進歩した。

 いまや水や高温に耐える接着剤が開発されている。これはスペースシャトルにも求められる要件で、大気圏を再突入して帰還するとき約1500℃まで耐えなけ ればいけない。しかも温度のほかに、振動による剥落(はくらく)をどう防ぐかが、非常に問題だ。2003年のコロンビア号が空中分解した原因は、打ち上げ 時に断熱材が落下して、左主翼前縁部を損傷したことによるものだ。この不幸な事故によって、接着剤がいかに重要かということが再認識された

 現在、物と物を人工的にくっ付けるには、接着剤のほか、ネジやボルトによる機械的結合、磁石や電磁力の利用、冶金(やきん)などの方法がある。逆に考える と、なぜほとんどの人工物は、常温でくっつかないで存在しているのだろう。皿と上に乗せたスプーンを例にすると、互いの表面の“ざらざら”が密着を妨げる 大きな原因だ。どのくらい平らだと接着剤なしでくっつくか、力の作用を計算で割り出せる。アルミニウムを使って実験した。

 鏡のようにピカピカに磨き、表面の酸化層を取るためにイオン照射後、無酸素のところで行った。ナノメートル単位で表面のざらざらの高さを変えた。くっつく 限界の高さは数ナノで、15ナノ以上だとだめだった。研磨技術は、人工的な接着のキーポイントだ。極限のなめらかさから生じた密着力は、小さな金属片で も、私がぶら下がることができるほど強い。ただし、はがすのが難しい。

* ナノメートル:1ミリメートルの100万分の1

 循環型社会の実現にとって、簡単に外し、はがせる「易(い)解体性」は、キーテクノロジーである。人間は長い間、接着・接合ばかり考えて来た。従来の製品 は分離・分解が厄介で、リサイクルの際に多大なコストとエネルギーがかかる。しっかりした結合と容易な分離性を兼ね備えた接着技術が必要で、私たちは自然 界に眼を向けた。いわゆる「バイオミメティクス(生物模倣)」である。

 人工的な接着では表面を平坦にしたが、生物の場合は、どうしても表面に凹凸がある。むしろ接触面の分割によって表面積が拡大することで、弱い力でも総体的 に結合力が増す。これを「ファンデルワールス力」という。いま、ヤモリやクモのような生き物の足に着目して研究開発をしている。天井や壁を自在に歩ける機 能は、付いたり外したりを繰り返す能力ともいえる。現代はさまざまな機器が小型化、軽量化の一途であり、接着部分は非常に細密になっている。そこでサイズ 的にも参考になる。

 ニホンヤモリの足を電子顕微鏡で拡大すると、先がピラピラと枝分かれした毛が密生している。毛の素材は「ベーターケラチン」という、蟹の甲羅のような非常 に硬い物質だ。ところが毛が傾いていて、先端がピラピラ薄いので、柔軟でしなやか、変形しやすい。つまり先端の精密な構造によって接着面が増え、さらに毛 の角度を変えることで、巧みに密着性を制御している。

 そのように優れた足に似せて人工的に作っていくには、幾つかの問題をクリアしなければならない。「密集させる毛の角度、その階層構造、ほかのものの表面と接するセンサー、相互にくっつかないようにする非着性をどうするか」

 ヤモリの足を模した、粘着剤を使わないテープの多くは高分子で作られている。毛の先端がマッシュルームのような円柱型が最も接着力が強いようだ。ロボット に装着するアイデアも進められている。ただ、どのくらいの大きさまで作れるかが課題である。柔らかさも大事だ。ヤモリタイプのテープの構造はウィルスがつ きにくいので、病院でも実用化が期待されている。最近は、表面上の水分もヤモリの足の接着にプラスしているようだという、情報や学会報告がある。

 ハムシ類は足の裏にある分泌液を介して接着する。8ミリメートルほどの甲虫で、日本ではスカンポという野草にいる。オスだけ足の裏の毛が吸盤風の形で、メ スと見分けられる。大事なことは、葉の表面は凸凹しているので、接触する足の毛の方が葉の形状よりも細密であることだ。技術的な興味から、歩く面の粗(あら)さが変わるとどうなるか、テストした。

 アルミニウムを真空中で蒸発させて温度を変え、数十から300ナノメートルくらいまで、葉の表面のサンプルをたくさん作った。ハムシの体に、虫自身の力を 測ることのできるセンサーを人間の金髪で結んで、引かせた。さまざまな糸で試したが、虫が引ける力は弱くて、金髪だけが軽くて適していた。結果として、表 面の凸凹が低ければ虫が引く力は非常に強い。凹凸を100ナノメートルくらいに拡大すると、足の毛がフィットできず滑って歩けなくなってしまった。将来、 殺虫剤を使わない虫除けに応用できればと思う。

 餌を食べるために葉の表面を歩くには、足がきれいなことも重要なので、汚れに対する反応も実験で調べた。塵(ちり)の代わりに1-100マイクロメートル くらいの大きさのガラスビーズを用意して、虫の足を汚してみた。ビーズがなくて足がきれいだと吸着力が強く、ビーズが付着していると弱まる。そしてハムシ の足には櫛(くし)のような構造があり、足をこすって塵を落とす。すると元のように歩けた。どうして、足が汚れていると気づくのだろう。摩擦が関係すると 思って、滑りやすい表面で試した。するとグルーミングの頻度が非常に高い。この実験から、ハムシは摩擦の違いで足の汚れを認識していることが証明できた。
* マイクロメートル:1000分の1ミリメートル

 さらに落葉(らくよう)のメカニズムから、人工的に分離と接合を繰り返す技術を学んだ。

 木の葉は、一定の時期になると葉柄の基部の「離層」という細胞層が成長し、枝から自発的に離れてしまう。なぜなら気温の低下や乾燥によって、植物ホルモン の1種「オーキシン」の濃度が変化して、離層に細胞の成長を促す信号を送るからだ。細胞が膨張して細胞間の接着力が弱まり、葉が離脱する。果実の軸(果 柄)にも離層があり、熟して発生したエチレンガスに反応して成長、落果させる。

 このうまい機構を技術に応用しようと、3種類の分離実験をした。〈1〉ステンレス鋼とアルミニウム合金を接合して加熱する。界面(両面の境界)に離層の仕 組みが形成され、分離した。〈2〉銅と銅の間に、水素分子によって粉になる性質をもつ特殊合金を離層として挟む。水素を噴霧すると銅が離れた。

 〈3〉アルミニウムや錫(すず)、インジウムなど、ある種の材料は、ガリウム元素に接すると脆(もろ)くなることを利用する。ガリウムは、融点が約30℃ で水銀のように液状になる。電子機器のハンダ部分は錫が多く、ガリウムを塗るとスッと離れた。ふき取ると再びハンダ付けができた。電子基盤に入っている高 価なチップも簡単に外してリサイクルできる。

 現在、物質・材料研究機構には、いろいろな生物をモデルに新素材開発を行っている研究員は13名ほどいる。今後も生物の未知の生態を解明して、環境に調和する新素材・新技術の開発に努めたい。

(SciencePortal特派員 成田優美)

物質・材料研究機構 環境・エネルギー材料部門 ハイブリッド材料ユニット インターコネクト・デザイングループ グループリーダー 細田 奈麻絵 氏
細田 奈麻絵 氏
(ほそだ なおえ)

細田 奈麻絵(ほそだ なおえ)氏のプロフィール
マックス-プランク金属研究所研究員、東京大学先端科学技術研究センター・助手、同大学工学系研究科精密機械工学専攻・助教授を経て、2003年から現職。理学博士。専門分野はバイオミメティクス、材料科学。著書は『次世代バイオミメティクス研究の最前線-生物多様性に学ぶ-』(分担執筆、シーエムシー出版)、『エコマテリアルハンドブック デバイスインテグレーション』(共著、丸善)など。その他、NHK「地球ドラマチック:サメの肌から大発明」(日本語訳監修 2011年)も。

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